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19.卵

 体の麻痺から一年、リハビリも順調にこなして全快と考えても問題ないくらいに回復した。

 いよいよ『ミドルグ迷宮』、『中層階』の攻略が始まる。




 これから潜る『中層階』は通称『死者の迷宮』と呼ばれるアンデッドが多数出るエリアだ。

 スケルトンやゾンビ、実体を持たないファントムなど各階層には多種多様な死の軍団がうごめいている。


「ワンさん、『中層階』、『地下墓所カタコンべ』のおさらいをしてくれ」


「わかりやした」


 広場の脇にある探索者のための休憩所で椅子に座って『中層階』の情報を共有する。


「『中層階』の十一階層から十三階層は通称『地下墓所カタコンべ』と呼ばれているでやんす。十一階層の魔物はスケルトンと大型のネズミ、たまにゾンビが出やす。スケルトンは武器を装備していて動きは緩慢かんまんでやんす」


「あたしそういうの苦手なのよね……」


「一体ずつの強さはそれほどでもありやせんが、数が多くなると今の『白銀の女神』では苦戦することがあるかもしれやせん」


「私のキュアが活躍しそうですね」


 僧侶のアニーは得意分野である死者の浄化をやる気満々だ。

 キュアは本来体力を回復したり状態異常を治す呪文だが、アンデッドにも有効でけがれた魂を持つ魔物を消滅させる事が出来た。

 その威力は信仰心に比例して強くなり、今のアニーのキュアはかなり強力だった。


「それからネズミには気をつけてくだせぇ、腕を噛まれたら数日以内に腐り落ちやすぜ」


 ワンさんがニヤリと笑いおどしてきた。


「それも私のキュアがあれば問題ありません」


 涼しい顔をしてアニーが受け流す。


「アニーの姉さんにはかないやせんぜ」


 ワンさんは両手を上げて降参のポーズをした。


「十二階層からは幽体のファントムが時々出てきやす、姉さん方の魔法しか効きやせんから討伐の方はお願いしやす」


「まかせなさい」


「がんばります」


「十三階層になると一度に現れる魔物の数が多くなってきやす、なにか対策を考えなけりゃ相当厳しいでやんすね」


「『中層階』、『地下墓所カタコンべ』の情報はワンさんが言ったことがほぼ全てだ、そして俺から言っておくが俺たちはけして強くないことを肝に銘じてくれ。『完全階層攻略者パーフェクション』になれたかもしれないが、俺達より強い探索者はいっぱいいる。迷宮内部では敵意のある探索者がいつ襲ってきてもおかしくない、常に警戒して探索をしよう」


「わかったわ」


「わかりました」


「わかったでやんす」


 三人が力強くうなずき、席を立つ。

 迷宮の入り口に並び階段を降りる順番を待った。




 一階層に降りて石碑に手をかざす、十階層に飛び、サラマンダーを倒したボス部屋に入る。



『ミドルグ迷宮』ではボスを倒したことのある探索者と、倒したことがない探索者がパーティー内にいると、ボスは出現せず下層に向かう階段も出現しない。

 六人以上でボス部屋に入った場合、ランダムでボスの強さが飛び抜けて強くなったりする。

 以前ボス部屋を飛ばして次の階に行こうとした探索者が、ボス部屋を攻略したことのある探索者を雇って一緒に未到達の石碑に飛んだことがあった。

 その探索者達は、二度と地上に帰ってくることはなく、時空の狭間はざまに迷い込んでしまったとみんなは噂しあった。

『ミドルグ迷宮』を楽して探索する事は出来ない、これが探索者たちの間での常識だった。



 俺の怪我けがで十一階層に行けなかったので、これから階段を降りて向かうことになった。


「やっぱり宝箱はなくなっているでやんす」


 ワンさんが残念そうに報告をしてきた。

 瀕死の俺を地上へ運ぶことで手一杯だったので、宝箱を開ける暇などあるはずもなく、地上に戻ったために迷宮に宝箱ごと吸収されてしまったようだ。



 階段を降りて石碑に手をかざす、周りを見ると壁に人が横たわれるほどの横穴があり、人骨が横たわっていた。


(まさかこの人骨が立ち上がって攻撃してくるのか?)


 得体の知れない恐怖が沸き起こって、背中がゾクッとした。



 慎重に探索を開始する。

『地下墓地』は常に低い風の唸り声の様な音が聞こえていて、時折遠くで扉の閉まる大きな音が響いてくる。

 通路も狭く複雑で戦闘をするには適していなかった。



 金属を引きずる様な音が前方から聞こえる。

 こちらに近付いてきているようだ。


「ワンさん、聞こえるか? 何かを引きずる音がする」


「確かに聞こえやすね、それに足音が三体分、なにか得体のしれないやつが来たみたいでやんすよ」


 さすが獣人、耳の良さは人間の比ではない。

 その場に身を低くして音の主がやってくるのを待つ。


 十メートル先の角をゆっくりとした足取りでスケルトンが曲がってきた。

 だらんと手を垂らし、なかば引きずるように足を運び歩いてくる、むき出しの骨が妙に白くみえた。

 手に剣を握っていて剣先を床につけて引きずっている。

 ワンさんの指摘どおりに三体のスケルトンが角を曲がって、道いっぱいに広がった。


 俺たちを認識したスケルトン達が立ち止まり一瞬静止した。

 次の瞬間、剣を持ち上げこちらに向って走ってきた。


「セルフィア! ファイアーボールを撃て!」


「了解! ファイアーボール!」


 光り輝く火の玉が先頭のスケルトンめがけて飛んでいく。

 とっさの呪文詠唱で魔力がそれほど乗ってないため、ファイアーボールの大きさはテニスボールくらいで、一気に殲滅せんめつするほどの威力は出なかった。


 スケルトンの肩にファイアーボールが当たり軌道を変えて天井にぶつかる。

 派手に火の粉を撒き散らしファイアーボールが爆発した。


 肩を吹き飛ばされたスケルトンがバランスを崩し転倒する。

 後ろから来たスケルトンは器用に迂回うかいして剣で攻撃してきた。


 体を半身はんみにして剣をかわす。

 がら空きの首の後を上段から刀を振り下ろしスケルトンの首を切断した。

 もう一体を見るとワンさんが両手ダガーで相手の攻撃を牽制している。

 ときおり斬りつけるが、ダガーではダメージを与える事が出来ず、膠着状態こうちゃくじょうたいおちいっていた。


「キュア!」


 アニーが回復呪文をワンさんと戦っているスケルトンに飛ばした。

 一瞬光った後スケルトンは骨をばらまきながら床に散らばった。


 転倒していたスケルトンが起き上がろうとしている。

 後ろに回って足を払い再び転倒させた。

 手に持っている剣を蹴り飛ばす、もがいている背中を足で押さえつけアニーに指示を出した。


「メイスで頭を割れ!」


「わかりました!」


 鉄の固まりがついている棒を勢いよく振り下ろす。

 素焼きの陶器が割れるような音がしてスケルトンの頭蓋骨は破壊された。

 三体とも光の粒子になって消えていく、他に魔物が居ないのを確認して警戒を解いた。



「みんなケガはないか?」


「大丈夫よ」


「大丈夫です」


「問題ありやせん」


 終わってみると無傷で戦闘を終えていた。


「あっしの攻撃が全く通用しやせんでした」


「確かにダガーでは苦戦しそうだな、ワンさんは他の武器は使えないの?」


「そうでやんすね、棍棒なら比較的扱いが簡単でやんすから使えると思いやす」


「じゃあ街に戻ったら武器屋に行って買ってみるか」


「わかりやした」


 そのあとも迷宮の入り口からあまり離れず魔物を狩り、頃合いを見て地上に戻った。




 宿に戻る前に武器屋に立ち寄る。

 ワンさんに棍棒と小盾をパーティーのお金で買って装備してもらった。


「ワンさん、動けそうかい?」


「これならスケルトンぐらいは行けそうでやんす」


 棍棒を振り回し小盾を構えながらワンさんが言った。


「よし、宿屋に戻って飯にしよう」


「やった!」


 食いしん坊のセルフィアが飛び上がって喜んだ。



 ー・ー・ー・ー・ー



 少し前の話になるが、サラマンダーの攻撃で死の淵に立ち女神様に会ってから半年、左手が動くようになった俺は、女神様の言いつけどおり卵を腹に乗せてずっと温めることにした。


 一ヶ月もすると体の一部のように思えてきて、腹に置いてあることを忘れてしまう事もあった。

 半年ほど温めていたが一向に孵化ふかしない、死んでしまったのかと心配していた矢先に卵に変化があった。



 それはいつも通りにベッドで横になって眠っていたときのことだ。

 遠くで何かを叩く音が聞こえたような気がした。

 それは規則的ではなくて、思い出したかのように叩くのだ。


 深夜だし眠たいのもあって気にせずに眠ろうとしたら、コツンと明らかに部屋の中で音がした。

 目を開けてあたりを見回す、特に異常はなく耳を澄ませるが続きはない。

 気のせいだったのかと思い目を閉じると、今度ははっきりとそれも近くでコツン、コツンと音がした。


 慌てて体を起こし音の正体を探る。

 すると腹の上の卵からコツコツコツ、と連続して音がなった。

 音の正体は腹の上で温めている卵で、状況から判断すると孵化しようと卵の中から殻を叩いている音だった。


 ベッドの脇のランプに明かりを灯し、慌てて卵を持ち上げ表面を観察する。

 すると一箇所だけ殻に小さな穴が空いていて、穴を中心に中から何かがつついているのがわかった。

 アニーやセルフィアを呼ぼうと思ったが、深夜なのでやめることにした。


 観察を続けること一時間、殻もだいぶ壊れて中の物の身体が見えてきた。

 体の色は白っぽい、そして小さな鱗が体の表面を覆っている。

 爬虫類、それもトカゲではないだろうか、顔はまだ見えないがもうすぐ外に出てくるだろう。


 変化は突然訪れた、トカゲっぽい何かが一瞬で殻を振り飛ばし姿を現した。



 小さなトカゲが俺をじっと見つめてきた。

 俺も目を離さずじっとトカゲを見る。

 するとトカゲが「ガ~」と鳴き俺にすり寄ってきた。


 半年以上卵を温めていた俺は、妙に愛おしくて手を差し伸べて抱き寄せる。

 小さなトカゲは逃げもせず俺に抱かれ気持ちよさそうに目を細めた。




「何そのトカゲ! いつの間に飼い始めたの!?」


「かわいいですね、しっぽが太いですよ」


 朝になってアニーとセルフィアが部屋にやってきて俺の肩に座っているトカゲをみて騒ぎ始めた。


「昨日の夜中に例の卵から生まれたんだ、こいつなんなんだろう」


 肩から降ろしてベッドの上に座らせて三人で観察する。

 巾着袋から牛の生肉を一枚出して鼻先に持っていってみた。

 トカゲは肉を見た後俺をじっと見ている。


「食べていいぞ」


 俺が声をかけると器用に手で肉をつかんで食べ始めた。


「なんかレインの言葉を理解しているみたいじゃない?」


「とても賢そうです」


「こいつ生まれたばかりはもっと小さかったんだ、肉をやったら食べたから嬉しくなっていっぱいあげたら短時間でこの大きさになったよ」


 ベッドで一心不乱に肉を食べているトカゲは、大きさが大人の猫ぐらいあって、とても鶏の卵ぐらいの大きさの卵に入っていたとは思えなかった。


「この子本当にトカゲでしょうか」


 アニーがトカゲをじっと見ながら疑問を投げかけた。


「確かに普通のトカゲなら座って器用にお肉を持って食べないわよね」


「俺もそれは思ったんだよ、神様がくれた卵から生まれたんだから悪いやつではないと思うけどな」


 トカゲは肉を食べ終わって物欲しそうに俺を見ている。

 もう一枚出してやると嬉しそうに頭を上下してお礼をしてから肉をつかみ食べ始めた。


「とにかく少しの間俺の部屋で飼ってみるよ、大きくなりすぎたらその時考えよう」




 問題を先送りにしてトカゲを飼い始めた俺は、そろそろ探索に復帰することを考えていた。

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