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185.使者はあの人

 要塞をアンデッドの巣に変えたのは帝国の勇者の可能性が濃厚だった。

 気分転換に要塞を見学することにした。




 俺たちはまず要塞の一番高いところ、塔のてっぺんへ登ってみることにした。

 螺旋階段をどんどん上がり屋上へ向かう。

 階段内は昼間でも薄暗く足元がおぼつかない。

 時折小窓が開いていて外の景色を見ることが出来たが、見える景色は絶壁だけで面白いものは何も見えなかった。



 塔の屋上に上がると急に風が強くなり、セルフィアやアニーのローブが風にはためいた。

 見張りの兵士たちが俺たちが現れたのを見て直立不動になった。


「少しお邪魔するよ、持ち場に戻ってくれ」


 兵士たちに声を掛けてからあたりを見渡す。

 左右に切り立った崖が連なり、要塞に攻めた際のゾンビたちが蠢いていた小道が眼下に広がっていた。


「こうして上から見るとあの小道が狭いのがよく分かるわ、難攻不落と言われているわけがわかったわ」


 セルフィアが身を乗り出してあたりを眺めている。

 高所恐怖症の俺はお尻がムズムズしてしまい少し後ろに下がった。


「セルフィア、危ないからやめなさい。落ちてしまいますよ」


 アニーも俺と同じ高所恐怖症だ、セルフィアを心配そうに見ている。

 セルフィアは俺たちをからかうように、更に体を外に投げ出し足をばたつかせている。

 見ているだけで怖くなってしまって、慌てて目をそらした。



「旦那、こっちに来てくだせぇ。すごくいい景色が見えやすよ」


 ワンさんたちは俺達と反対側を見ているようだ。

 俺たちをからかっているセルフィアを放っておいて、ワンさんたちの方へ近寄っていった。


「おお! 凄いな、反対側とは偉い違いだな」


 眼前に広がる光景に俺は思わず大きな声を出してしまう。

 目の前の景色は左右に崖はなく、大パノラマの草原が広がっていたのだ。

 俺たちが攻めてきた方角は山岳地帯になっており、要塞を挟んで帝国側は大草原地帯。

 そのギャップに俺は感動してしまった。


「旦那、崖がこの要塞ですっぱりと無くなってやすよ、面白い地形でやんす」


「そうだな、こんな景色見たことないよ。あの草原にはどんな生物が住んでいるのかな?」


「やっぱりゴブリンでしょうかね、奴らは草原が好きでやんすからね」


「ゴブリン!? リサがやっつけるわ!」


 ゴブリン狩りが得意なリサが、ぴょんぴょんと飛びながら喜んでいる。

 彼女の背丈では屋上の転落防止用の壁でよく草原が見えない、一生懸命に飛び跳ねながら彼女は草原を見ようとしていた。


 リサを抱えあげて抱きつかせる。

 俺の目線と同じ高さになったリサは、やっとゆっくり草原を見ることが出来るようになった。


「ありがとう、お兄ちゃん」


 ニッコリと笑って草原を見渡す。


「わ~、すごく広いね! ミドルグ迷宮と同じくらい広いわ!」


 嬉しそうに話しながら俺の首にしがみつくリサ。

 塔が高くて落ちそうな感覚になって怖かったようだ。

 俺はリサをしっかりと抱きしめる。

 彼女は安心したようでいつまでも草原を眺めていた。


「僕も見たいよ!」


 モーギュストが壁によじ登ろうとしている。

 リサよりも背の低いモーギュストは、完全に草原を見ることが出来ないようだった。

 俺は巾着袋から空のたるを出して床に置いた。

 モーギュストは嬉しそうに樽の上によじ登ると、飛び上がって壁の上に降り立った。


「凄い! 全然景色が違うね、山が切り取られたようだよ!」


 手すりもない壁の上で飛び跳ねるモーギュスト。

 その様子は高所恐怖症の俺からしたら信じられない光景だった。

 フラフラと後ろに下がって尻餅をついてしまう。

 もちろんリサを放り出したりはしなかった。

 ゆっくりと座り込むとリサを抱きしめながらしばしじっとする。

 リサは嬉しそうに俺に抱きしめられながら、俺がめまいから回復するまで大人しくしていた。


「あ! リサいいわね! あたしもレインに抱きしめられたいわ!」


 俺にかまってもらえなかったセルフィアがこちらに近寄ってくる。

 その後から心配そうにアニーが歩いてきた。


「レイン様、セルフィアはさっき塔から本当に落ちそうになってましたよ、もうやらないように叱って下さい」


「アニー! 告げ口しないでよ。あんたすぐにレインに言いつけるんだから、やめてよね!」


「そんなこと言っても駄目ですよ、今回ばかりはレイン様に叱ってもらいます」


(またセルフィアとアニーがじゃれ合い出したな、暫く続くだろうから放って置こう……)


 俺はリサの頭を撫でながら、もう一度目の前に広がる大草原を眺めるのだった。



ー・ー・ー・ー・ー



 それから数日後、王都からの使者が『ブランケン要塞』に到着した。

 今回の使者は総勢三十名の団体を組んで国境付近を進んできたようだ。

 みな騎乗して全身鎧を着込んでいる。

 見覚えのある鎧だと思ったら、彼らは『オルレランド王国』第一近衛騎士団の面々だった。

 彼らは王国でも高い地位に有る騎士たちだ、要塞に入場した彼らは王国兵たちから熱烈に歓迎されていた。


 その様子を建屋の窓から眺めていた。

 先頭の一人だけが兜を脱いで顔をさらしている。

 その隊長格の人物は俺のよく知っている人物だった。

 嬉しくなって思わずニヤケてしまう。


 国王陛下の使者は俺の顔見知りらしい。

 懐かしい彼らを出迎えるために部屋から出ると、建屋の入り口に向かって歩いていった。

 要塞の建屋の一階に降りていく。

 扉の前には要塞を守る騎士たちが大勢いて、王都からの使者を迎える準備をしていた。


「勇者様に敬礼!」


 騎士の一人が声高に叫ぶ、その場にいた騎士たちが慌てて直立不動の姿勢になり俺に敬礼をしてきた。

『ブランケン要塞』を落としたその日から、騎士たちの態度はいつもこの様になってしまった。

 野営地でもかなり丁寧な扱いだったが、俺たちの人間離れした力を見た後は、要塞の人間全てが最敬礼をするようになっていて、息苦しさを感じていた。


「休め、持ち場に戻ってよし」


 俺の一言で騎士たちがまた動き出す。

 この一言がなければいつまでもその場を動かないので、行く場所全てでいちいち号令を出していた。


 そんなやり取りをしている間に、騎士の一団が建屋の内部に入ってくる。

 騎士たちは王国の紋章が胸に入った全身鎧を着込んでいた。

 長剣を腰に下げ、鉄鋼の小手に鉄鋼のブーツ。

 完全武装の出で立ちで颯爽さっそうと姿を表す。

 先頭で入ってくる人物は俺のよく知っている人物だ。




 騎士たちは俺が階段の下にいることを見つけると一斉に膝を付きかしこまった。

 ザッと音がするほどそろった動作に度肝を抜かれてしまう。

 最前列の一人が顔を上げてこちらを見てきた。


「アメツチ男爵様、お久しぶりでございます。ゴルドン・マックステープ、国王陛下の使者として参上いたしました」


「そうか、遠路はるばるご苦労だった。楽な姿勢をとってくれ」


 建屋の窓からゴルドンさんの顔を見ていたので驚きはしなかった。

 しかし、最後に会った時よりも丁寧な口調で少し不安になってきた。



「勇者様、こちらにおいででしたか。王都からの使者が到着したことを今伝えに行ったところですよ」


 階段の上からチェンバレン将軍が降りてくる。

 彼もまた俺に丁寧に接する者の一人で、いい加減やめてくれと言っても頑として受け入れない頑固者だった。


「ちょうど窓から見えたもので来てみました。彼は顔見知りなんですよ、私に色々良くしてくれた人物なんです」


「そうですか、それは良かったですな」


 ニコニコした顔で俺にうなずいてみせる。

 将軍はゆっくりとゴルドンさんに向き直ると使者に対する挨拶をした。


「儂はエイブラムス・チェンバレン伯爵だ、遠路はるばるよく参られた。使者殿、旅の疲れを癒やした後は儂の部屋で勇者様と話をしようではないか」


「はっ、私は第一近衛師団副団長ゴルドン・マックステープ騎士爵と申します。国王陛下の親書を勇者様にお持ちしました。用意ができ次第お渡ししたいと思います」


「そうか、それはなによりだ、では後ほど儂の部屋で……。ささ、勇者様早速私の部屋へ参りましょう。美味しいお酒を用意しましたよ」


 完全に俺に心酔しんすいしている将軍は、使者であるゴルドンさんへの挨拶も程々にして俺を将軍の執務室へ連れて行こうとする。

 ゴルドンさんとはしばし別れて後で話をすることにした。


 実はこの時、俺は畏まった騎士の中に懐かしい人物の気配を感じていた。

 その人物は相当緊張しているらしい、真面目な性格は今も変わらないようだ。

 兜をかぶっているのに気配を感じることが出来たのは、俺の『気配探知法』が強化されたからだった。

『ブランケン要塞』を攻略した後、俺のスキルは大幅に強化されていた。

『気配探知法』もその一つで、一度会った人物の気配はすべてわかるようになっていた。





 日に日に強化されていく俺たちの戦力、このままいけば帝国の勇者と互角に渡り合える日も近いのかもしれなかった。

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