184.要塞を地獄へ変えたのは誰だ
仲間たちの疲労もピークを迎えている。
このへんで一旦休憩に入ろう。
要塞の一番いい三部屋を将軍からあてがわれ、仲間たちと一息ついた。
扉で繋がっている三部屋の真ん中の部屋を共有のスペースにして、左右の部屋を男女で分ける。
共有スペースのベッドや家具は俺の巾着袋に入れてしまった。
そして代わりにソファーとテーブルを出す。
するとあっという間にリビングに早変わりした。
「さて、少し『ブランケン要塞』の事を考えてみようか、そしてこれからのことも決めておこう」
仲間たちをソファーに座らせて今回の戦闘について考察していく。
「今回の『ブランケン要塞』は今までの戦闘と大きな違いがあった。それは生身の人間が相手ではなかったことだ。要塞を守備している軍がまるごとアンデッドになっているなんて聞いたこともないよ」
「たしかにそうよね、あの小道は迷宮のような雰囲気になっていたし、王国兵の死体や帝国兵もゾンビに変えられていたわ」
「一体この要塞に何が起きたのでしょう?」
セルフィアもアニーも要塞の異様さを気になっていたようだ。
「アニー、君は僧侶職だからアンデッドに詳しいだろう? あれだけの数の兵士をゾンビに変えるのは、どのくらい大変なことなんだ?」
使者を蘇らせる職業の代表格はネクロマンサーだ。
死霊魔術を操るネクロマンサーの実力者なら相当数の死体をゾンビに変えることが出来るだろう。
もちろんアニーは僧侶職でゾンビは操れないが、俺達の中で一番死者に詳しいのはアニーだった。
「はい、専門ではありませんがある程度は推測できます。今回のアンデッドは数千体いました。アンデッド生成には膨大な魔力と熟練の魔法技術が必要です。とてもではないですけど一人で行ったこととは思えません」
「確かにそうでやんすね、しかし帝国側に要塞をゾンビであふれさせる価値が有りやせんよ」
「それにゾンビを操っていた奴なんて要塞の中にいなかったよ? 一体誰がやったんだろう?」
いつも名推理を披露してくれるモーギュストも、今回ばかりは首をひねって考え込んでいる。
仲間たちも犯人を思いつかないらしく、難しい顔をして考えているようだった。
俺はみんなの顔を見ながらある考えをまとめていた。
王都を出てからずっと考えていた事、旅の目的の倒すべき人物のことだった。
今回の仕業も奴が仕組んだことなら納得がいくのだ、俺も要塞を攻める前には帝国兵が犯人だと思っていた。
しかし要塞を陥落させて中庭で考えていたら、帝国側に要塞をゾンビであふれさせるメリットが無いことに気づいた。
「少し俺の考えを聞いてくれ、今回の犯人に俺は心当たりがあるんだ。あくまで推測だが奴が仕掛けたことだとしたら、すべて説明が付くような気がするんだ」
「へえ、レインさん犯人わかるの? 凄いよ、ぜひ教えてよ!」
みんなの注目が俺に集まる。
考えを整理しながら少しずつ語っていった。
「まずワンさんが言ったように、帝国側に要塞を魔物だらけにする価値が見当たらない。そこからわかることは今回のアンデッドを制作したのは、帝国ではないということだ」
あくまで俺の勝手な推理なのでズバッと断言してしまう。
「そしてアニーの言うように、数千体のゾンビを作り出す膨大な魔力を使える魔術師は、帝国兵の中にはいないと思う。しかし一人だけ膨大な魔力を持つ帝国側の大魔導師を俺たちは知っているはずだ」
「あ! もしかしたら黒い悪魔のことじゃない? 帝国の勇者だわ!」
セルフィアが叫ぶ、仲間たちも合点がいったという顔をした。
「そう、今回ゾンビたちを召喚したのは帝国の勇者だと俺は思うんだ。予想の範囲は出ないが、『シャルマン要塞』で帝国の将軍を大猿の餌にしたような奴だ。『ブランケン要塞』でも俺達の先回りをして小細工をしていっても不思議ではないと俺は思う」
「僕前々から疑問に思っていたんだけど、なんで帝国の勇者は僕たちを一思いに殺さないのかな? 今の奴なら簡単に全滅させられると思うんだけど」
モーギュストが鋭い疑問を投げかけてくる。
俺はその答えを持ってはいないが、ヒントになるような考えは頭の中に入っていた。
「そのことなんだが、奴は俺のことを前から知っていたみたいなんだ。王城で対峙した時、奴は俺の名前を知っていた。あの時誰も俺の名前を呼んではいないのに知っていたんだよ」
「そう言われてみれば最後にレインって言ってたような気がするわ。なんで知ってるのかしら?」
「それは俺もわからないんだ、もう少しでなにかわかるような気がするのだが、今のところは思いつかないよ」
帝国の勇者の正体を俺は未だに思い至らなかった。
俺も奴のことは知っているような気がするのだが……。
「もう一つ質問いいかい? 今回のゾンビ騒動が奴の仕業としてなぜそんなことをするんだろう? もしかしたら帝国の勇者は遊んでいるのかな?」
モーギュストが俺に質問してくる。
彼も帝国の勇者が遊んでいるなんてもちろん思ってないだろう。
でも、それだけ今回の騒動はおかしなことが多すぎたのだ。
「それ、なんとなく説明できるかも知れないわ……」
考えていると意外な人物が声を上げた。
セルフィアは真剣な表情で俺達を見ている。
「黒い悪魔は私達を鍛えているんだと思うの、自分に匹敵するほど強く育ててから戦おうとしていると私は思うわ」
「何のためにそんな回りくどいことをするのですか?」
訝しげにアニーがセルフィアを見る。
「それはわからないけど、きっとそうよ」
セルフィアは理由までは考えていなかったようだ。
しかし、彼女の説明は一定の信憑性がある気がする。
王城の謁見の広間で奴はこう言っていた。
『もっと強くなって僕を楽しませてくれ』
どういうつもりで言ったのかわからないが、奴は何かを企んでいる。
それが今わからないのが口惜しいが、今のままでは奴に敵わないので甘んじて受け入れるしか無かった。
「これ以上考えても今は結論が出そうにないな、この話はまた今度話し合うことにしよう。それではもう一つ、今後のことを話し合うぞ」
みんな考えがまとまらないので話題を次に移す。
「チェンバレン将軍の要請で一旦この要塞に留まり、王国の使者を待つことになった。その間はゆっくりしつつ要塞の周りを探索しようと思う」
「それがいいでさぁ、王都を出てからこっち、ろくな休憩も取りやせんでしたからね」
難しい話題から解き放たれてみんなの顔がホッとしていた。
「僕もいい加減に鎧を脱ぎたいよ! さすがに半月近く脱がないと精神的に参ってくるからね!」
モーギュストはわざと明るめに言い放った。
暗くなってしまった場の雰囲気を、少しでも明るくしようと気を使ってくれたようだ。
「その使者っていつ来るの? 王都からの使者ってゆっくりしているような気がするから心配だわ。早く帝国勇者を倒して王国へ帰りたいわ」
セルフィアは俺たちが大司教を討伐した際の、ゴルドンさんが使者としてなかなか来なかった時のことを言っているのだろう。
彼女は少しホームシックになっているようだ。
「セルフィアわがまま言っては駄目よ、レイン様だって好きで帝国に来ているわけではないのですよ。それについてきたのは私達なんですからね」
「わかってるわよ……、困らせるつもりで言ったわけではないわ……」
しょんぼりと肩を落としながらセルフィアが謝る。
「ごめんなセフィー、もう少し我慢してくれ。使者を迎えたらなるべく早く要塞を出発するからな」
「謝らないで、私こそ変なこと言ってしまってごめんなさい」
部屋の中に変な空気が流れる。
今まで気を張っていたのが一気に緩んで、俺もセルフィアも弱気になってしまったようだ。
「旦那も姉さんも何弱気になってるんでやんすか! ここまで順調に旅してこれやした、きっとすぐにミドルグに帰れやすよ!」
ワンさんが大げさに明るい声を出して場を盛り上げてくれた。
話はこれで終わりにしたほうが良さそうだな。
「よし! 話はここまでだ、これから要塞内を探索しよう!」
俺はわざと勢いよく立ち上がると、『ブランケン要塞』内の探索に仲間たちを誘った。
探索をするに当たって一番先に行くところはどこか、それは見晴らしのいい塔のてっぺんだ。
みんなと連れ立って要塞の一番高い所へ移動するのだった。