183.一旦休憩
『ブランケン要塞』の中庭で昼食を取った。
王国兵の攻撃を横目に俺たちは休憩をしていた。
要塞の建物内に突入した王国兵士達は、多数の犠牲者を出しながら内部を制圧していった。
数こそこちら側が有利だが、ゾンビは普通の武器ではなかなか死なない。
生きている人間の急所と思われる場所を破壊しても、なかなか活動停止をしなかった。
次々と王国兵士が中庭に運ばれてくる。
運ばれてくる兵士たちの大半が噛みつきによる呪いを受けた状態で、命に別状はなかった。
しかし、放っておけば負傷した兵士たちはゾンビになって味方に襲いかかってくる。
速やかにキュアや聖水で治療をしなければいけなかった。
「こちらへ運んで一箇所に固まらせて下さい!」
休憩を終えたアニーがキビキビと指示を出していく。
命じられたままに救護兵たちが負傷兵を一箇所に集めた。
その人数は優に二桁を超えている。
一気に二、三十人の呪われた王国兵士たちが中庭の一角に集められた。
「キュア!」
アニーの呪文が呪われた兵士たちに降り注ぐ。
一瞬明るく兵士たちの体が輝き、濁っていた目が正常に戻った。
「おお! 従者様が一気に治してくださったぞ!」
「さすが勇者様の従者様だ、こんなに沢山の人数を治してしまうなんて聞いたこともないぞ!」
救護兵たちがアニーの呪文の威力に驚いている。
呪いから解放された兵士たちは、涙を流しながらアニーにお礼を言っていた。
さらにアニーの手によって作られた聖水が大活躍していた。
ゾンビにかければ討伐できるのは当たり前で、呪われた者に飲ませることも有効な手段だった。
聖水を飲んだ呪われた兵士は、たちどころに回復していく。
呪いに効果的なのはわかっていても高価な聖水は一般兵士などは使うことが出来なかった。
その聖水が樽に波波と入っていて、誰でも使えるようになっていた。
ゾンビという魔物との戦闘に、始めのうちは王国兵の士気は低かった。
しかし、特効薬の聖水がいくらでも使えると知れ渡ると、一気に士気は高くなり、積極的にゾンビたちに立ち向かうようになっていった。
次々と建屋の制圧状況が俺のもとに入ってくる。
将軍は上級騎士を一人俺に配置してくれて、その彼が部下に命じて情報を入手してくれていた。
「勇者様、『シャルマン要塞』の制圧が完了しました。チェンバレン将軍が建屋の中で勇者様をお呼びになっております」
「そうか、ご苦労。案内してもらえるか?」
「ははっ、どうぞこちらでございます!」
上級騎士に先導してもらって要塞の建物に入っていく。
中の様子は薄暗く、床には魔石が所々に落ちていた。
多分その魔石はゾンビ帝国兵の成れの果てだろう。
倒されたゾンビたちは光の粒子になって消え去ったようだ。
一番大きな建屋の螺旋階段を登っていく。
二階三階と登ると最上階に到達した。
「ここでございます、少々お待ち下さい」
上級騎士は扉の前の警護兵と二言三言話す。
警護兵は緊張した面持ちで俺に頭を下げると、ノックをして中に俺の到着を知らせた。
「早くお通ししろ!」
中から嬉しそうな将軍の大きな声が聞こえる。
(チェンバレン将軍も本来は声が大きいのか……)
今まで大声を出したところを見たことがないので少し面食らってしまう。
よくよく考えると、どの将軍もみな声が大きい人物だった。
(もしかしたら声が大きくないと将軍になれないのかもしれないな)
馬鹿なことを考えながら仲間たちと共に扉を抜けて部屋へ入っていった。
「勇者様! なんと感謝していいのか! このチェンバレン、生涯勇者様に忠誠を誓いますぞ!」
俺が部屋へ入ると将軍が飛んできて片膝を付けて見上げてきた。
顔は満面の笑み、初めて会った時とは偉い違いで、元気ハツラツな将軍を見て少し引いてしまう。
「チェンバレン将軍、やめて下さい。あなたは伯爵なのですよ、私のほうが格下の貴族なのですから」
「いえいえそんな事はどうでもいいのです! 勇者様の偉業をこの目で見たのです、私の伯爵などという地位など取るに足らないものなのです!」
要塞攻めを失敗して敗軍の将だったチェンバレン将軍は、俺達の働きで最悪の状態を脱したのだ。
味方の兵士が数多く戦死したのは手痛いことだが、要塞攻めに多数の死者が出ることはあたり前のことだった。
要するに『ブランケン要塞』を陥落させることさえ出来れば、将軍の功績になるのでこれで丸く収まったということのようだ。
「ささっ、こちらのソファーへおかけ下さい。従者様もどうぞお座りになって下さい。おい! 早くお茶をお持ちしろ、勇者様を待たせてはならん!」
にこにこ顔を途中から真っ赤にして兵士に怒鳴りつける。
将軍は極度に興奮しているようで見ていて不安になってくる。
「チェンバレン将軍、そんなに大きな声を出さないで下さい。年少の者もいるのですから」
怖がって俺に抱きついてくるリサを優しく撫でながら、やんわりと将軍をたしなめる。
将軍は俺に非難されると顔を青くして畏まった。
「これは申し訳ございませんでした。ついつい大声が出てしまいました。戦場の慣れといいましょうか、以後気をつけます」
青い顔に冷や汗を流しながら将軍は平謝りしてくる。
そこには伯爵の威厳のかけらも微塵もなかった。
将軍に圧倒されて部屋の様子を見る機会を逃していた。
お茶の用意ができる間、ゆっくりと室内を見渡していく。
まず目につくのは豪華な司令官用の机だ。
重厚な木材づくりの机は部屋の一番奥にどっしりと構えていた。
その後ろには帝国旗がでかでかと飾られていたのだろうが、今は片隅に打ち捨てられて丸められていた。
その代わりに王国旗が飾られていて、存在感を出していた。
床には毛足の長い絨毯が敷き詰められていて、壁一面に本棚が並んでいる。
本棚に入っている本は全てと言っていいほど軍事関係の書籍だった。
行軍に関する考察や、大軍での野営の効率良い設営方法、更には要塞での籠城の仕方などありとあらゆる軍事情報がここにはあった。
「なかなか面白い書籍が並んでいますね、帝国の司令官は軍事に関して明るかったようですね」
「勇者様、それは違いますよ。軍事に関して明るくなければ将軍にはなれません、帝国も王国も将軍職に就く人間は軍事関係の玄人なのです」
(なるほど、プロフェッショナルが将軍になるのか、チェンバレン将軍も軍事には明るいのだろうな)
「後で読ませてもらってもいいですか? この先帝国兵を相手にしなくてはいけませんので、いろいろ勉強したいのです」
「どうぞどうぞ、好きなだけお読み下さい。この要塞のことで勇者様にお見せできないものはありませんよ」
にこにこと機嫌よく将軍が許可を出してくれた。
少しの間この地にとどまることもいいような気がしてきたな。
「ところで勇者様はどれくらいこの地に滞在されますか? 出来ればしばらく滞在していただけると嬉しいのですが……」
将軍が言いにくそうに言ってくる。
何を企んでいるんだ、ちょっと雲行きが怪しくなってきたな。
「まだ決めてませんが、なぜそんな事を言うのですか?」
「『シャルマン要塞』での勇者様の功績を伝える早馬が、私のもとへ来たのは先日お伝えしましたが、実はもし勇者様がいらした場合は足止めをしろと本国から命令が出ているのです。ぜひこの地へとどまり王国の使者とお話をしていただきたいと思います」
『シャルマン要塞』でも同じような事を言われたな、国王陛下はどんな命令を使者に託したのだろうか。
「そう言われても私達の目的は帝国の勇者の撃退なのです。その命令を下したのは国王陛下なのですよ」
「それは私もよくわかっております。しかし伝令が持ってきた命令書にも国王陛下の自筆のサインがありました。お願いします! どうかここにとどまって使者と会って下さい!」
テーブルに頭を擦り付けながら将軍が懇願してくる。
よほどその命令を遂行できないことがまずいらしい。
『シャルマン要塞』のハンス・ヒックス将軍は、今頃相当怒られているかもしれないな。
ここまで相当無理して行軍してきた。
仲間たちの疲労もピークだろう。
俺は将軍の申し出を受け入れ、この要塞でしばし休憩を取ることを了承した。