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178.冒涜の小道

『ブランケン要塞』に向けて進軍を開始した。

 要塞攻略の時は近い。




 かなり遅い行軍に、本当に半日で要塞に着くか心配していたが、無事昼前に要塞に到着した。

 朝早く出発したのが功を奏したようで、これから一戦をするだけの時間が余裕であった。



 俺は谷底の細い一本道の入り口に立っていた。

 舗装もされていない道は、草一本生えておらず、ぬかるんだ赤土がむき出しになっている。

 更に前方を見ると両側に切り立った崖が立ちはだかっており、垂直の壁は到底登ることはかなわず、要塞に行くには道を歩いていくほかはありえなかった。


「酷いわね、帝国は鬼畜だわ……」


 セルフィアが谷底の小道を眺めながら感想を言ってくる。


「神をも恐れぬ所業ですよ」


 膝をついたアニーがイシリス様に祈りだした。


「お兄ちゃん、怖いよ……」


 リサは怯えて俺に張り付いてきた。

 彼女を抱えあげると目の前の光景を見せないようにする。


「覚悟はしていやしたが、結構エグい光景でやんす、帝国兵に手加減は無用でさぁ」


 ワンさんが怒り心頭で前方を見ていた。

 みんなが何を怒っているのか、それは小道に広がる光景だった。

 先の要塞攻めで死亡した王国兵士のしかばねは、弔われること無く野ざらしになっていた。


 狭い小道に重なるようにうず高く積まれた死体が、初夏の陽気で腐敗してひどい匂いを放っている。

 それだけなら何も怒るほどのことではない。

 数千人の死体を片付けることは事実上不可能で、そのまま放置しているのも仕方がないことだと俺は思った。

 しかし帝国兵はやってはいけないことを王国兵の亡骸なきがらにしていた。



 王国兵の死体は両側の崖に鉄の杭で打ち付けられていた。

 どうやったのかわからないが、かなり上の方までびっしりと貼り付けられていたのだ。

 頭を貫かれて崖にぶら下がっている王国兵、逆さまで腰に杭を打たれている王国兵。

 面白おかしく抱き合わせて二体一度に刺し貫かれている王国兵の死体もあった。

 更に小道には無数の槍が突き刺さっていて、兵士たちを串刺しにしている。

 臓物をたれ下げながら刺し貫かれた王国兵は、苦悶くもん形相ぎょうそうで天を見上げていた。


「本当に人間がした仕業なのか? 魔物でもここまで酷いことはしないぞ……」


 俺は絞り出すように言葉を吐き出す。

 帝国兵はこれほどまでに残酷な気性なのか、開いた口がふさがらなかった。


「何ということだ! おのれ帝国の鬼どもめ! このような仕打ちをするとは許せん!」


 いつの間にか隣に来ていた将軍が、額に青筋を立てて怒り狂っている。

 後ろを見るとあとに続く兵士たちも、誰も彼もが怒りに身を震わせていて、今にも要塞に向かって突撃しそうな勢いだった。



「チェンバレン将軍、この落とし前は俺たちが帝国兵につけさせます。兵士たちをもうしばらく抑え込んでいて下さい」


「わかりました、勇者様の言う通りにいたします。しかし帝国の司令官だけは私達の手でとどめを刺させて下さい。そうしないと死んでいった部下たちに顔向けが出来ません」


 身を震わせて絞り出すように言った将軍の拳は、爪が手のひらに食い込んでいて今にも血が流れ出そうなほど握りしめられていた。




 仲間たちを小道の端に集め、戦闘の準備を進める。


「みんな聞いてくれ、帝国兵は禁忌きんきを犯した。戦争は殺し合いだがそれでも一定の秩序がなくてはいけない。死者の肉体をもてあそぶなど鬼畜の所業だと思う。奴らに自分たちのしたことを後悔させてやるぞ!」


「「「「「「了解!」」」」」」


「戦闘準備を開始しろ、奴らに『白銀の女神』の恐ろしさを思い知らせてやれ」


 仲間たちは自分の役割をキビキビとこなし始めた。

 アニーはバリアを各自に唱え、さらに『神聖防壁』を展開し始めた。

 セルフィアは空間に無数の魔法陣を浮かべ、呪文の構築を開始する。

 リサは精霊の角笛を手に取り何やら精霊たちと交信をしているようだ。


「モーギュスト、前方に展開して道を作ってくれ、王国の兵士たちには悪いが小道を塞いでいる屍は取り除かなくては前には進めない。君の力で押し分けて欲しい」


「オッケー、まかせてよ」


 モーギュストはやる気満々だ、アダマンタイトの壁盾を前面に押し出して、突撃の準備を整えた。


「ワンさん、罠が張り巡らされているかもしれないから先行して偵察よろしく」


「わかりやした」


『気配消失』を強めてワンさんが姿を消していく。

 後ろで控えている王国兵たちからざわめきが上がり、騒然となる。


「従者様が消えたぞ、俺は夢を見ているのか?」


「俺は聞いたことがあるぞ、気配を消して姿を隠すスキルがあるらしいぞ」


「俺もそのスキルは知っているけど、完全に姿を消すことなんて出来るのか?」


(ワンさんが消えて見えるのは当たり前だろう、俺だってワンさんの本気の『気配消失』は見破れないのだから)


 ワンさんが偵察のために前進したのを確認して、俺は将軍に近づいていった。


「チェンバレン将軍、要塞の門は私達が開けます。十分じゅうぶんに距離を開けてついてきて下さい。弓矢の射程距離には絶対に近づかないこと、あなた達を飛来する矢から守ることはさすがに出来ませんからね」


「わかりました、歩兵たちにはしっかりと言い聞かせますよ。勇者様の邪魔だけは決していたしませんから安心して下さい」


 これで打ち合わせは終了だ、後は要塞をこじ開けて中の鬼畜帝国兵たちを殲滅するだけだ。

 俺は仲間たちが待つ前方へ戻っていく、するとワンさんが偵察から戻ってきていてみんなと何やら話していた。


「どうしたんだ? なにか気になることでもあったか?」


 ワンさんが偵察からすぐに戻ってきたことなど今まで一度もない、一抹の不安を抱いて恐る恐る聞いてみる。


「旦那、前方の死体の山辺りから、妙な気配がしやす」


「妙な気配だって? どんな気配なんだ?」


「なんと言って良いかわかりやせんが、迷宮のような空間が広がっていやす」


「迷宮? どこが?」


「小道がでさぁ、要塞に続く小道はまるで迷宮の中のような感じがしやすよ」


 ワンさんも訳がわからないと頭をひねっている。

 罠はずしのプロのワンさんにわからないことを、俺がわかるはずはなかった。


「よし、仕方がないから固まって慎重に進んでみるか、何か異変が起こるようならその都度指示を出すよ、それで行こう」


「了解しやした、あっしも警戒しながらついて行きやす」


「モーギュスト聞いていたか? 密集隊形に移行して前進だ」


「オッケー」


 壁盾を構え直して前を見る。

 全員が固まったのを待ってモーギュストがゆっくりと進み始めた。


「旦那この辺りからでやんすよ、気を付けてくだせぇ」


 目の前には串刺しにされた王国の兵士たちが恨めしそうにこちらを見ていた。

 ワンさんが警告した空間に入り込むと、空気が重くなり急に息苦しくなる。


「確かに迷宮の空間に感じが似ているな、どういうことかわからないがみんな警戒しろ」


 恨めしそうな視線をあらゆる方向から感じる。

 嫌な予感がして死体の兵士たちを観察すると、急に眼球が動いた。

 死体だと思っていた王国の兵士は、何者かによって生きる屍、ゾンビにされて新たな犠牲者が訪れるのをじっと待っていたようだ。

 一斉に崖に打ち付けられている死体たちが歯を噛み締め鳴らし始めた。



 カタカタカタカタ カタカタカタカタ



 その音に誘われるように一斉に屍たちが動き始める。



「お兄ちゃん!」


 リサが俺の後ろに隠れる。

 セルフィアも呪文を中断してしまい死体を凝視していた。


「いけません! ここは死者の牢獄です!」


 アニーが叫び錫杖しゃくじょうを握りしめる。

『神聖防壁』が更に輝き、守りが強くなる。


「みんな気を強く持つんだ、今から数千体のゾンビの群れと戦うことになるぞ。俺たちは『ミドルグ迷宮』でトップチームの『白銀の女神』だ。この程度でうろたえては駄目だ」





 気持ちをふるい立たせて仲間たちを鼓舞こぶする。

 すでにおびただしい数のゾンビたちが、目の前の小道にあふれかえっていた。

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