177.進軍
腕相撲大会で無双をした俺は、気分良く自分たちのテントへ帰っていった。
帝国の北の要『ブランケン要塞』、難攻不落の要塞を攻める日がとうとう来た。
斥候に出ていた王国兵が、俺達が破壊した『ローレン砦』の情報を陣に持ち帰ってきたのだ。
斥候の報告は俺の言った通り。
砦の瓦礫が散乱して帝国兵は一人も生き残りはいない、辺りは未だに煙を上げた砦の残骸があるだけだと報告してきた。
この報告を受けた将軍の喜びようといったら凄まじいものがあった。
俺をテントの外で見つけた将軍は、すごい勢いで駆け寄ってきて膝をついた。
俺を見上げて満面の笑みを浮かべ、賞賛の嵐を述べていく。
周りにいた兵士たちはビックリしてしまい、俺達のことを凝視してきた。
流石に伯爵が格下の貴族に媚びへつらうのはまずい。
俺は慌てて将軍を立たせ、テントの中へ連れて行った。
「勇者様、素晴らしいです! 帝国はもう勝ち目はありませんよ! 『ローレン砦』を失っては王国へ攻めるための兵站は維持できません。その上『ブランケン要塞』を陥落出来れば致命傷を与えることが出来ます!」
今にも踊りだしそうな勢いで情勢をまくし立ててくる。
いつの間にか俺のことを勇者と呼ぶことまで復活していて大興奮の様子だ。
俺はあっけにとられて巨体を震わせて喜ぶ将軍を見ていた。
「チェンバレン将軍、少し落ち着いて下さい。これで私の言ったことを信じてもらえましたね? 要塞への進軍準備を進めて下さい」
「もちろんですとも! もう既に部下に命令しています。すぐにでも出発出来ますよ! これで陛下への面目が保てます!」
薄っすらと目に涙を浮かべながら将軍は語る。
大軍を戦死させてしまい、王国へ帰ることも出来ずにくすぶっていた将軍に運が巡ってきたようだ。
将軍に進軍の約束を取り付け、仲間たちのもとへ戻っていった。
ー・ー・ー・ー・ー
帝国領の山の窪地に王国軍、千数百名が整列をしていた。
斥候からの情報を受け取ってから二日後、『ブランケン要塞』への進軍の日がやってきたのだ。
長らく足止めされていた兵士たちは、要塞への進軍を概ね歓迎していた。
このままでは王国へ帰ることは出来ず兵糧も残りわずか、ジリ貧な状況に焦りを感じていたのだ。
そこへ『シャルマン要塞』の英雄、王国の勇者一行が現れ、要塞攻撃に力を貸してくれると言ってきた。
これで士気が上がらないわけもなく、大いに盛り上がった兵士たちは、要塞への二度目の突撃に鼻息を荒くしていた。
王国軍の構成は歩兵が中心で、他には将軍を守る騎士団が数十名いるだけだった。
重い鎧に身を包んだ重装歩兵は先の要塞攻めで全滅しており、残っているのは要塞からの弓矢をかいくぐった軽装兵だけだった。
普通なら今回の要塞攻めは無謀な攻撃で、玉砕覚悟の突撃になるのは明白だった。
数千名の死者を出した一度目の攻撃で、陥落させることが出来なかった要塞攻めを、今回成功させることなど到底無理なのだ。
そこで頼ることになったのが、王国の勇者様がリーダーを務める『白銀の女神』一行だ。
『シャルマン要塞』での防衛戦で、一万の帝国兵を全滅させたという噂が、まことしやかに陣内に流れていた。
本来なら一笑に付される噂だが、帝国兵が敗走したことはこの僻地の駐屯地まで情報は流れてきていて、どうやら事実らしい。
『シャルマン要塞』が無事なのは勇者様たちのおかげらしく、その力を今回も発揮してもらえれば、もしかしたら勝てるかもしれないと、兵士たちは考えていた。
「進軍! 全軍進め!」
歩兵たちの指揮官が大声で号令を発した。
その声を聞いた王国兵たちは『ブランケン要塞』に向かって進み始める。
距離は約半日、進軍を開始したことは当然帝国側の斥候も確認しているはずだ。
要塞の城壁の上から弓矢を構えて、手ぐすね引いて待ち構えているに違いない。
一時間後、俺達が乗る黒塗りの馬車もようやく動き出した。
もちろん御者はワンさんだ。
腕相撲大会の後、絆は更に深まり、なんでも相談できるかけがえのない仲間になっていた。
馬車の後ろのステップにはモーギュストが立っていて、周囲を警戒してくれている。
これだけ大軍の兵士を襲撃する無謀な敵はいないが、彼に守ってもらっていると思うと、とても安心できた。
「やっと動き出したわね、どうしてこんなに遅いのかしら?」
うんざりした様子でセルフィアが窓の外を見ている。
「大軍の進行というのは、これほどまでに歩みが遅いのですね。知識では知っていましたが、いざ目の当たりにしますと呆れてしまいます」
勉強家のアニーは兵法にも興味があるらしく、兵士たちの移動の遅さを知っていたようだ。
山道ということを踏まえても兵士の行軍スピードは亀のように遅く、驚くばかりだった。
「まあ、戦場に着いた時にヘトヘトにへばっていたら戦いにならないからな、仕方がないが確かに遅いな」
のろのろと進む馬車から見える景色は一向に変わることが無い。
本当に半日で要塞に着くのか疑問になるが、わがままを言ったところで速度が早くなるわけでもないので、我慢するしか無かった。
「そうだ美味しいフルーツのシロップ漬けがあったんだ、みんなで食べよう」
車内のボタンを押すと座席の間にテーブルが音もなくせり出してきた。
巾着袋から人数分のデザートを出す。
テーブルに並べるとみんなで食べることにした。
車内の床に寝転がっていたドラムはテーブルの足に弾かれて迷惑そうに一声鳴いた。
お詫びに塊肉をあげると、嬉しそうに頭を上下させてお礼を言ってきた。
馬車の御者席に繋がる小窓を開ける。
「ワンさん、これ食べてくれ、お代わりが欲しかったら言ってくれよ」
「ありがとうございやす、ちょうど喉が乾いてたところでさぁ」
御者席にも小さなテーブルがせり出してきた。
そこにデザートを置くが、全くと言っていいほど揺れることはなかった。
車体には揺れをなくすために魔道具が取り付けてあり、どんな悪路でも一切揺れることはないのだ。
のどが渇いているとワンさんが言っていたので、俺の特製スポーツドリンクも追加で差し入れする。
ワンさんは嬉しそうに受け取ると、美味しそうにフルーツを頬張った。
お次はモーギュストの番だ。
後ろのステップが見える小窓を開けてモーギュストに話しかける。
「モーギュスト、フルーツのシロップ漬け食べるだろ? 中に入ってきなよ」
流石にステップの上で飲み食いは出来ないので、車内に入るように促す。
後ろの座席のボタンを押すと、座席が折りたたまれてドアが現れた。
「お邪魔します」
鎧姿のモーギュストが車内に入ってくる。
彼のために木でできた椅子を出し座ってもらう。
窮屈そうに椅子に座ったモーギュストは、兜を脱いで顔を出してきた。
「窮屈そうだな、鎧を外すかい?」
「ううん、大丈夫だよ、なれているからね」
にっこり笑ったモーギュストはフルーツをつまんで口に入れた。
「甘くて美味しいね」
「そうか、お代わりもあるからな」
俺も笑いながら一口食べる。
口いっぱいに広がるフルーツの甘味が、行軍の遅いストレスを忘れさせてくれた。
みんな笑顔で美味しいおやつに舌鼓を打った。
もうすぐ『ブランケン要塞』に到着する。
一体どんな要塞なのだろう、帝国最大の山城を思いながら甘いフルーツを頬張るのだった。