18.女神に感謝を
全身麻痺に陥り日々リハビリの毎日、仲間が去り栄光は一瞬で崩壊した。
サラマンダーに体を貫かれてから一年が過ぎ、やっと動けるようになってきた。
ベッドの上に上半身を起こしパンツ一枚になって座っている、まだ歩けないので足が細くなってしまった。
桶にお湯をくんできたアニーが笑顔で俺の体を拭いてくれる。
優しく柔らかい布で何度も背中を擦ってくれる。
もう痛みはなくなっていた。
筋力さえ戻ればいつでも迷宮に行けるはずだ。
「いつもありがとう、世話をかけてすまない」
「それは言わない約束ですよ。お世話できて私は嬉しいんです、こんなにレイン様と一緒に居たことなんてありませんでしたから」
心底嬉しそうに布で俺の足を拭いてくれる。
年頃の女の子に体を拭いてもらうことへの抵抗感は、まったく無くなってしまった。
体が動かない頃は、食事から下の世話まで全てをアニーとセルフィアがやってくれた。
一切嫌な顔をせずに献身的に介護してくれた。
感覚的には彼女達は俺の一部になっていた。
少し前のことになるがワンさんが久しぶりに訪ねてきてくれた。
涙もろくなっていたのか嬉しくて泣いてしまい、ワンさんに驚かれた。
ワンさんが居なくなって心配していたことを話すと、申し訳なさそうに全て話してくれた。
まず宿代が四人分かかり今までの蓄えでは立ち行かなくなってしまったこと。
自分のせいで俺が寝たきりになってしまい、自責の念で顔を見ていられなかったこと。
俺が戦線復帰したときのために罠解錠の腕を錆びさせたくなかったこと。
一人で迷宮の浅いところで宿代を稼いでいたそうだ。
俺に余計な心配をかけたくなかったワンさんは、アニーとセルフィアに口止めをしていたらしい。
俺もワンさんがパーティーから離脱したことを怖くて二人に聞く事が出来ず、今まで知らなかったのだ。
それを聞いて、少しでもワンさんを疑ってしまったことを申しわけなくなって、号泣して謝罪した。
ワンさんも俺に大怪我を負わせてしまったことを、泣きながら謝罪して二人で抱き合って泣いた。
とうとう立ち上がる事が出来た。
まだふらつくがしっかりと感覚はある。
ボス部屋で意識がなくなった後のことを少しずつ聞かせてもらった。
俺の体は丸太のようなしっぽで下腹を貫かれ、背骨が折れて内臓が全て外に流れ出ていたそうだ。
セルフィアが半狂乱になって内蔵を掻き集め腹に戻し、背骨を元の位置に戻した。
全身の血液が流れ出て、一度は心臓が止まってしまいキュアを連続でかけて、アニーが気絶しかけて何とか俺は持ち直したそうだ。
『健康』、このスキルの凄まじい回復能力、それがなければ一分も持たずに死んでいただろう。
ある意味人間をやめているな、少し不気味に感じた。
立ち上がるまでに一年、本調子になるにはあと半年はかかるだろう。
しかし怪我の具合が即死レベルで、一年前にまぶた一枚動かない状態から立てるようになるなんて気味が悪いと言うレベルじゃないぞ。
三人が俺の部屋にいる時に、女神様との対話の内容を聞かせた。
スキル『健康』のこと、三人の祈りを女神様が聞き届けて俺に助言をするために再び次元の狭間に呼び寄せたこと。
アニーは女神様に願いが届いたことを知ると、嬉しさのあまり興奮して倒れてしまった。
慌ててベッドに寝かしつけて気持ちが落ち着くまで俺が看病した。
スキル『健康』に関しては妙にみんな納得して、とにかく俺が無事で良かったと笑ってくれた。
俺がボス部屋からどうやって帰ってきたのかをワンさんが教えてくれた。
「アニーの姉さんが応急処置をして、あっしが旦那を担いで石碑に駆け寄ったんでやんす。後ろから姉さん達が旦那にすがり付いてきて、そりゃぁもう修羅場だったでさぁ」
身振り手振りで説明する姿が面白い。
「一階層に飛んでからがもっと修羅場で、地上への階段を全力で駆け上がり、お役人に回復師を呼んでもらったんでやんす。この回復師がふてえ野郎で法外な金額を要求してきやして、回復に銀貨五十枚よこせと言ってくるんでやんすよ、そしたらアニーの姉さんが間髪を容れずに銀貨を払っちまいやして、ふっかけた本人が一番驚いていやがりやしたよ」
(なんて悪どい回復師なんだ、今度お礼に参ろうか)
「回復魔法をかけたはいいが、旦那は一向に意識を取り戻さない、もう一度回復魔法をかけてこれ以上は無理となりやした、二回目の回復魔法は適正価格でやんしたよ」
(二回目まで法外な値段だったら、本当にお礼参りに行くところだったぞ)
「それからは旦那も知ってる通り、姉さん達が献身的に看病をして、旦那が今ここにいるんでさぁ」
(みんな苦労をかけたね、おじさん心苦しいよ)
「私はこの一年間、レイン様のお世話で辛いと思ったことは一度もありませんでした。むしろレイン様にご奉仕ができて充実した一年でした」
アニーがうっとりと俺を見ながら感想を話す。
「あたしもそうよ、レインの隅々まで知ってすごく満足よ」
(なんかいやらしい言い方だな、おじさん恥ずかしいよ)
「そう言えば俺が動けない間、誰が刀を手入れしてくれていたんだ?」
少し前になるが、久々に刀を鞘から抜いてみると手入れもしていないのに新品の状態になっていた。
三人に聞くが誰も知らないという。
不思議に思ってよくよく刀を見る。
黒塗りの鞘には複雑な文様が彫られており、金の象嵌が施されていた。
この文様がなにか関係あるのだろうか、いつか調べてやろうと思った。
「よし明日から俺はリハビリがてらに一階層に潜るぞ、みんなついてきてくれるか?」
「もちろんよ!」
「お供します!」
「この時を待ってやんしたよ!」
三人が興奮して叫び声を上げた。
迷宮に明日から潜ると仲間たちに宣言すると、ワンさんが復帰したらギルドに顔をだすようにと前に言われたと言ってきた。
しかたがないので明日迷宮に行く前にギルドに行くことにした。
朝一でギルドに向かう。
ギルド前に到着すると、盗賊風のチンピラ探索者が、俺を見つけニヤニヤしながら寄ってきた。
「おやおや? 誰かと思えば英雄様じゃないか、俺を忘れてないよな。いつかは儲けさせてもらったな、おい! なんか言えよ!」
俺が無視してギルドの中に入ろうとすると、チンピラ探索者は顔を真赤にして食ってかかってきた。
そいつは俺が一人で迷宮に潜っていた時、宝箱を横取りして俺を馬鹿にしてきたシーフだった。
一瞬で刀を抜き去り首に切っ先を突きつけてチンピラを睨む。
「うせろゴミ」
チンピラ探索者は俺の眼光が余程怖かったらしく、尻餅をついて小便を漏らしてしまう。
後ろのチンピラたちも囃し立てることはせず、驚愕の目で俺を見ていた。
刀を素早く鞘に仕舞い、三人を伴ってギルドに入っていった。
「あいつあんなに怖かったか?」
「俺、いつ刀抜いたのかわからなかったよ」
小便を漏らしたチンピラは泡を吹いて倒れていた。
ギルドの扉をゆっくりと開く、エントランスは一年前と変わっておらず昔のままだった。
ゆっくりと辺りを見渡す。
目ざとく俺を見つけた探索者が隣の相棒に耳打ちをする。
俺の顔を見た途端、顔を隠して奥へ引っ込んで行く探索者もいた。
まだ若いルーキーたちは憧れの表情でこちらを見ている。
受付嬢が俺を見て顔をひきつらせている。
俺を先頭にして三人が後ろを固めて受付に歩いていくと、探索者達が俺達を避け、左右に道ができていく。
俺たちをよける探索者達の目には畏怖が宿っていた。
「パーフェクションだ」
「おい見ろよパーフェクションが来たぞ」
『完全階層攻略者』口々にささやかれる言葉の意味は、誰も死亡者を出さず九階層、通称『山岳』と『低階層』のボスを一度も帰還せずに攻略したものに与えられる称号だ。
その偉業は過去三パーティーしか達成しておらず、現役のパーティーに至っては一組しかいなかった。
そして俺達のパーティーが現役で二組目になった。
「ギルドで俺たちを呼んでいると聞いたのですが」
緊張して固まっている受付嬢に丁寧な口調で語りかけた。
「はい! 少々お待ちください!」
慌てて裏へ引っ込む受付嬢。
少し待っていると落ち着きを取り戻した受付嬢が、すました顔をしながら戻ってきた。
「大変お待たせいたしました。ギルド長がお会いになるそうなので、こちらにお越し願えますでしょうか」
「わかりました」
簡潔に言って受付嬢についていった。
受付嬢がドアをノックして俺たちが来たことを中に居るギルド長に知らせる。
中からくぐもった声で入室の許可が降りた。
受付嬢が横に移動してお辞儀をする。
ここからは俺達だけで行けということらしい。
「失礼します」
一言断って中に入る。
中に居た人物を見て俺以外の仲間が息を呑む音が聞こえた。
「どうしたんじゃ、いつまでもそんなところで立っとらんで中に入れ」
気さくに声をかけてきたのは、パーティー斡旋所のおじいさんことガルダンプさんだった。
俺たちは中に入ってソファーに座り、ガルダンプさんと対峙していた。
「まずは正式に名乗らせてもらおうかの、ワシは『迷宮都市ミドルグ探索者ギルド』ギルドマスター、ガルダンプ・テレスコープじゃ。お前たちには斡旋所のガルダンプのほうが馴染みがあるがの、ほほほほ」
してやったりという顔でガルダンプさんが笑っている。
年齢は六十歳を少し過ぎた感じ、背丈は俺の肩ぐらいで顔に立派な顎髭をはやしている。
体格はガッチリしていて、身なりは豪華な革のチュニックに革のズボン、鎧を着込めば今からでも迷宮に行けそうだ。
「只者ではないとは思っていましたよ」
「そうか、隠遁に関してはちと自信があったのじゃがワシもまだまだじゃな」
嬉しそうに目を細め顎髭をしごいた。
「体の方はもういいのか?」
「おかげさまで今日から迷宮に降りようと思います」
「そうよ、降りようと思ったら呼び出し食らって肩透かしもいいところだわ」
「おお、それはすまんな、しかし大事な話があったからしかたなかったんじゃ」
飄々としたガルダンプさんを見て毒気を抜かれたセルフィアは、それ以上文句を言わず静かになった。
「まずは完全階層攻略おめでとう、ワシの在任中に『完全階層攻略者』を排出できて鼻が高い、よく頑張ったな」
「ありがとうございます。そのことなんですが、ギルド長に一つ質問してもいいでしょうか」
「なんじゃ、いってみろ」
「俺達は確かに十階層のボスを倒しました。しかし十一回層の石碑には手をかざしていません。どうして俺たちがパーフェクションだと証明できたのですか?」
証拠がないのにみんな俺たちをパーフェクションと呼ぶのが、どうしても不思議でおもわずギルド長に聞いてしまった。
「そのことじゃが、ギルドにはいろいろ魔道具が備わってあっての、手をかざすとその探索者が、迷宮でどんな事をしたかがわかるようになっておるんじゃ。滅多には使わないが今回は事が事だけにお主が意識を失っておる内に調べさせてもらったのじゃ。もちろんパーティーメンバーの許可はもらっておるぞ」
横にいる仲間を見るとみんなうなずき、知らなかったのは俺だけだったようだ。
完全に俺に言うのを忘れていたらしく、みんなシマッタという顔をしていた。
(まあ謎が解ければいいんだけどね)
「『完全階層攻略者』の名に恥じないようにこれからも迷宮探索を続けていこうと思います」
改めて宣言して質問を終わりにした。
「そうか、頑張ってくれ。ところでギルド称号についてお前たちは知っているか?」
俺はギルド長に聞かれたが知らなかったので、三人の顔を見るとみんなも首を横に振った。
「すみません、勉強不足で分かりません」
「ギルド称号というのは功績があったギルドメンバーに与えられる名誉のことじゃ、『完全階層攻略者』になったお前たちにはふさわしい称号じゃな」
仲間と顔を見合う、セルフィアが嬉しそうに笑い、アニーも微笑んでいる。
ワンさんはいつものように冷静だが、しっぽは左右に揺れていた。
「ありがとうございます、謹んでお受けします」
「受けてくれて嬉しいよ、それでお前たちのパーティー名は何て言うんじゃ?」
「パーティー名ですか?」
「そうじゃギルド称号はパーティー名の前か後に着けるのが習わしじゃ、今回は銀を授けようと思う。パーティー名と銀をモチーフにした名を入れるのが通例じゃな」
俺たちは少し時間を貰ってパーティー名を四人で考えた。
意見が割れて難航するかと思ったが、「レインが決めていいよ」とセルフィアが言いそれにみんなが同意した。
しばし考える。
考えたすえに『女神』にした。
銀をモチーフにした名前と組み合わせて、パーティー名は『白銀の女神』に決まった。
ちょっとかっこつけ過ぎかとも思ったが、今の俺達があるのは女神イシリス様のおかげなので、ストレートに付けた。
アニーが感動して祈りを捧げている。
他の二人も気に入ったみたいだ。
「よし、お前たちのパーティー名は今日から『白銀の女神』じゃ、ギルドを通して国中に通達する。これからも精進するのじゃ」
長らく無かったパーティー名が決まって、一段と結束を強めた俺たち『白銀の女神』は、次の目標を俺の体力回復と『中層階』攻略に定めた。