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176.猛者

 おっさんに押され、腕試し大会に出場するはめになった。

 俺を笑っている観衆たちに、筋肉だけが全てじゃないことを思い知らせてやる。




 背中を押されて腕相撲大会の会場中央に来てしまった。

 目の前の大男は九連勝していて、優勝に王手をかけている。

 俺を見ながら余裕の表情で笑っていて、もう優勝した気でいるようだ。


「あんちゃん、本当にやるのかい? 『身体強化』持ちの俺に勝てると思ってるのかい?」


 自慢の筋肉を見せつけるように上半身を絞り上げる。

 その見事な筋肉はたしかに伊達ではなく、一般兵の中ではかなり力がありそうだった。


「まあ本意ではないけどやってみるか、怪我しないように手加減してやるからかかってこい」


 俺はわざと挑発する言葉をマッチョに言い放った。

 その途端、余裕で笑っていたマッチョが真顔になり、額に青筋を立てて怒り出した。


「なめたこと言うじゃねえか、手加減するだと? 上等だ腕をへし折ってやる!」


 やはりマッチョは単細胞のようだ、俺の挑発を真に受けて本気になって鼻息を荒くした。


「両者位置につけ! 何があっても恨みっこなしだぞ!」


 審判役の小男も俺が一方的にやられてしまうと思っているようだ。

 俺は『身体強化』を高めながら、ゆっくりと木箱に近寄っていった。



 マッチョの腕は俺の胴体と同じくらい太かった。

 スキルの『身体強化』で極限まで筋繊維を肥大化して、今にもはちきれそうになっている。


(なかなかいい筋肉をしてるじゃないか、でも筋肉は質なんだよ)


 俺は『身体強化』を更に強めていく、しなやかな腕の筋肉がミシミシと音を立てて強化されていくのがわかった。


 木箱に腕を乗せ相手の大きな手とがっちりと組み合う。

 組んだ瞬間に相手のマッチョがハッとした顔をして俺を見てきた。

 強者は手を組んだ瞬間に相手の力量をわかってしまうのが腕相撲だ。

 マッチョも一般の人間の中では相当な実力者なので、俺の力の強さをわかったようだった。


「あ、あんた、いったい何者なんだ……」


「黙ってかかってこい、再起不能にだけはしないでやるから安心しろ」


 じろりと睨みながらドスの利いた声でマッチョを脅す。

 睨まれたマッチョは手を引っ込めるために力を込めた。


「えっ!?」


 マッチョの腕は俺の手から離れようともがくが、一切びくともせず箱に張り付いたままだ。

 ゆっくりと指に力を入れてマッチョの手を握りしめていった。

 ミシミシと嫌な音がマッチョの腕から聞こえてくる。

 審判をしている小男もその音を聞いて目を見開いている。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺が悪かった。勘弁してくれ!」


 マッチョの顔色は真っ青で血の気は完全に引いている。

 俺は構わずに小男を睨むと試合開始の合図を催促した。


「は、始め!」


 小男が試合の開始を叫ぶ。

 覚悟を決めたマッチョは渾身の力で俺の手を握り返し腕に力を入れていった。

 真っ青だった顔が真っ赤になっていく。

 額の青筋は更に目立って来て今にも破裂しそうだ。


「うおおおおお~!」


 マッチョは叫びながら力を目一杯出した。

 普通の人間なら握力で握りつぶされてしまうだろう。




 箱の上の二本の腕は全く動いた形跡がない。

 俺の腕力はマッチョを軽く封じ込め、試合が始まる前と同じ位置に腕を止めていた。

 ミシミシと音を立ててマッチョの手を絞り込む、後少しで手の骨が砕けるところまで追い込んだ。


「はあああ、まいったぁぁぁ、ゆるしてぐだざぃ!」


 顔を涙と鼻水でベチョベチョに濡らしながらマッチョが俺に謝罪してくる。

 少しションベンも漏らしているようでズボンに染みができていた。

 マッチョの敗北宣言を受けて素早く腕を倒し、マッチョの手の甲を箱に押し付けた。


「しょ、勝者、こちらの少年!」


 俺を指し示しながら小男が叫ぶ、身近で見ていたので俺の力量がわかり青い顔をしている。

 会場からどよめきが起こり、汚い野次が飛び交った。

 全てはマッチョに対してで、なさけないや、八百長だと罵っている。


れんだ、俺の名前は蓮だ」


 小男を睨んで名前を教える。

 無言でうなずく小男は一発で俺の名前を覚えたようだった。




「勝者レン!」


 そこから俺の快進撃が始まった。

 参戦してくる大男たちをバッタバッタとなぎ倒していく。

 俺が『身体強化』持ちなのはすぐに知られて、一般人は挑戦を控えるようになってきた。

 挑んでくるのは歴戦の強者、いわゆるレベルが高いものだけになってきたのだ。

 囲みの騒ぎを聞きつけて、騎士たちも参戦してくる。

 一般兵士より数段上の『身体強化』持ちが、俺を倒そうと乗り込んできた。


「勝者レン!」


 上級騎士の指揮官を投げ飛ばして、とうとう九連勝になった。

 後一勝で俺の優勝が決まる。

 会場は割れんばかりの大歓声に包まれて、倍の観客に膨らんだ兵士たちは興奮状態だ。


「さあ、誰か挑戦するものはいないか!? このままじゃレンの優勝が決まってしまうぞ! 我こそはと言うものは名乗りを上げろ!」


 箱によじ登り小男が観客をあおる。

 もう有力な選手は残っていない、みな尻込みをして参加を控えていた。


「誰もいないのか!? それでは最後は不戦勝だぞ!?」


 小男の宣言を仕方がないと皆が思っていた。




「待つでやんす!」


 観客の中から一人の男が大声を上げた。

 聞き覚えのある声、癖のある言葉尻、俺には誰だかすぐに分かった。


「このワンコイン・ザ・シーフがお相手しやす!」


 観客が二つに分かれてワンさんが颯爽さっそうと姿を現した。

 観客からどよめきが上がる。


「勇者様の従者様だ!」


「大変な人が参戦してきたぞ!」


 もう会場はパニック寸前だ、今日一番の盛り上がりを見せた。

 ワンさんの横にはモーギュストが付き添っていて、二人共ズンズンと中央に進んできた。


「旦那、探しましたよ、そろそろ夕食でやんす」


「レインさん面白そうなことしているじゃないか」


 二人は俺を探していたようだ、気がつくと辺りは夕焼けで、薄暗くなってきていた。

 大男たちを倒すのに夢中になり、全然気が付かなかったのだ。

 隣で会話を聞いている小男は、訳が分からずキョロキョロと俺やワンさんたちの顔を見ている。




 ワンさんという最強の敵を迎え、今日最後の腕相撲が始まった。

 今まではかなり手抜きをしていたが、今回ばかりは本気を出すしかない。

 いくらワンさんが小柄なコボルドだと言えど、『身体強化』を極めている猛者なのだ。

 気合を入れて手に力を込めていく。

 ワンさんと手を組み合うとお互い目を真剣に見合って、息をすることもやめ集中を図っていった。


「審判さん、早く号令をかけてよ」


 俺とワンさんの気合に当てられてブルブルと震えている小男に、モーギュストが試合開始を催促する。

 我に返った小男は震える手を、俺たちの組んだ手の上に乗せ、最後の力を振り絞って叫んだ。


「試合開始!」



 ドンッ!



 衝撃波がオレたちの足元から発生する。

 俺とワンさんの気合のオーラがもろにぶつかり合い、会場全体に拡散したのだ。

 審判の小男はその衝撃波で観客のところまで吹き飛ばされた。

 観客も衝撃波のあおりを受けて皆のけぞっている。


 箱の上では俺とワンさんの本気の力比べが続いていた。

 組んだ手は一ミリたりとも動かずミシミシと音を立てている。

 俺とワンさんの周りの地面は微振動をして土埃が舞っていた。

 辺りには不気味な地鳴りが絶え間なく響いている。

 


 俺はワンさんを見ながらニヤリと笑う。


「やるじゃないか、ワンさんがこんなに『身体強化』を高めていたなんて知らなかったよ」


「力は隠しておくものでやんす、まだまだ強くなりやすよ」


 不敵な笑みを浮かべたワンさんは更に『身体強化』を高めた。

 グイッと手を倒されて木箱に手の甲が付きそうになる。


「甘いよ! 俺だってまだいけるさ!」


 俺も負けじと『身体強化』を高めた。

 箱に付きそうになっていた手を押し返し、また中央の位置へ押し戻す。

 いつも『身体強化』を発動させている俺の実力はこんなものではない。

 日頃から重いドラムを軽々と持ち上げる腕力は伊達ではないのだ。


 勝負は振り出しに戻る。

 中央まで持ち直した俺の腕は、ワンさんの腕を万力のような力で締め上げていった。

 ワンさんも負けてはいない、俺と同等の力で手を握りしめ完全に力は拮抗していた。



 バキッ!


 いきなり木箱が破壊され、俺とワンさんの力が暴走した。

 土煙を上げて地面に激突した俺達は盛大にすっ転んでしまう。

 もくもくと土埃が舞い上がり辺りの視界がなくなる。


 しばらくして視界が晴れてくると大の字で寝転ぶワンさんと俺がいた。

 二人とも顔は笑っていて、力を出し切った清々しさが顔に出ている。


「ハハハハ、ワンさん強いな!」


「旦那には負けやすよ!」


 二人でしばらく笑った後に、二人同時に勢いをつけて立ち上がった。


「帰ろうか、モーギュスト」


「そうだね、リサちゃんたちが待っているよ」


あねさんたちに怒られてしまいやす」


 やりきった感のある俺は、勝敗など放棄してセルフィアたちの待っているテントへワンさんたちと帰っていった。





 勇者の従者と互角に渡りきったレンの正体は結局わからずじまい。

 腕相撲大会の会場に残された兵士たちは、帰っていく俺たちを狐につままれたように見つめていた。

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