175.王国軍
旅の疲れで些細な言い争いに発展しそうになった。
俺たちは疲れている、しばしの休憩を取ろう。
俺たちが破壊した帝国の重要な要塞、『ローレン砦』から斥候の兵士が戻ってくるまでの数日、王国の陣の中で休息を取ることにした。
ワンさんたちは、王国からずっと走らせてきた馬車の点検や補修をするそうだ。
セルフィアたちは、男性だらけの陣地で出歩くのは危険だということで、テント内にとどまり大人しくしていることにしたようだ。
俺はドラムを彼女たちのボディーガードにテントへ残して、陣内の散歩に出かけた。
王国兵たちは将軍のテントを中心にして、円状に自分たちのテントを設置していた。
おそろいの地味なテントの列が延々と山の窪地に設置され、かまどや武器を修理するための炉まで作られていた。
(だいぶ長いこと駐屯しているようだな、生活感が滲み出ているぞ)
テントの周りの木々には丈夫な紐が渡されていて、洗いざらしの衣服が無造作に干してある。
無頓着に引っ掛けてあるだけなので、シャツやズボンはシワだらけでまさに男所帯の雰囲気がよく出ていた。
俺が兵士たちの間を歩いていくと、みんな敬礼をして畏まってしまう。
王国の勇者の噂は、末端の兵士まで浸透しているようで、みんなにジロジロと見られて居心地が悪いことこの上なかった。
そこで俺は『気配消失』をゆるく発動することにした。
完全に消えるわけではなく、俺のことを認識できない程度に調整する。
すると、兵士たちは俺を見ても無視するようになり、快適に陣内を散策することが出来るようになった。
兵士たちは普段何を食べているのだろう。
素朴な疑問を覚え、かまどの上で温めてある丸鍋の蓋を取る。
中に入っていたのはスープで煮込まれた何かわからない肉で、申し訳程度に野菜が浮いていた。
少しおたまですくって食べてみる。
思った通り塩の味しかしなくて、胡椒のような香辛料は一切使われていなかった。
(やはり異世界の料理はまずいな、駐屯しているからではなくこの味が普通のようだ)
俺は少しいたずらごころを出して巾着袋から胡椒とだし汁を取り出した。
それを鍋に投入して料理の味を整えた。
更に野菜を少々鍋に加えていった。
かまどの火力を調整してもう一度料理を煮ていく。
暫くするといい匂いが鍋から立ち上り始めたので、かまどの火を小さくした。
もう一度食べてみるとかなり美味しくなっていて、我ながら上出来の味になった。
一人で満足をしてほくそ笑みながらその場を離れていく。
きっとあの鍋の中身を食べた兵士はびっくりするだろうな。
兵士の驚いた顔を思い浮かべて思わずニヤリとした。
兵士たちは交代で休憩や休みを取っているようだ。
任務から解放された兵士たちの笑い声が聞こえてきた。
楽しそうな笑い声に引き寄せられて陣の一角へ近寄っていく。
そこでは支給された酒を大事そうに飲みながら、休暇を楽しんでいる兵士たちがいた。
皆上半身は裸で、筋骨隆々だ。
大男たちは一箇所に集まり何かを囲って騒いでいた。
俺は気になったので兵士たちをかき分けながら、囲いの中心部を目指した。
俺にどかされた兵士が俺を見てくる。
しかし王国の勇者である俺を認識することが出来ず、文句も言ってくることもなかった。
囲いの中心部が見えてきた。
そこは開けた空間になっていて、粗末な木箱が一箱置いてあり、二人の大男が対峙していた。
喧嘩でも始まるのかと思ったが、どうも殺気立ってはいないようだ。
二人の男は腕をぐるぐると回したり、首を左右に動かしたり、何かの準備運動をしているようだった。
男たちをよく見ると、腕の太さが俺の太ももくらいあり、怪力の持ち主であることが容易にわかった。
二人の男の間にはお調子者の小男が、鉄の鍋を片手に持って何やら大声で話していた。
「おめえら、用意はいいか!? これから腕試し大会を開催するぞ! 王国で一番の力自慢を決めるぞ!」
木箱の上に飛び乗り、大声で囲みの兵士たちに語りかけている。
(なるほど、腕相撲大会だな、なんか面白そうだ)
「左の大男は南の漁師町から来た漁師のトルゲだ! 町一番の力持ち、奴に腕試しで勝った奴はまだいねえぞ!」
小男は大男たちを紹介し始めたようだ。
紹介された大男は大きな声をあげて囲いの兵士たちに応えていた。
囲いからは楽しげな野次が飛び、どんどん盛り上がっていく。
「おめえらの右を見ろ! この男は西の山の中から来た木こり、ゴボリだ。巨大な丸太も一人で担いじまう怪力男だ!」
「うぉぉぉぉ」
ゴボリさんは腕を突き上げながら気合を入れるために叫んだ。
わくわくしてみていると、囲みの兵士たちが小男の持つ鍋の中へ銅貨を投げ入れ始めた。
「俺はトルゲが勝つと思う! 奴ならやってくれそうだぜ!」
「俺は断然ゴボリだな! あの太い二の腕を見ろ、絶対勝つに決まっているぞ!」
どんどん銅貨が鍋に溜まっていく、俺も面白そうだから観戦料に一枚だけ投げ入れてみた。
銅貨が飛び交うのが一段落して、場の興奮も最高潮になった。
小男は小袋に硬貨を入れると樽の上に大事そうに置いた。
「これから十連勝した奴が賞金を総取りだぞ! 腕に覚えがある奴は準備しとけよ!」
(なるほど、観戦料をそのまま賞金にするのか、十連勝なんて大変だな)
そうこうしているうちに大男たちが腕を箱の上に置き、がっちりと手を組み合った。
トルゲさんもゴボリさんも力瘤が凄い!
力を込めた二人の腕は筋肉が隆起して血管が浮き出ている。
二人のがっちりと握り合っている手の上に小男が手を乗せる。
彼の合図で試合が始まるようだ。
囲みの声援は耳を塞がなくては居られないくらいに大きくなった。
皆興奮して前のめりになり、贔屓の選手を応援している。
「いくぞ、始め!」
小男の合図とともに二人の腕に力が込められた。
二人ともすごい形相でにらみ合い、腕に全体重を乗せていく。
木箱がギシギシときしみ今にも壊れそうだ。
トルゲさんの額には青筋が立って今にも破裂しそうだった。
「ううう」
ゴボリさんが苦悶の表情で唸り始めた。
よくよく手元を見るとトルゲさんが徐々に優勢になって、ゴボリさんの腕を木箱へ押し倒し始めている。
「うおおおお!」
気合の雄叫びがトルゲさんから発せられた。
その瞬間腕を木箱に押し付けられたゴボリさんが、もんどり打って地面に倒れ込んだ。
その様子を見た囲みの兵士たちが大歓声を上げる。
「勝者、トルゲ!」
「うおおおおお!」
漁師のトルゲさんが一勝したようだ。
あと九連勝すれば賞金は彼のものになる。
かなり大変そうだがどうなるか見ものだな。
腕相撲大会はどんどん新手の挑戦者が出場した。
みんな筋肉達磨で強そうな大男ばかりで、腕に自信があるのもうなずけた。
初戦を勝ったトルゲさんは、三連勝した後に惜しくも敗退してしまった。
しかし嬉しそうな表情で囲みの中へ戻っていった。
そんな彼を兵士たちは温かい拍手で称え、彼の力を称賛した。
ひと通り力自慢は出場してしまった。
ときおり酔っ払いの身の程知らずの兵士が挑戦をする。
しかしマッチョの大男に返り討ちにされて、みんなに馬鹿にされていた。
とうとう九連勝をして、優勝に王手がかかった。
俺も一緒になって野次を飛ばしていたら、肩を誰かにむんずと掴まれた。
「あんちゃんも出場してみなよ、今なら勝てるかもしれないよ」
咄嗟の事で油断をしていた。
俺の肩を掴んだおっさんは勢いよく俺の背中を押した。
たたらを踏んで囲いの中央に送り出されてしまう。
兵士たちが俺を見ながら盛大に騒ぎ始めた。
「何だあいつ、あんなヒョロヒョロなのに挑戦するのか!?」
「無理に決まってるだろ! なんでやろうと思ったんだろうな!」
俺は大男たちの笑い声を聞きながら、異世界に転移した当初を思い出していた。
(みんなあんなふうに笑っていたな、ちょっとムカついてきたぞ!)
「新たな挑戦者が現れたぞ! 今度の挑戦者は若い兄ちゃんだ!」
会場が最高潮に盛り上がる。
間違いなく俺が負けると思っているのだろう。
よし、わかった、そう来るなら俺の本気を見せてやろうじゃないか。