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172.救国の勇者

 帝国における農民の生活の困窮こんきゅうに驚くばかりだった。

 帝国の情報を仕入れた『白銀の女神』は、一路北へ馬車を走らせた。




 王国と帝国の国境線は、何も大陸の中央に広がる大穀倉地帯だけにあるわけではない。

 当たり前だが北や南に連なる山岳地帯にも国境はあった。

 国境線沿いを北へ向かい、山道を馬車で登っていく。

 屈強な馬たちは力強く馬車を引き、急な山道を走っていくのだった。


 俺たちが今向かっているのは帝国の北方面、国境線上の山岳地帯にある帝国の重要な要塞だ。

 その要塞は左右を切り立った崖で囲まれ、細くて険しい一本道でしか入城することが出来ない。

 ちょうどその要塞を抜けて東へ行くと、帝国の首都『バビロニア』の裏手へ出られるのだ。

 要塞はその抜け道を封鎖する役割を担っていて、先日セルフィアの極大魔法によって壊滅された砦と重要度は遜色なかった。




「止まれ!」


 険しい山道を要塞に向かって移動していると、突然目の前に兵士たちが立ちふさがり馬車に停車を促してきた。

 ワンさんが慌てずゆっくりと馬車を停車させる。

 車内では俺を始めとして仲間たちが全員戦闘態勢を整えていて、不意の攻撃に備えていた。

 ワンさんと兵士たちが何やら会話をしている。

 馬車は防音対策を施してあるので、会話の内容までは聞き取れなかった。


 車窓からそっと外の様子をうかがう。

 兵士たちは馬車をぐるりと取り囲み、完全に包囲していた。

 人数はざっと見積もっても十名は下らないだろう。

 装備は皆革鎧を着込み、どっしりとしたブーツを履いている。

 頭には兜をかぶり手には小手、皆完全武装して手にはロングソードを握っていた。


 要塞はまだ数時間の距離があり、帝国兵が徘徊している確率は極めて小さい。

 それではどこの兵士かと詳しく見てみると、指揮官らしき騎士の鎧の胸に王国の紋章が付けられていた。


 馬車の小窓が開けられ、ワンさんが顔をのぞかせてくる。


「レイン様、王国の兵士と遭遇しました。恐れ入りますが身分を明かしてもよろしいでしょうか?」


 よそ行きの言葉で丁寧に聞いてくる。

 俺は国王陛下から頂いた『白銀勲章』を小窓から渡して身分を明かすことを許可した。




 馬車の扉がゆっくりと開いていく。

 自動で開くように改造した車体は扉を全開に開かせると、地面に降りるためのステップを車体の下から滑り出させた。

 ゆっくりと外を眺めると、馬車を取り囲んでいた兵士たちがきれいに並んで片膝をついていた。

 その数は二十名、俺が予想した人数よりも倍近い人数だった。


「アメツチ男爵様に敬礼!」


 指揮官らしき騎士が畏まって頭を下げる。

 後ろに並んで片膝を付いている兵士たちが一斉に頭を深く下げた。


「敵地での任務ご苦労、楽にしてくれ」


 馬車から降りた俺は指揮官の騎士の前に立ち声を掛けた。


「はっ! ありがとうございます、皆休め!」


 指揮官の号令で兵士たちが頭を上げて不安げに俺を見てきた。


「アメツチ様はこの先の帝国要塞を攻撃するためにこの地へお越しになったのだ。お前たちの所属と任務を速やかにお伝えしろ」


 ワンさんが指揮官に向かって命令を下す。


「はっ! 我々は第二王国軍所属の歩兵分隊です、我々の目的は帝国の要塞の攻略のための情報収集です」


「そうか、では本隊は別にあるのだな、そこへ案内してくれ」


 俺は指揮官に向かって声を掛けた。 

 本当は六人だけで要塞を攻略しようとしていたのだが、思わぬ援軍が現れたようだ。

 彼らを無視して行動するのも違う気がして、とりあえず軍を指揮している将軍と話をしてみることにした。


「はっ! かしこまりました」


 指揮官に先導されて第二王国軍本隊へ合流することにした。

 分隊の兵士たちに護衛をしてもらいながら山道を馬車で行く。

 本来の任務を放棄してまでこちらの要望に応える指揮官を見て、貴族の権限の強さを改めて実感した。



 険しい山道を下ったり登ったりしながら、帝国要塞にほど近いそれなりに広い窪地へと馬車を移動させた。

 辺りには見張りの兵士たちの姿がちらほらと増えてくる。

 高級な黒塗りの馬車を見た兵士たちは、一様に興味津々に俺たちを見ていた。

 道の前方に木の丸太を組み上げたバリケードが築かれ、行く手が阻まれた。

 護衛をしていた指揮官が、馬を走らせて慌てて前方へ走っていく。

 道を封鎖している隊の隊長と短い会話をすると、隊長は慌てて丸太のバリケードを道から取り外させた。


 ギリギリ馬車は止まること無く軍の野営地へ入っていく。

 バリケードを守っていた兵士たちは、青い顔をして俺の乗った馬車が通過していくのを見守っていた。



 馬車は野営地へ入っても止まることもなく、どんどん陣の中央部分へ進んでいく。

 非番で休憩していた兵士たちが、何事かと皆起き出して馬車を見てきた。


 中央付近のひときわ大きなテントの前で馬車は停まった。

 護衛をしてきた指揮官が馬から降り、上官に向かって何やら説明をし始めた。

 ワンさんが馬車を降りて扉の前に立つ、モーギュストもその隣に並んでかしこまった。


 暫くすると豪華なテントの中から、でっぷりと太った偉そうな人物がゆっくりと出てきた。

 横に控えているお付きの上級騎士と小声でなにか話をしている。

 俺は自動で開いた馬車から降りて、将軍らしき人物に近寄っていった。



「始めまして、私はレイン・アメツチ男爵です。突然の訪問をお許し下さい閣下」


 一軍の将軍というのだから俺より身分が低い訳はないだろう。

 丁寧な挨拶を心がけながら将軍にお辞儀をした。


「これはこれは、遠路はるばるこのような僻地へきちへ来ていただけるなんてありがたいことです。申し遅れました、私はこの第二王国軍を指揮しています、エイブラムス・チェンバレン伯爵です。ここではもっぱら将軍と呼ばれています」


 見た目とは裏腹に丁寧な言葉づかいで友好的に話しかけてきた。

『シャルマン要塞』でのハンス・ヒックス伯爵との初対面の会話とは雲泥の差だ。


「そうですか、それではチェンバレン将軍と呼ばせていただきます。少しお話を聞いていただけませんか?」


「ええ、もちろんです。救国の勇者様のお話ならいつでも大歓迎ですよ。さあ、立ち話もなんですからテントへお入り下さい」


(うん? 救国の勇者ってなんだ? 俺の聞き間違いかな……)


 チェンバレン将軍は更に丁寧な対応で、俺たちを将軍用のテントへ導いた。

 俺だけ呼ばれると思っていた仲間たちも、一緒にテントの中へ通されてみんな驚いている。



 テントの中は硬い板の上に絨毯が敷かれていた。

 広さは王都の高級宿屋のリビングと同じくらい、天窓もあり意外に明るく魔法の照明が付けられていて快適だった。

 奥に将軍の執務机が備え付けられていて、その横には豪華な鎧が鎧立てに掛かっていた。

 そして執務机の後ろの壁には王国の旗が貼り付けられていた。


「さあみなさん、ソファーへおかけ下さい。長旅でお疲れでしょう、今お茶を持ってこさせます」


 テントの一角に備え付けられているソファーへ座るようにチェンバレン将軍が勧めてくる。

 俺はモーギュストの鎧を預かり巾着袋に入れた。


「おお! それは無限収納の魔道具ですな、なかなか珍しいものを持っていらっしゃる。実は私も一袋持っていましてな、家宝として領地の宝物庫に保管しているのですよ」


 目ざとく俺の巾着袋を見て将軍が話してくる。

 結構なおしゃべり好きらしく、聞いてもいないのにペラペラと自分の事を話してきた。

 無限収納の魔道具は使わなくては宝の持ち腐れだと思うが、バカ正直に将軍へ言ったりはしない。


「そうですか、さすがは将軍ですね、貴重なものをお持ちでいらっしゃる」


 俺の言葉に気を良くした将軍は、自分の宝のコレクションを次々に自慢して喜んでいた。

 そうこうしているうちに、良い香りのお茶が運ばれてきた。

 ちょうど喉が乾いていたのでありがたくお茶をいただく。

 仲間たちも美味しそうに喉を潤し一息ついていた。


「さて、勇者様はこのような所へ何をしにおいでになられたのですか? よろしければお聞かせ願えますでしょうか」


 ソファーから身を乗り出し興味深げに聞いてくる将軍は、何かを期待しているようだった。





 俺は俺のことを勇者と呼ぶ将軍に若干じゃっかん引きながら、この地へ来た目的を静かに語りだすのだった。

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