171.悲惨な生活
砦の壊滅を確認した『白銀の女神』一行は、途中で出会った農夫に色々聞くことにした。
何でも聞いてくれと言っている老農夫に色々質問をぶつけてみた。
「帝国の暮らしはどうなんだ? あまり楽には見えないのだが……」
遠慮がちに聞く、農夫が怒り出さなければ良いのだが。
「暮らしは最悪だよ、儂を見ても分かる通り、みんなその日を生き抜くだけで精一杯だよ」
農夫は肩を落として語りだした。
「そんなに苦しいのか、でも周りの麦畑はそれなりに耕されているじゃないか、秋には豊作だったんじゃないのか?」
「ああ、収穫は毎年豊作だよ、でもお役人が全部持っていってしまうんだよ。儂らは雑穀を食べて食いつないでいるんだ、でももう限界だよ」
「なぜ全部持っていくのか爺さんは知っているのか? 知っているのなら教えてほしいのだが」
「そりゃあんた戦争のために決まってるだろ、王国との戦争に物資がいるんだと言われたよ」
もう怒る気力もないらしい、農夫は淡々と語ってくれた。
「見た所、農作業に出てきているのは爺さんだけだが、みんなはどうしているんだ?」
「昨日の夜の大爆発で砦が吹っ飛んだから恐ろしがって家から出てこないよ。あんたらも見たかい? あれはすごい爆発だったよ」
(見たも何もその爆発を引き起こした女性が横にいるのだが……)
セルフィアの顔をそっと見ると、聞こえなかったかのようにすました顔をしてお茶を飲んでいた。
(さすが俺たちの魔法使いは肝が座っているな、砦を破壊したことなんて大したことと思ってないのかな?)
「俺達は今朝着いたばかりなんだ、その爆発は見ていないな」
「そうかい、ここだけの話だが儂ら胸がスッとしたんだ。威張り散らしたお役人たちが砦と一緒に消し飛んでよかったよ」
湯呑を持つ農夫の手は微妙に震えていた。
内心では帝国に対しかなり怒っているようだった。
「戦争のことは何か知っているか?」
「みんな戦争に連れて行かれてしまったよ。村に残っているのは儂みたいな老耄と女子供だけだよ。儂の息子も孫も連れて行かれてしまったよ」
老人はさみしげに語る。
(『シャルマン要塞』に居たかもしれないな、今となっては確認もできないが……)
「帝国なんて滅びればいいんだ、もう何も残ってはいないよ……」
寂しそうに背中を丸め老農夫はふさぎ込んでしまった。
「最後に聞くけど勇者の話を聞いたことはあるか?」
「勇者? さあ知らないね、初めて聞くよ」
嘘はいっていないだろうな、爺さんはキョトンとした顔で俺を見てきた。
「邪魔したな、もう行くよ」
「そうか、気を付けて行きなさい、帝国は強い魔物が出る地域があるからね」
腰を浮かせてこの場をお暇しようとした時、老農夫が気になる事を言ってきた。
「強い魔物だって? 何だそれは」
「帝国は魔物が多いのが特徴なんだよ、特に北の山岳地帯には強い魔物が住み着いているよ。あんたら首都へ行くのだろうから関係ないだろうけどね」
「何で俺たちが首都へ行くと思うんだ?」
「え? 戦争に参加するんじゃないのかい? 冒険者や傭兵を各地から募集していると聞いたよ、違うのかすまなかったね」
老農夫はお茶を飲み干すと湯呑を俺に差し出してきた。
受け取って巾着袋に入れる。
これ以上長居してもしかたがないので、この場から離れることにした。
離れる際に老農夫の手に銀貨の入った小袋を握らせる。
村のみんなで使えと言ってその場を後にした。
ー・ー・ー・ー・ー
馬車を隠してある林に入っていく。
林の真ん中には誰にも見つからず馬車が草木に埋もれて無事だった。
ワンさんとモーギュストがカモフラージュしていた草木をどかして馬車を発車させる用意をし始めた。
俺はその様子を切り株に座り、横で見ながらある考えを頭に浮かべていた。
「どうしたのレイン、何考えているの?」
セルフィアが俺の顔を覗いてくる。
顔が近づきすぎてもう少しで触れてしまいそうだ。
「え? ああ、ちょっとね、さっきの話どう思った?」
「さっきって何?」
「爺さんの言っていた魔物の話だよ、少し興味があるんだ」
「魔物ね……、どんな奴かしらね」
セルフィアと話しているとモーギュストが近寄ってきて話に乗ってきた。
「レインさん、魔物倒しに行こうよ! レベルアップにもなるし何より強い魔物と戦ってみたいよ!」
強敵を求めるモーギュストは、目を輝かせてまだ見ぬ魔物に思いを馳せている。
「いいでやんすね、どうせ向かうは北なんでさぁ、帝国の基地を破壊しつつ魔物の出る山に行ってみやしょう」
「ワンさん話がわかるじゃないか! レインさん、そんな感じていこうよ!」
魔物と戦いたいようで、グイグイとアピールしてくる。
「わかったよ、モーギュストの意見を採用しようじゃないか、でもあくまでも帝国の弱体化が優先だからな、そのことを忘れるなよ」
「やったぁ! 早く魔物と戦いたいよ!」
身長の倍以上も飛び跳ねてモーギュストは嬉しがった。
俺も魔物に興味はあるので、内心少し嬉しかった。
「それじゃ行きやすよ」
ワンさんの掛け声と同時に馬車が動き出す。
向かうは帝国領の北、国境線を北上して、主要な基地を破壊することにした。
林から馬車が軽快に走り出していく。
遠くの麦畑では先程の老農夫が驚いた顔をして馬車を見ていた。
乗っているのがついさっきまで話していた俺達とは気が付かないだろう、でもワンさんは特徴あるからもしかしたら気がつくかな。
どちらにしても二度と会うことはないだろう。
村が少しでも暮らしが良くなることを祈りつつ、瓦礫と化した帝国の最重要砦をあとにするのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
馬車は大穀倉地帯を北へ北へと向かっていく。
一行の旅は砦を出発してから既に数日が経っていたが、その間帝国兵との大規模戦闘は全く起こらなかった。
どこかに重要な基地など無いか探してはいたものの一向に兵士の影はなく、帝国兵は全て『シャルマン要塞』攻略に当てられていたのかと、錯覚してしまうほどだった。
帝国兵と戦闘にならなくても情報収集は怠らない。
そこかしこにいる農夫達に聞き込み調査をして、帝国兵がいそうな基地を聞き出していった。
ごくたまに、小規模な帝国兵の基地を壊滅させながら北上する。
帝国兵の抵抗などないものと同じで、簡単に基地を更地に変えていった。
穀倉地帯を抜けると山道が続き道幅も狭まってくる。
片側は切り立った崖になっていて、谷底に落ちればひとたまりもなさそうだ。
(案外モーギュスト辺りなら、谷底に落ちても無傷でピンピンしているかもしれないな)
馬鹿な考えをしながら崖の反対側の窓からあたりを見回していた。
「レイン、見て! 落ちてしまいそうだわ!」
崖側の窓からセルフィアが身を乗り出して騒いでいる。
落ちてしまうと言う割には声音が嬉しそうだ。
間違いなく俺をからかってわざとやっているのだろう。
そうわかっていても、今にも落ちそうな彼女を、高所恐怖症の俺は直視できなかった。
リサの故郷に向かう車内でも同じように彼女は窓から身を乗り出していた。
その時は相手にしてしまってひどい目に合った。
今回は無視することにして、セルフィアを見ずに反対側の窓の外を頑なに見ていた。
「セルフィア! やめなさい、落ちたらどうするの!?」
相変わらずアニーは、セルフィアのいたずらにまんまと乗せられて、慌てふためいている。
リサは嬉しそうに二人の様子をうかがっていた。
いつまで経っても俺にかまってもらえないのでセルフィアは諦めたようだ。
窓から車内に戻るとぶすっとした顔で俺を見てきた。
「何よ、か弱い乙女が落ちそうになっているのに助けてくれないなんてレインは薄情だわ!」
不満顔で俺に飛びついてくる。
頭をグリグリと俺の腹に擦りつけながら膝枕の体勢になった。
「セフィーの髪は綺麗だな」
髪に手櫛を通しながら俺はつぶやく。
つぶやきを聞いたセルフィアは、ぶすっとした顔を一瞬にして満面の笑みに変えて俺に笑いかけてくる。
「レイン大好き、もっと撫でて」
機嫌を直したセルフィアは俺に甘えてきた。
「ずるいですよ、セルフィア」
「セルフィアお姉ちゃんずるい!」
アニーもリサも俺に飛びついてくる。
たちどころに女性陣にもみくちゃにされて柔らかい感触に包まれた。
馬車はどんどん山道を登っていく、目指すは農夫たちから教えてもらった山岳地帯の山城。
難攻不落の山岳要塞だった。