168.戸惑い
暗くなるまで砦の近くで隠れていた『白銀の女神』は、砦を落とすため行動を開始しようとしていた。
林の入り口に立ち砦を見渡す。
小麦畑に隣接する小高い丘の上に砦はそびえ立っていた。
まだ熟しておらず青々とした麦の穂が一面に生えていて、まるで海に浮かぶ島のように見える。
砦の形は四角形で、一辺が五十メートル以上あるだろう。
かなり大きい砦だと思う。
石壁は頑丈に作られていて、普通に攻めれば苦戦は必至だと容易に推測できた。
兵士がどのくらい駐屯しているかわからないが、城壁の上には歩哨が立ち、警備が厳重なのがここからでもよくわかる。
この砦は帝国の王国に対する防衛の要であった。
「なんか小さいお城ね……」
セルフィアが微妙な顔をして砦を眺めている。
「確かに奈落の王の城と比べると見栄えが悪いですね」
「お城ちっちゃいね」
女性陣の辛辣な感想に俺は苦笑いした。
「セルフィアの姉さん、『ミドルグ迷宮』と比べては可哀相でさぁ、あそこは規格外の魔境でやんす」
「そうだぞ、この砦だって一から作ろうと思えば大変な労力が必要なんだからな」
「まあそうね、わるかったわ」
「だからと言っては何だが、極力砦は破壊せずに落とすことにする。砦が王国のものになれば重要な拠点になるからな」
「何だつまんないわ、あたしの極大魔法で吹き飛ばしてやろうと思ったのに」
セルフィアがサラッと怖いことを言った。
ミドルグの深層階で日々戦ってきた俺たちには、人間の作った建物など簡単に破壊できるのだ。
(俺も大概化け物だが、セルフィアは別格だな、彼女を怒らせないように気をつけよう)
「でもセルフィアには魔法を使ってもらうぞ、砦の城壁を一部壊してほしいんだよ。今回はそこから乗り込もうと思っているんだ」
「わかったわ、ファイアーボールでいいわね」
「ああ、それでいいよ。ここから狙えるか?」
「やってみるわ、ここからなら落ち着いて魔力を練られるから威力も出そうね」
そう言って黒檀の杖を天にかざす。
魔力を練り始めると周りの木々がザワザワと揺れだした。
セルフィアの足元に魔法陣が現れる。
青白く光る幾何学模様の円はゆっくりと時計回りに回りだした。
「みんな、セルフィアから少し離れるんだ、彼女の邪魔をしてはいけないからな」
凄まじい集中力で魔力を練っていくセルフィア。
とうとう頭の上に補助の魔法陣まで姿を現した。
林が更にざわめき始める。
木の枝が盛大に揺れ、木の葉が舞い落ちる。
(セルフィア気合入っているな、まさか砦消し飛ばさないよな)
セルフィアの魔法は、魔法陣の数でおおよその威力がわかる。
地面と空中に一つずつ魔法陣が見えるので、かなり強力な呪文を撃つ気だと推測した。
まあ頑丈な砦の壁を吹き飛ばすには、それくらいの威力は必要だろう。
「炎の精霊たちよ、我に応えよ……」
(いよいよ呪文の詠唱が始まったな、ファイアーボールの呪文って初めて聞くような気がする)
「火球に宿りし灼熱の力で我の敵を滅ぼしたまえ……」
セルフィアの頭上に特大の火球が出現した。
その放射熱で林の木々が煙を上げ始める。
山火事になるのも時間の問題だろう。
セルフィアが閉じていた目を大きく開ける。
杖を前方に突き出し砦を指し示した。
「ファイアーボール!」
呪文を言った瞬間に、頭上で燃え盛っていた火の玉が、勢いよく夜空へ飛んでいった。
凄まじい速さで砦へと向かっていく。
辺りには火球が発する飛翔音が鳴り響く。
放物線を描きながら砦の壁にファイアーボールが着弾した。
砦の上に巨大な火球が出現した。
一瞬置いて衝撃波が林に到達する。
そして爆発音、大音響が地面を揺らした。
「ひょ~、さすが姉さん、凄い威力でさぁ」
「ひゃほ~、派手に壊れたね!」
「お姉ちゃん凄い!」
獣人達と少女が興奮して飛び上がっている。
「ちょっとやりすぎじゃありませんか?」
アニーは砦を見ながら眉をしかめていた。
「押さえたつもりだけど、おかしいわね……。威力が増しているみたい」
呪文を撃った本人も威力に驚いている。
目の前に広がる光景に俺は驚いていた。
先程まで砦のあった場所が、瓦礫に覆われた丘になってしまったのだ。
あの状況なら生存者は居ないだろう、綺麗サッパリ砦を吹き飛ばしてしまい、予定が狂ってしまった。
あれほど威力を抑えろと言ったのに、セルフィアは約束を破ったようだ。
「セルフィア? どうしてこんな事したんだ?」
「あ、あたしは手加減したわ、魔法陣だって二つしか出してないし、予定では壁が破壊できるくらいの威力のはずよ」
懸命に弁解してくるセルフィアの目は嘘を言ってはいなかった。
「まさか、強くなっているのか?」
セルフィアの言っていることが正しいのであれば、答えはそれしか考えられない。
なぜかわからないがセルフィアの呪文は大幅に強化されたようだ。
「とりあえず馬車に戻ろう、一旦落ち着いて考えるぞ」
もう辺りには帝国兵はいないはずだ、居たとしても小規模で今の俺達の敵ではないだろう。
林の中心に戻り、テーブルと椅子を出して座る。
落ち着くまでお茶を飲みながら静かに時を過ごした。
暗闇で椅子に座りながら考え事をする。
『ナイトアイズ』の呪文の効力はとっくの昔に切れていた。
俺が黙って考えている間、仲間たちは一言も喋らず黙っていた。
やっと考えがまとまり仲間たちを見据え静かに語りだした。
「まず、今回の作戦は失敗に終わった。王国の拠点にすべき砦は跡形もなく消し飛んでしまったからな」
俺が言い出すと、セルフィアは下を向いてしまった。
なんだかんだ責任感の強い娘なので落ち込んでいるようだ。
「しかし、完全に失敗というわけではない。帝国の重要拠点が無くなったという事は、帝国にかなりの打撃を与えたことは間違いないからな」
「ごめんなさい、あたしがミスしたばかりに、みんなに迷惑をかけてしまったわ……」
気落ちした小さな声でセルフィアが謝罪してくる。
「セルフィア、終わってしまったことはもうしかたがないよ、それにセルフィアに頼りすぎた俺にも責任はある、もっと慎重に事を運べばよかった」
今回の作戦は結構いい加減に立ててしまった。
どうせ見つかるなら派手に壁を破壊して乗り込んでいってやろうと思ったのだ。
『シャルマン要塞』での帝国兵の弱さも頭の中にあった。
いつの間にか強くなりすぎていた力に俺は気づいてしまった。
『ミドルグ迷宮』の深層階に比べれば、帝国なんて取るに足らない存在なのだ。
「それより俺たちの力は明らかに強くなっている気がする。みんなもそう思わないか?」
「確かに『シャルマン要塞』での戦闘の後から、妙に身体が軽い気がしやすね」
「言われてみればそうだね、鎧が軽く感じるよ」
ワンさんもモーギュストも心当たりがあるようだ。
「あたしも戸惑っているの、言われてみれば魔力の質が変わっているような気がするわ」
みんな神妙な顔をしてお互いを見合っている。
「それでしたら久しぶりにレベル確認しませんか? しばらく確認してませんよ?」
アニーが沈黙を破り提案してくる。
「そうだな、俺もそう思っていたんだ。久しぶりに能力を確認してみよう」
みんな一斉にうなずき合意してくる。
しばらくぶりになるレベル確認を急遽することになった。
みんなどれだけ強くなったのか、調べてみる価値はあるだろう。