167.帝国の砦
村娘たちは隣村で引き取ってもらえた。
彼女たちが幸せになることを俺は祈った。
「案外見つからないものだな……」
御者台に乗り込み前を見据えながら、横にいるワンさんに話しかける。
「帝国でも貴族は怖がられているんでさぁ、これだけ豪華な馬車なら貴族だと思ってもおかしくありやせん、みんな怖がって見て見ぬ振りを決め込んでいるんでさぁ」
ワンさんの言う通り、休憩している農夫たちは、俺達の顔を見ようともしなかった。
通り過ぎた後は、遠目に俺たちの馬車を見てあれこれ話しているのだろう。
しかし怪しい馬車がいると、砦へ報告へ行くようなお節介をする農夫は、ありがたいことにここにはいないようだった。
たまに『シャルマン要塞』から敗走してきた兵士が道の端に倒れているが、みんな死にそうな顔をしていて、周りに気を使う余裕はないようだった。
「ワンさん、あの林に馬車を隠そう、あそこで夜まで過ごして攻撃開始だ」
砦へはかなり近づくことが出来た。
これ以上はさすがに見つかってしまうので、手頃な雑木林の中に馬車を隠すことにした。
「わかりやした」
人の目を気にしてもしかたがないので、怪しさ満点の状態で目の前の林に馬車ごと入っていく。
横目でチラリと農夫達を見たが、彼らも俺の顔を隠れながら見ていた。
俺と目があった農夫は、慌てて目をそらし作業をし始める。
あの農夫が帝国に忠誠心があるのなら、そのうち通報されて兵士がやってくるだろう。
林の中はあまり手入れがされていなかったのも幸いして、外から完全に見えなかった。
雑多な広葉樹がいい具合に重なり合って視界を悪くしてくれている。
林の中央付近まで馬車を移動させて静かに停車させた。
この林の中の道はここで行き止まりのようだった。
目の前には古びた祠があり、お供え物が備えてあった。
(よし、運がいいぞ、来た道を見張れば挟み撃ちは受けなくても済みそうだ)
「ワンさん、『気配消失』を発動して辺りの偵察をしてきてくれ、俺達のことを通報しようとしているやつが居たら、見つからないように処理をしろ」
「わかりやした、素早くやりやす」
首を掻き切るマネをしながらワンさんが残忍に笑う。
ここは敵のど真ん中だ、兵士だろうが平民だろうが、俺たちの邪魔をするなら容赦はしない。
平民に手を出すのは残酷かも知れないが、敵国の砦近くでは甘いことはいっていられなかった。
「モーギュスト、気配を消して林の入り口で見張ってくれ、もし兵士が来たら俺とモーギュストで挟み撃ちにして始末するからな」
「オッケー、任せて」
「セルフィアたちは夜まで馬車の中で待機、特にセルフィアはよく休んで魔力を温存しておいてくれ、特大魔法を砦にお見舞いしてもらうからな」
「わかったわ、今から楽しみだわ」
セルフィアは魔力を練りに練った超広域魔法が得意なようだった。
今回も彼女には先制攻撃をしてもらおう。
砦の城壁を少しでも壊してもらえれば、その後の攻撃が楽になるからな。
女性陣は馬車の中だ、今頃仮眠をとって夜に備えているだろう。
俺は『気配探知法』を全開にして全方位をくまなく警戒した。
この頃は数キロ先の人の動きまで、何となく分かるようになっていた。
砦の門の中まで気配がよく分かる。
兵士が門を見張っているが、今の所俺たちが見つかった様子はなかった。
(我ながらどんどん化け物じみた能力になっていくな、数キロ先なんて普通目で見てもよく見えないだろう)
自分の能力が少し怖くなる。
絶対に悪用しないと心に固く誓った。
ー・ー・ー・ー・ー
辺りがだいぶ暗くなってきた。
今日は新月に近いので月明かりは林の中までは届かない。
真っ暗な林の中はうるさいほど虫の音が響き渡っていた。
結局帝国兵たちは俺たちが隠れている林に来ることはなかった。
きっとワンさんが秘密裏に処理してくれているからだろう。
馬車の扉がゆっくりと開いて、中からセルフィアたちが出てきたようだ。
俺は暗がりを手探りで馬車へ近づいていった。
「レイン、暗視魔法唱えるからこっちに来て」
「ああわかったよ、お願いするよ」
暗闇が見えるようになるのはありがたい、足元に気をつけながらセルフィアに近寄っていく。
彼女たちは既に暗視魔法を自分たちにかけているらしく、六つの淡く光る目が真っ暗な林の中に浮かんでいた。
セルフィアに接近しすぎて抱きついてしまった。
かなり暗いので彼女の目の光だけが頼りで、距離感がいまいちつかめなかったのだ。
「いくわよ、闇よ消え去れ、『ナイトアイズ』」
呪文の発動と同時に辺りが急に明るくなる。
これはセルフィアが最近覚えた無属性魔法、『ナイトアイズ』の効果だった。
暗闇を昼のように明るくする魔法で、とても使い勝手が良い魔法だ。
「ありがとう、この魔法は本当に凄いな、昼間に時間が巻き戻ったようだよ」
目の前にセルフィアの美しい顔があった。
知らない間に顔を相当接近させていたらしい。
俺は慌てて彼女から離れた。
「そうでしょう、あたしのお気に入りの魔法なのよ」
セルフィアは俺が慌てたのが楽しかったみたいだ。
嬉しそうに微笑みながら呪文を自慢してきた。
「結局帝国兵は来ませんでしたね」
林の入口を見ながらアニーが呟く。
「そうだな、きっとワンさんが頑張ってくれているんだろうな」
「ワンさん真面目だから一人も残らず消しまくっているわね」
みんなで楽しくワンさんの話題で盛り上がる。
「あっしが何でやんすか?」
いきなり隣にワンさんが現れた。
「わっ! びっくりしたな、ワンさん。それ心臓に悪いからやめてくれよ」
俺は心臓が止まるほどびっくりしてしまった。
『気配探知法』にもワンさんは引っかからずにすぐ横まで来ていたのだ。
「すいやせん、旦那たちは夜目が効かないから、大丈夫だと思ったんでやんす」
「ワンさん、今は私の暗視魔法があるのよ。みんな暗闇でも見えるわ」
「そうでやんしたね、これからは気をつけやす」
ワンさんは済まなそうに頭をかいている。
反省しているようだから、これ以上言うのはやめよう。
「みんな飯にしよう、腹ごしらえをしたら作戦開始だ」
「わかったわ、モギュ呼んでくるわ」
林の入口に向かってリサが走っていく。
一人で行かせるのは少し心配だが、俺の『気配探知法』にも敵の気配はないし、入口付近にはモーギュストも居るからまあいいだろう。
しばらく待っているとリサとモーギュストが笑いながら仲良く戻ってきた。
二人とも緊張感がなく、楽しくおしゃべりしている。
「リサ、モギュッちも早く来なさい、料理が冷めてしまうわ」
暗闇にテーブルと椅子を出して料理を並べてある。
みんな夜目が効くから明かりはいらなかった。
「わかったわ、今行くわ」
リサが慌てて駆けてくる。
素早い動きで俺の膝の上に乗っかると、俺の顔を見てにっこりと笑った。
「よし、アニーお祈りよろしく」
「わかりました」
アニーの食前の祈りを聞きながら目をつぶる。
この食事が終われば砦の攻略だ、しっかり食べて頑張るとしよう。