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17.目覚め

 十階層のボス、サラマンダーの最後の攻撃をまともに受けた俺は、腹に致命傷を受けてしまった。

 意識が遠のいていき、周りのみんなが叫んでいるのがかすかに聞こえた。

 体が寒い、凍えるようだ。


 すごく眠くなってきた。


 少し眠らせてくれ……。




 気がついたら光の中に居た。

 上下の感覚がなく、浮いているようだ。

 妙に心地良い感覚が体を包み込んでいて、前にも来たことがあるなと思った。


(またお会いしましたね、天地蓮あめつちれんさん)


 お久しぶりです女神様。


(本来ならもうここに来ることはなかったのです。受肉した魂はここへは来てはいけないことになっています)


 そうなんですか、では何故ここに来られたんですか?


(あなたの仲間たちのおかげです、寝食しんしょくを忘れてあなたの看病と女神イシリスである私に慈悲をうたためです。その悲痛な願いに私は目を背ける事が出来ず、あなたに助言を与えるために呼び寄せました)


 そうなんですか、しかしその言い方だと俺はまだ死んでいないのですか?


(そのとおりです、あなたはまだ死んでいません。というより死にません)


 話がよく分かりません、死なないとはどういうことですか?


(前回お会いした時にあなたが死なない理由を、説明をする事を省略してしまいました)


 女神様酷いです。


(前回は時間があまりなかったのです、最低限の情報をあなたに与えて速やかに魂の受肉を行ったのです)


 そうでしたねごめんなさい。


(私にも至らないところがありました、申しわけありません)


 女神様に謝られるなんて恐れ多いです。



(そろそろ本題に戻りましょう、あなたが死なない理由はスキル『健康』のためです。健康の定義を知っていますか? 病気にならないだけではありませんよ、身体的、精神的、生きる上で完全に良好な状態を全て合わせた状態を健康というのです)


 それは無敵スキルじゃありませんか?


(いえ無敵ではありません、あなたは病気にもなるしケガもします。しかし絶対に治ってしまうのです。本来治らないほどの致命傷でも時間をかければ治ります。首と体が離れて時間が経てばそれまでですが、すぐ治療して時間さえかければ完治してしまうのが『健康』なのです)


 十分チートスキルですね、そんなすごいスキルをいただけたなんて、ありがとうございます。


(他のスキルは『健康』よりもっと有用なスキルですよ。先程言った『無敵』などは言葉通り一切の災いが効かない体になるのです)


 それはもう神ですね。


(そうです、ですから『無敵』は神しか持っていません)


 そうなんですか、でも神様以外が持っていなくてよかったです。



(また脱線してしまいましたね、『健康』はあなた自身にだけ影響を与えるスキルではありませんよ。周りの幸福もあなたの精神の安定につながるので、効果は薄いですが『健康』は伝染します)


 なんか病気みたいな言い方ですね、でも仲間たちが幸福になってくれるのなら嬉しいです。


(あなたならそう言うと思っていました。そろそろ現世に戻って仲間たちを幸福にしてあげて下さい)


 はい、いつも気を使っていただいてありがとうございます。


(そうそう、一つ言い忘れていました。卵は温めていますか? 愛情をかければそれだけ早く卵はかえります。温め続けるのです)


 わかりました、戻ったらもっと熱心に温めたいと思います。


(もうここに来ないように願ってますよ、天地蓮、あなたに幸多からんことを)




 光が一段と強くなってくる、まぶしくて目を開けてられなくなった。

 俺は光の渦に飲み込まれて意識を失った。




 鳥のさえずりが聞こえる、窓が開いているようだ。

 あたりが明るいから昼間なのかな、目を開けようとするがまぶしくて薄目になってしまった。

 まぶたの隙間からあたりを見回す、ベッドに寝かされているようだ。

 肩のあたりに頭が見える、いつも見ているんだ忘れるはずがない。


 美しいプラチナブロンドの細い髪が俺の肩にかかっている。

 ベッドにうつ伏せで寝ているようだ。

 両手で俺の左手を握っていて、祈るように胸の所に引き寄せている。

 柔らかな感触とともに規則正しい鼓動が手に伝わってきた。


(アニー、俺は戻ってきたよ)


 体を起こそうかな……。

 しかし力を入れるが起き上がれない。

 眩しいから目が開けられないのではなかった、まぶたにすら力が入らず目を開けられないのだ。


(もしかして俺は寝たきりなのか?)


 一抹の不安が心によぎる、意地でも起きてやろうと体に力を入れる。

 全身がこわばって悲鳴を上げた。

 昔インフルエンザをこじらせて入院した時を思い出す。

 美人な看護師さんが看病してくれたっけ。

 今と状況が似ているな、よしもう一度頑張って起き上がってみるか。


 力を右足、左足、右手、左手とかけていく。

 ビクリともしないが諦めずに繰り返す。

 左手の感覚だけがなぜかあり、手を動かしてもっと感じたいと思った。

 微かに指先が動いたような気がする、左手の指に集中し全身全霊を込めて動かそうとした。


 ビクッ


 人差し指がかすかに動く。


(よし! うごいたぞ!)


 一度動けば感覚がつかめる、人差し指を動かし親指中指を一緒に動かした。

 ちょうどグーをしている状態の手を一生懸命にパーにしようとする。

 ゆっくりだが手が開いてきて、アニーを見た。


(気づいてくれ、おれは意識を取り戻したぞ)


 もう一度パーをグーに戻す、十分近くかかってようやくグーの形に戻った。

 肉体的にも精神的にも疲れ果てて、寝てしまおうかとまぶたを閉じかける。


 アニーの肩がビクッとなって起きたようだ。


(よし! 今だ、気づいてくれ!)


 左手を最大の力でこじ開ける。

 ゆっくりだが確実に開き、アニーが飛び起き叫び声を上げた。


「……レイン様? レイン様! セルフィア! レイン様が動かれましたよ!」


 部屋の外で何かがガシャンと落ちる音がする、誰かが勢いよくドアを開けて入ってきた。


「アニー! ほんとなの!? レインわかる!? あたしよセルフィアよ!」


(ああ、わかるよ俺は帰ってきたぞ)


 まぶたをゆっくりとまたたかせる。

 何度でも繰り返そう、そうだ左手も一緒に動かせばいいんだ。


 ゆっくり丁寧に手を動かす。


「ほらセルフィア、左手を見て! 動いているわ!」


 アニーが大粒の涙を流した。

 その横では俺の顔をセルフィアが目を見開いてみていた。


「目を開けたわ! 今目を開けたのよ、見間違えじゃないわ」


 左右からアニーとセルフィアが俺の顔にくっつくほど近づき目を見ている。

 二人の息遣いが頬にあたってこそばゆい。


(みてろよ、もう一度瞬まばたきするから)


 力を使い果たして眠りたいのを我慢してもう一度目を開ける。

 ごくわずかだがまぶたが上がって二人の顔を見ることができた。


 ゆっくりと右に眼球を動かしセルフィアを見て、左に眼球を動かしアニーを見る。

 もう一往復して力尽き眠りについた。




 次に目を覚ましたら夜だった、まぶたを少し開け周りを見渡す。

 ちょうど枕元のイスにセルフィアが座ってこちらを見ている。

 俺をずっと見ていたのか、すぐに気づき頭に手をやって撫ぜてくれる。


「起きたの? どこか痛いところはある? さすってあげるわ」


 右手の二の腕を優しくさすってくれる、腕に触れられると筋肉痛が走りくぐもったうなり声を上げてしまう。


「ごめんなさい、痛かったの? おでこなら痛くないわね」


 優しくおでこを撫でてくれる、心地よくてまた眠りたくなった。


「おやすみレイン、ずっと一晩中ここに居てあげるからさみしくないわ」


 まぶたが静かに閉じていく、また深い眠りに落ちた。




 何度目の朝だろう、身体が一向に動くようにならない、焦りを覚え無理に動かそうとする。

 喉から獣のような唸り声しか出ず、左手の指だけがゆっくりと動くだけだ。


(神様! 話が違います。気が狂ってしまいますよ、助けてください!)


 心で絶叫し、顔が赤くなる。


「どうしたんですかレイン様、私はここに居ますよ」


 俺の左手を両手で持ち上げ胸で包み込む、柔らかい感触が左手を包むが、手を持ち上げられて激痛が走り涙が出てしまった。


「うぅぅぅ、うぅ……」


 喉が獣のような声を発して手を離せと要求する。


(痛いんだよ! 離してくれ! 離せ、離して下さいお願いします……)


 俺の目から大粒の涙がとめどなくこぼれ落ち、アニーが慌てて布でぬぐった。


「ごめんなさい、痛かったんですね、ゆるしてください」


 うっすらと目に涙をため謝罪をしながら俺を気づかってくれた。


(ごめんよ、そんなつもりじゃないんだ、アニーを泣かせてしまった、ごめんなさい……)



 ー・ー・ー・ー・ー



 月日が流れ秋になり冬が訪れた、俺は目をきちんと開けられるようになり、左腕だけだが持ち上げられるようになった。


(この頃ワンさんの姿を見ないな、どうしたんだろう)


 夏の終わり頃までは意識が戻るといつも居て、しきりに冗談を言っていたっけ、だんだん居ない日が多くなってすっかり来なくなってしまった。

 俺がこんなだから愛想付かせて違うパーティーに行ってしまったのだろうか。


 ワンさんが離脱、そう考えても不思議と怒りは湧いてこなかった。

 ただ無性に逢いたくてたまには顔を見せてくれと思った。




 冬が過ぎそして春が訪れた、俺のからだもだいぶよくなって、戦線復帰の時も近付いていた。

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