166.達者で暮らせ
保護した娘たちを隣村まで送って行った。
ひときわ大きな家の前で馬車は停止する。
御者台から降りた俺は村長に促され家の中へ入って行った。
入る前にセルフィアたちに娘たちを世話してくれるように頼んだ。
快く引き受けてくれたセルフィアとアニーは、娘たちを馬車から降ろすと一人ひとりに声を掛け気遣いしていた。
村長の話によれば彼女たちは村の集会場に一旦連れて行かれるようだ。
モーギュストが一緒について行ってくれるので、何かあっても対処はできるだろう。
俺とワンさん、そしてなぜかリサが一緒に家の中へ入っていく。
不安そうな顔をしているリサは俺の手を離そうとせず、ベッタリとくっついていた。
「リサ、大丈夫、危険はないよ。村人は皆いい人だからね」
「うん……、わかったわ」
ゆっくりと離れたリサは、それでも手をつないだままで決して離そうとはしなかった。
「こちらでお待ち下さい、今お茶をお持ちしますから」
応接間のソファーを進められ三人で座る。
しばらく待っていると、村長と若い娘が扉から現れた。
俺の前に村長が座る。
若い娘は村長の子供だろうか、お茶をテーブルに置くとお辞儀をしてそそくさと出ていった。
「あなた様は貴族様でしょうか、今は戦争中のためご無礼を働いたことをお詫びします」
村長は深々と頭を下げた。
「この御方は王国貴族レイン・アメツチ男爵様である。訳あって帝国兵を追っている。無礼を働かないように気をつけよ」
ワンさんがよそ行きの言葉遣いで村長に説明する。
「はは~、仰せのままにいたします」
村長はソファーから床に移動して頭を床に擦り付けた。
「そのような状態では話しづらいから元にもどれ」
「はい! わかりました!」
俺の命令に村長は飛び起きソファーに戻った。
「この村に来た目的は、生き残りの村娘を引き取ってもらうためだ。この周辺には村はここだけなのでぜひ引き取ってもらいたい」
「はい、そう言うことでしたら問題はありません。村は若い娘が不足していますのでかえって助かります」
「娘たちは帝国兵に乱暴を受けた、その事を村長だけには言っておく、あとのことは任せたぞ」
巾着袋から金貨がぎっしりと入った小袋を出し村長に握らせる。
その重さから莫大な金額なのを察した村長が慌てて頭をテーブルに擦りつけた。
「娘たちを大事に扱うように、その金は俺から村長への気持ちだと思ってくれ。くれぐれも人買いなどに売り飛ばしてはならないぞ、いつかまたここへ来たときは必ず確認するからな」
「わ、わかりました! 決してそのようなことはいたしません、大事に扱い村の若者と一緒にさせます」
(よし、このくらい言っておけば娘たちも邪険にされないだろう、せめて娘たちには幸せになってほしいからな)
その後軽く情報を聞き出した俺達は村を後にすることにした。
村の集会所の前で娘たちと別れる。
「辛いとは思うが死んだ者達のためにも強く生きろよ、お前たちの村の敵、帝国は俺たちが必ず滅ぼす。なかなか出来ないだろうが全て忘れて幸せに暮らせ」
「ありがとうございます、この御恩は一生忘れません」
「ありがとうございます、貴族様も旅の道中お気をつけて下さい」
娘たちは泣きながらお礼を言ってきた。
まだ口がきけない娘や、意識は有るが焦点の定まっていない娘もいる。
時が癒してくれるのを願うしか無いが、俺に出来るのはここまでだった。
馬車に乗り込み扉を閉める。
「よし、ワンさん行ってくれ。皆の者達者で暮らせ」
車窓から外の娘たちに別れを告げる。
馬車はゆっくりと走り出し入口を抜けていく。
娘たちはいつまでも手を振って見送っていた。
馬車の向かう方向は東の帝国領、目的地は国境線を超えてすぐにある帝国の砦だ。
どのようなところかわからないが、一筋縄ではいかないだろう。
砦を六人と一匹で攻め落とす。
笑い話にもならない大業に俺たちは今から挑戦するのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
ヘスナ村を出て数日後、馬車は国境を抜け帝国領へ入っていた。
その間に帝国兵を見かければ容赦なく殺害して、周辺の治安を少しでも回復させていた。
国境へ近づくにつれて帝国兵の数はめっきりと減って、今日に限ってはまだ一名も発見していなかった。
このへんは大穀倉地帯なので、車窓からは青々とした麦の穂が風に揺られているのがよく見えた。
地平線の彼方に目指す帝国の砦が見えてくる。
穀倉地帯のど真ん中、小高い丘の上に高くそびえる城壁が見えてきた。
「ワンさん、一旦止まってくれ、これからのことを話しておきたい」
「わかりやした」
小窓から指示を出すとワンさんは岩の陰に馬車を止めた。
まだ砦まではだいぶ距離がある。
帝国兵の姿も見えないので安心だろう。
「とうとう帝国まで来たのね、実感がわかないわ……」
「私達が帝国へ来るなんて思っても見ませんでした」
馬車を降りると二人の美女が並んで砦を眺め始めた。
二人の髪が風に吹かれてとても綺麗だ。
俺は馬車からリサを降ろすために抱っこして、仲間たちのもとへ近づいていった。
リサはしっかりと俺の首にしがみついている。
この頃のリサのお気に入りの場所は俺の腕の中だった。
にこにこ顔のリサを横目で見ながら遠くにそびえる砦を見た。
この時代の平民の暮らしは単純なものだ。
旅をするなんてもってのほかで、生まれた村や町から一生出ない人だって珍しくない。
現代日本と違って道は整備されていなく、街灯なんてものは無い、標識もなければ一切の交通手段がないのだ。
それでも旅をしたければ覚悟しなければならない。
追い剥ぎや盗賊、野生生物、そんな物が出るのは当たり前で、一番の脅威はなんと言っても魔物だ。
狼の魔物、熊の魔物、下手をすると空からグリフォンなどの凶悪な魔物が襲ってくるのだ。
考えて見て欲しい、深い森を通るときは行き倒れた屍が、ゾンビとなって蘇り襲ってきたらどうするのか。
そこが戦場だった場合は、スケルトンウォーリアーや、屍鬼が出てくるかもしれない。
運が悪かった場合は物理攻撃が全く効かないレイスや、実態すらないファントムまで出てくる。
力のない平民は、とてもじゃないが旅なんて出来ないのだ。
そんな中どうしても旅をするという無謀な者は、まず馬車を買うことだ。
徒歩の何十倍も安全に旅ができる。
更に冒険者を雇うことはもっといい、彼らに危険を排除してもらえればかなり安全な旅になることだろう。
そんな大変な思いをして旅をするのは商人ぐらいなもので、その商人でも敵対している国へはめったに行くことはなかった。
冒険者たちも旅をすることはあるが、それほど頻繁に移動するわけではない。
稼げる場所にとどまって、そこで引退するまで動かない冒険者がほとんどだった。
セルフィアたちもミドルグで一旗揚げて王都へ来ることが夢だった。
まさか自分たちが帝国兵を追って帝国へ乗り込むなんて、思ってもいなかったことだったのだ。
ちょうど良い小岩があったのでみんなでそこに座る。
まずは腹ごしらえだ。
軽い食べ物を巾着袋から取り出すとみんなに配っていく。
串焼き肉やお好み焼き風パンなど、手軽に食べられるもので腹を満たす。
最後に温かいお茶を配って食休みをしながら、これからの方針を俺は静かに話していった。
「みんな聞いてくれ、これからあそこに見える砦を攻撃する。そこから俺たちは追う立場から追われる立場になる。いつまで続くかわからないが辛い旅になるだろう。ここまで来てしまったんだからもう何も言わない、生きてミドルグに帰るため全力で帝国を潰そう」
みんなが力強くうなずく。
「それからいつ帝国の勇者が現れるかもわからない、現れたら戦いになる可能性が高い、その事を頭に入れといてくれ」
馬車に乗り込むとゆっくりとした速度で砦に続く道をたどっていった。
王国とアメツチ家の旗はとっくに馬車から外してある。
車体の紋章も削って取り去っていた。
豪華な馬車が紋章も付けず走っていれば、否が応でも目立ってしまう。
しかし馬車を隠して徒歩で近寄るのは、帝国兵に見つかり逃げるときに都合が悪かった。
いくら『身体強化』で疲れ知らずの体でも、走って逃げることはいつまでもは出来ない。
あの砦には騎兵隊が必ずいるだろう。
いつまでも隠れながら逃げることなど不可能なことだった。
見つかったそのときは思いっきり暴れてやろう。
俺はある意味開き直って馬車で砦へ近づくことに決めるのだった。