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165.生存者

 帝国の敗走兵によって一つの村が全滅した。

 帝国兵の残虐非道な行いに、心の底から強い怒りが湧いてきた。




 どのくらいの時間が経ったのだろう、村を襲った帝国兵は全て排除した。

 生きているのは情報を聞き出すために生かしている隊長格の兵士一人だけだった。


「セルフィア、村人は何人救出できた?」


「あまり助けられなかったわ……、今の所五人だけよ」


「そうか……、一体何人の村人が死んだんだ……」


 もう村の体を成していない廃墟を見渡す。

 家屋は全て焼け落ち倒壊していて、村を囲む丸太の塀は今も勢いよく燃えている。

 広場の中央にはおびただしい村人の死体が山のように積まれていて、一部は燃えて炭化していた。

 村で唯一の井戸には複数の子供の死体が浮いている。

 兵士が投げ入れたのか、それとも兵士から隠そうとして子供の親が投げ入れたのか。

 いずれにしても既に物言わぬむくろになっていた。



「思ったより状況は厳しいでやんすね……」


 鮮血に全身を染めたワンさんが寂しそうに言ってくる。

 体中に帝国兵の返り血を浴びたワンさんは、村を襲った兵士を出来る限り痛めつけて殺害してくれたようだ。


「まだ一人残っている、やつから情報をできるだけ聞き出してくれ」


「わかりやした、きっちり吐かせやす」


 怒りに満ちた眼差しで縄で縛られ転がされている帝国兵を見る。

 睨まれた兵士は絶望の表情をして、芋虫のように体を動かし逃げようとした。


「逃げられないでやんすよ!」


 ワンさんのブーツのつま先が兵士のみぞおちにめり込む。

 兵士は血の混じったゲロを吐きながら、低い唸り声をあげた。


 ワンさんに髪の毛を引っ張られて連れて行かれる兵士を見ながら、今後の方針を考える。

 この周辺にもう一つ村があったはずだ。

 兵士の逃げ道からは少し外れているので、襲われている確率は低いだろう。

 しかしゼロではないので、確認しに行かなくてはならないな。


 そしてここから東へさらに行けば帝国領になる。

 確かそこに砦が有ると将軍は言っていたな。

 敗走した兵士たちはまず間違いなくその砦に逃げ込むはずだ。

 次の攻撃目標はそこに決まりだな。


 まず隣村の安全を確認してから東へ行き砦を落とす。

 その後は帝国領での破壊活動だ。

 当面の行動は決まった。

 今後の予定を知らせるため、俺は仲間たちを探して廃墟と化した村の中を歩いていった。



ー・ー・ー・ー・ー



「さあ、もう大丈夫ですよ。これを着てください」


 広場のすみでアニーたちが村の生存者たちを介抱していた。

 五人全員が女性で、まだ成人していない若い娘だった。

 すでに怪我などはアニーの回復魔法で治したようだ。

 今は裸にされて乱暴を受けていた娘たちに服を着せているようだった。



「レイン様、お疲れさまです。彼女たちが村の生存者です」


 アニーが俺に村人を紹介した。


「そうか、つらい思いをしたな、村のかたきは俺たちがきっちり取ったからな。とりあえず座って温かい食べ物を食べてくれ」


 俺は娘たちに一声かけると、巾着袋からテーブルと椅子を出し、その場に設置し始める。

 それを見た娘たちは少し驚いたようで目を見開いていた。

 テーブルの上に出来たての料理を出していく、娘たちを椅子に座らせると食べるように促した。

 最初は驚いて固まっていた娘たちも、少しずつ落ち着きを取り戻して飲み物に手を出し始めた。

 更に料理を食べ始めると、その美味しさに目を見開き驚いた。

 先を争うようにして料理を食べ進む娘たち。

 俺はおかわりをどんどん出して、彼女たちが満足するまで食べさせた。



 一息ついた娘たちがお礼を言ってくる。

 ひどい目にあったので元気はないが、彼女たちには強く生きてほしいと思う。

 近くの村へ送るというと涙を流しながらお礼を言ってきた。



ー・ー・ー・ー・ー



「旦那、兵士の方は片付きやした」


 村の広場に穴を掘っているとワンさんが近づいてきた。

 情報を聞き出し、文字通り片付けて来たのだろう。


「どうやって片付けたんだ?」


「生きたまま埋めてやりやしたよ、やつが村人へしたやり方でやんす」


「そうか、自業自得だな、それで何かわかったか?」


「帝国兵は国境の砦に逃げ込んでいるそうでさぁ、ここを襲った奴らも砦へ向かう予定だったようでやんす」


「やはりそうか、俺もそうだと思っていたんだ。次の目標はその砦だな、砦を落としたら帝国領で暴れまわるぞ」


「わかりやした、腕が鳴りやすね」


「あ、その前に近くの村へ娘たちを連れて行くからな。ここへ置き去りにするわけにはいかないからね」


「そうでやんすね、了解でやんす」



 その後はワンさんと俺で墓穴を掘り、村人の死体を埋葬した。

 モーギュストは周辺の警戒を一人でやってくれていた。

 全ての村人を埋葬し終わる頃には辺りが夕焼けに染まっていた。

 今から移動は厳しいので、村の周辺の丘の上に野営をして一夜を過ごすことにした。


 テントを四張り設置して、かまどやテーブル、椅子を設置する。

 まだ帝国兵が辺りをうろついている可能性があるので、代わる代わる見張りに立ちながら食事をとった。

 娘たちをテントで寝かしつけ、夜中じゅう見張りを立てる。

 幸いなことに帝国兵の襲撃は無く次の朝がやってきた。



 馬車に娘たちを乗り込ませる。

 娘五人とセルフィアたち三人、合計八人が乗ると、かなり狭くてとても俺は乗り込めなくなった。

 ドラムは馬車の屋根に乗って昼寝を決め込むようだ。

 しかたがないので御者台に乗り込む。

 出発間際になってリサが車内から飛び出てきて、俺とワンさんの間に座ってしまった。

 ニコニコしているリサの頭を撫ぜてから、ワンさんに馬車を出してもらう。

 目指すはここから北に位置するもう一つの村。


(帝国兵や野党に襲われていなければいいが……)


 祈りながら馬車は北を目指すのだった。




 太陽が空高く昇った頃、はるか前方に森が見えてきた。

 俺の記憶が確かならばあの森には小規模な村があるはずだ。

 鬱蒼うっそうとした森に囲まれているので目立ちにくい。

 煙などは上がっていなくて、目立った被害を受けていないのは遠くから見てもよくわかった。


「よかった、あの村は襲われなかったみたいだな」


「そうみたいでやんすね、これで安心でさぁ」


『シャルマン要塞』での戦闘から一週間ほど経過している。

 もう周辺にはまとまった帝国兵はいないだろう。

 少人数ならまだいるかも知れないが、村を襲えるほど体力も物資も残っているとは思えなかった。


 近づいていくと俺たちの馬車を見つけた村の見張りが、槍を大きく振って合図してくる。


「止まれと言ってやすよ」


「そうか、じゃあ止まってくれ」


 ワンさんが手綱をゆっくり引くと馬車は静かに停止した。

 村の中から男達がたくさん出てくる。

 手には様々な武器が握られており、村の防御力は高そうだった。


 少し待っていると数人の若者が武器を片手に近寄ってきた。


「何のようですか? 戦争中なんで村に入れられませんよ」


 馬車の豪華さから貴族のものだとわかった上での入村拒否だ。

 それだけ警戒心が強いということなので、かえって感心してしまう。

 この時代貴族に逆らうことは死罪なのだ。



「村に入るつもりはない、南の村が帝国兵に滅ぼされた。その生き残りの娘たちを引き取ってもらいたい」


 俺の言葉に若者たちが驚き動揺する。


「え! ホタン村が襲われたんですか!? 村人はどうしたんですか!?」


「あの村はホタン村と言うのか、村人は後ろの車内に乗っている娘たち五人を残して全滅だ。帝国兵はもうこの辺にはいない。娘たちを引き取ってくれ」


「ちょ、ちょっと待っていて下さい! 村長を呼んできます!」


 若者の一人が慌てて村へ帰っていく、その間にも残った若者たちは青い顔をして話し合っていた。




 しばらくすると中年のローブ姿の男が早足で近づいてきた。

 先程呼びに行った若者も一緒にこちらに来ている。

 村長と思しきローブの男は、俺達に向かって深くお辞儀をした。


「ようこそ、ヘスナ村へおいでくださいました。村の者がご無礼を働いたようで誠にすみません、どうか村へお入り下さい。私の家でお話をお聞かせ願いませんでしょうか」


「そうだな、では邪魔しようか」


 立ち話も何なので村長に甘えることにする。

 ゆっくりと馬車を進め村に入っていった。


 村の入口に集まっている村人は皆不安そうな顔をしている。

 隣村の惨状をさっきの若者から伝え聞いたのかもしれない。





 ひときわ大きな家の前に馬車を停車した。

 ここが村長の家に違いない。

 御者台から降りた俺は村長に導かれて家の中へ入って行った。

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