表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/280

163.もう関わりたくない!

 今後の方針は決まった。

 後はどうやって帝国に攻め入るかだ。




 翌日、俺は今後のことを相談するため、中年の上級騎士を通して将軍に面会を求めた。

 一軍の将軍ともなれば大変忙しい身だ、なかなか面会してもらえないかと思っていたら、二つ返事で面会がかなってしまった。

 それも俺の都合に合わせるという破格の待遇だ、中年騎士は俺の機嫌が悪くならないように細心の注意を払っていた。




「将軍、勇者様をお連れしました」


 ドアの前で中年騎士が声を張り上げる。


「すぐお通ししろ!」


 中から威勢のいい将軍の声が響いてくる。

 将軍は普段から声が大きいらしい、本人も知らないうちに大声で周囲を威嚇いかくしてしまう人っているよね。



 中年騎士がドアを開けうやうやしく中へいざなう。

 将軍は入り口まで俺を迎えて挨拶してきた。


「勇者様、おはようございます。疲れは取れましたか? 今お茶を持ってこさせます」


 将軍は腰を低くして俺を奥へ導き、ソファーの上座へ座るように言った。

 将軍の低姿勢に少々居心地が悪いがあえて何も言わなかった。

 どうせ今日、明日には要塞を出て行くのだ、それまでの辛抱なので我慢することにしよう。


「おはようございます将軍、今日は今後のことについて将軍に聞きたいことがありまして面会を求めました」


「おお、そうですか、何なりとお聞き下さい。私にわかることであればどんなことでもお答えしますよ」


「そうですか、それなら話は早いです。実は近いうちにここを出立して帝国へ侵攻しようと思っているのです。昨日言ったように私達の目的は帝国の勇者の討伐です。奴を追い詰めなければならないのです」


「なんと! 素晴らしいことです! このハンス感服いたしました。して、どのような事をお知りになりたいのですか?」


「そうですね……、まず、帝国の重要拠点を全て教えて下さい。そして帝国のことを詳しく知りたいです。私達は書物でしか帝国のことを知りません。生きた情報がほしいのです」


「わかりました。ではまず地図で主要な都市や軍事拠点を見てみましょう」


 将軍は大きな軍事用の地図を中年騎士に持ってこさせる。

 それをテーブルの上に広げ、帝国の主だった都市と、重要な軍事拠点を一つ一つ丁寧に解説していった。

 更に帝国の歴史書を取り出すと、勃興ぼっこうから現在までの帝国の歴史を事細かに教えてくれた。

 かなりの時間を割いて、俺の勉強の教師役を買って出てくれた将軍は、俺に教えるのがとても嬉しそうだった。


(俺が言い出したことだが、こんなに時間をかけて教えてくれて、将軍の仕事は大丈夫なのだろうか?)


 他人事ながら心配してしまう。

 俺の心配をよそに将軍の講義は延々と続くのだった。



 お昼近くになってすべての情報を聞き終えた。

 将軍は満足そうにうなずいて、講義の終了を宣言した。

 丁寧にお礼を言って将軍の執務室を退出する。

 考えをまとめるために螺旋階段で塔のてっぺんに登った。



 塔のてっぺんには見張りの兵が二人いて、それぞれ違う方向を監視していた。

 俺が現れたのを見た二人の兵士は、大慌てで整列し敬礼をしてくる。


「ちょっと邪魔するぞ、少し考え事をしたいのだ。職務に戻っていいぞ」


 直立不動の兵士たちを持ち場に戻す。

 慌てて元いた場所に戻った兵士たちは、緊張しながら見張りを続けた。


 眼下にはシャルマン台地が広がっている。

 無数の兵士たちの屍がいまだ埋葬されずに野ざらしになっていた。

 よくよく見ると死体のそばで動くものが見えた。

 更に観察するとそれは屍鬼グールで、帝国兵の死肉を頬張っているようだった。

 他の場所ではオオカミたちも食事中だ。

 人間死んでしまったらただの肉塊に過ぎないのだ。




 考えを切り替えて先程教えてもらった帝国の話を思い出した。

 将軍の説明を要約するとこういうことらしい。



『シャルマン要塞』から東に『ゼブナント帝国』が実効支配している王国の領地が広がっている。

 帝国と王国の境目には大穀倉地帯が広がっており。

 その更に東の奥、大きな川のほとりに帝国の首都、バビロニアがある。


『ゼブナント帝国』の始まりは、『オルレランド王国』とさして変わらない。

 もともとこの両国は一つの国だった。

 国王を頂点とした『オルレランド王国』から分離独立した『ゼブナント帝国』、それが国の始まりだったのだ。

 帝国の首都、バビロニアの人口は約二十五万人。

 王国の首都オルレニアの人口二十万人よりも更に多く、周辺地域では一番賑わっている都市だ。



 今帝国を統治しているのはマキシム・マクシメンコ皇帝、『ゼブナント帝国』の老獪ろうかいな皇帝だ。

 王国の政変のすきを突き、王国へ侵攻した張本人で、国王ベルンハルト三世が一番憎んでいる不倶戴天ふぐたいてんの敵なのだ。

 しかし、俺たちにとってはどうでもいい話で、皇帝など放って置いて帝国勇者を倒すことだけが目的だった。


 では、どうすれば勇者が俺達の前に現れるのか、それはわかりきったことだった。

 帝国を攻め立てればいいのだ。

 重要拠点をどんどん潰していき、帝国の領土を小さくする。

 そうすれば奴も俺たちと戦わなくてはならなくなるだろう。

 この際、帝国勇者との戦力差は考えないことにしよう。

 俺たちが強くなるのが先か、勇者が現れるのが先か、誰もわからない戦いに身を投じる事になりそうだった。




「邪魔をしたな」


 見張りの兵士たちにひと声かけて螺旋階段を降りていく。

 部屋に戻って今度は俺が仲間たちに帝国のことを語ることにしよう。



ー・ー・ー・ー・ー



「どうしても行くのですか? せめてあと数日この地に留まってくれませんか?」


『シャルマン要塞』の正門、黒塗りの馬車の前でヒックス将軍から旅立ちを引き止められていた。

 帝国兵を退かせてから三日目、帝国方面へ向かう朝のことだ。


「帝国兵を壊滅させてすぐに、勇者様のご活躍を王都へ知らせる早馬を遣わせたのです。今頃こちらに国王陛下の使者が向かっておることでしょう。使者とお会いになってから出立してもいいのではないでしょうか?」


 何度も同じことを今朝から言われていた。

 俺たちの活躍が国王陛下の耳に入れば、きっと使者をよこしてくるだろう。

 使者がどんな勅命ちょくめいを携えて来るかわからないが、どうせろくでもないことに違いない。

 俺はなるべく国王陛下と関わることを避けようと思っていた。



「いえ、もう決めたことです。使者の方にはよろしく言っておいて下さい。王国の危機を打開するためゆっくりとはしていられないのです」


 既に仲間たちは馬車に乗り込んでいる。

 後は俺の挨拶が終わるのを待つだけだった。


「し、しかしそれでは私の立場がありません。勇者様を引き止めておかなければ私は叱責しっせきされてしまいます!」


 しつこい将軍はなおも食い下がってくる。

 だんだん大きな声になってきてうるさくてしかたがなかった。


(あんたの事情なんて知らねえよ! 俺は国王陛下から逃げるんだ。邪魔するなよ!)


 心の中で将軍に悪態をつくが、顔には出さない。


「時間がありませんからこれで失礼しますよ。次に会う時は帝国を滅ぼしたときです。では、さらば!」


 強引に馬車に乗り込む、扉が閉まる瞬間に将軍の嘆願の悲鳴が聞こえてきたが構わず閉めた。


「ワンさん早く出して! もうこんな所にいたくない!」


 心からの叫びをワンさんに伝える。

 俺は息の詰まる要塞を一刻も早く出たかったのだ。


 すぐさまワンさんの馬車を出発させる声が聞こえてきた。

 馬車は速度をどんどん上げながら要塞の中庭を突き進む。

 


 兵士たちが将軍の命令で、俺を止めようと行く手をはばむが、ワンさんはもう止まらない。

 俺の命令に忠実なワンさんは、兵士たちをき殺してでも馬車を止める気はなさそうだった。

 開門されていた門がゆっくりと閉まり始めた。

 俺たちを要塞の外へ出すまいと兵士たちが一生懸命に門を押し閉めている。

 馬車はさらに加速して門へ突っ込んでいく。

 後少しで門に挟まれるところでするりとかわして外へ出た。

 要塞の外へ出てしまえばこちらのものだ。

 兵士たちは暴走馬車になすすべもなく、俺たちを見送るしか無かった。





『シャルマン要塞』が後ろにどんどん小さくなっていく。

 進むは東、帝国兵が跋扈ばっこする元王国領、犯罪がはびこる修羅の地だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ