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161.異界の魔獣3

 大猿の攻撃は一撃必殺だ。

 俺たちではとても受けきれない攻撃を、モーギュストは一身に受け止めていた。




 ドッカン、ドッカン、ドッカン、ドッカン。



 一撃ごとに台地が揺れる。

 シャルマン要塞の城壁でさえ一撃で破壊してしまいそうな威力の攻撃を、モーギュストは耐え抜いていた。



 俺は焦りを覚えていた。

 大猿の周りを『縮地』で飛び回りながら奴の弱点を探っていたのだ。

 結論を言うと弱点は見当たらなかった。


 モーギュストの短槍を跳ね返す超硬質な体毛、セルフィアのインフェルノでさえ傷一つ付かなかった体表。

 このままではいつかモーギュストは力尽き、俺達は全滅するだろう。

 どうにか奴の弱点を発見して、早急に決着を付けなければならなかった。


 ワンさんが大猿を挟んで俺の反対側で攻めあぐねていた。

 彼の魔法の双短剣は切れ味が抜群だが、いかんせん攻撃範囲が短い。

 下手に大猿に近づきすぎると、鋭く尖った体毛に突き刺されてしまう危険性があった。


(このままではらちが明かないな、とりあえず強力な一撃を加えてみるか)


 俺は攻撃を決断して刀身に魔力を注ぎ込んでいった。

 愛刀は魔力をどんどん吸収していく、青白く輝き出した刀身は限りなく鋭く研ぎ澄まされた。

『身体強化』を最大まで高めていく、生半可な腕力では硬い体毛に刀を弾かれてしまう危険性があった。

 更に剛力の小手に魔力を流す、ギルド長が現役の頃に愛用していた腕力強化の武具、それを俺は受け継いでいた。


 体がはちきれそうなほど力がみなぎっている。

 筋肉の繊維一本一本が最大限に肥大して、爆発的な力がこの身に備わった。

 万力のような握力で刀のつかを握り込む。

 狙うは大猿の左の腕の付け根、三本有る腕を二本に減らしてしまおうと思った。



「『縮地』!」


 未だにモーギュストを殴り続けている大猿めがけて急速接近する。

 肩口だけに集中して最大の力でスキルを発動した。




「『剛力解放』! 『兜割り』!」




 瞬間的に腕力を強化する『剛力解放』、そのスキルを発動し、ありえない程の力を体に蓄える。

 大きく振りかぶり大猿の肩口めがけて刀身を振り下ろす。

 音速の数倍の速さで振り下ろされた刀身は。空気を切り裂き爆音を響かせる。

 超高速の刀身が大猿の肩口を通過した。

 そのまま『縮地』で大猿の横を駆け抜けた。


 横目には大猿の左腕がゆっくりと体から離れて地面に落ちていくのが見えた。



「やったでやんす! 旦那の攻撃が効きやした!」


 ワンさんが喜んでいる。

 それを見ながら更に攻撃をしようと俺は腰を深く落とした。


「ギャァァァァギャッ」


 大猿が叫びながら大きく後退する。


 手応えはあった。

 この調子で攻撃をし続ければさしもの大猿も息絶えるであろう。

 更に刀に魔力を注ぎ込み切れ味を高めていく。

 この素晴らしい名刀は、魔力を際限なく吸収していく。

 誰が作ったのか今となってはわからないが、間違いなく言えることは伝説級の名匠だということだった。


(お次は右腕を貰い受けるか、大猿には達磨だるまになってもらおう)


 大猿は左腕をかばって後ずさりをしている。

 今なら一方的に攻撃できるだろう。


「だ、旦那、たいへんでさぁ! 大猿の左腕の付け根が泡立ち始めやした!」


 ワンさんの報告に戦慄が走る。

 大猿を見るとたしかに異変が現れていた。


 俺が『兜割り』で切断した腕の断面、そこが泡立ち急速に回復していく。

 もう既に新しい腕が少し断面から顔を出していた。



『超回復』、先日『名もなき迷宮』で戦ったトロルが持っていたスキル。

 その凄まじい回復スキルが、あろうことか大猿には備わっているようだった。


「なんてことだ! これは不味まずすぎるぞ!」


 絶望で目の前が暗くなる。

 これで直接攻撃はほぼ完封されてしまった。


 左腕を切り取られた大猿は傷口をかばいながら辺りを駆け回る。

 明らかに腕が生え変わる時間稼ぎをしていた。





「ファイアーボール!」


 セルフィアの呪文を聞き、彼女を振り返り見た。

 彼女の足元には巨大な魔法陣が浮かび上がっている。

 更に周囲の空間にも補助魔法陣が多数浮かび上がっていた。


 十二分じゅうにぶんに魔力が練られた超特大の火球、紅蓮に燃え上がる小型の太陽がゆっくりと大猿めがけて動き出した。

 大猿は俺達から百メートル以上逃げている。

 どんくさいやつだと思っていたが、逃げ足だけは早いようだ。


 大猿は自分の不利を悟り、この場から逃れることを選択したようだ。

 向かう先は自らが出てきた黒い大渦。

 三本の腕でこじ開けた渦はまだ消滅はして無くて、どこか違う空間とつながっていた。

 火球が到達する前に大猿は渦へ逃げてしまう、誰もがそう思った時、もうひとりの魔法使いリサが高らかに声を上げた。


「精霊たちお願い! あの大猿を捕まえて!」


 リサが精霊たちと交信をして両手を前に突き出した。

 逃げる大猿の足元が一気に隆起して岩石が足を絡め取る。

 それは土属性の精霊ノームの仕業で、足元の岩石を使って大猿を身動きできないように押さえつけた。


「リサ! よくやった!」


 俺は思わず大声を上げた。

 リサは真剣な顔で前を見据え、精霊たちとまだ交信をしていた。 



 大渦の一歩手前でリサの機転により捕まえられた大猿がもがいている。

 そこに向かってセルフィアのファイアーボールがどんどん加速していく、そして超高速へ加速しきった瞬間、大猿に直撃をした。


 辺りが閃光に包まれる。

 次の瞬間、衝撃波が俺を吹き飛ばした。

 更に襲いかかる大爆発音、シャルマンの大地は巨大な地震に見舞われた。


 大猿を中心に大火球が出現する。

 それはまるで核の炎、もくもくと膨れ上がる炎の玉は容赦のない放射熱を俺たちに浴びせかけた。


 本来なら俺やワンさんは熱線を浴びて大火傷を負うところだ。

 しかし『縮地』を駆使して素早くモーギュストの壁盾の陰に隠れて事なきを得ていた。




 大猿を焼き尽くした火球は上空へと登っていく。

 空気が揺らぎ大猿の焼け焦げた姿がゆらゆらと揺れていた。


「回復の時間は与えないわ、あたしをなめないでよね!」


 セルフィアが叫び大猿を睨む、その視線の先では黒焦げになって瀕死の大猿の姿が見受けられた。

 全身やけどで皮膚が露出して体毛は焼失している。

 体表はべろりとけていてピンク色の真皮しんぴが見て取れた。


 肝心の左腕の切り口は炎に焼かれて炭化しており、回復の兆しは見られなかった。

『白銀の女神』の強力砲台、セルフィアの攻撃力は伊達ではなかった。 



「凄いでやんす! さすがあねさんでさぁ!」


 大猿の様子を見たワンさんがはしゃいでいる。


「凄い威力だね! 盾がまだ熱いよ!」


 嬉しそうにモーギュストがアダマンタイトの壁盾を触っている。

 彼の壁盾はファイアーボールの放射熱を余裕で耐えていた。



「セルフィア、リサよくやった! みんなまだ油断するな! 更に追撃に入るぞ!」


 俺は黒焦げでうずくまっている大猿めがけて走り寄っていった。

 ワンさんとモーギュストもあとに続いている。


 後ろではセルフィアがさらなる呪文の構築に取り掛かっていた。



ー・ー・ー・ー・ー



 数十分後、グズグズに崩れ落ちた炭の小山が目の前に現れた。

 小山の正体はもちろん大猿だ。

 鋭く硬い体毛を失った大猿を、俺たちアタッカー組が膾切なますぎりにして、セルフィアやドラムが炎で焼いたのだ。


『超回復』を持つ大猿も弱点さえわかれば対処の仕様がある。

 切るだけでは回復してしまうが、傷口を焼くことで再生できず、倒すのが可能だった。


 どんなにタフで強力なスキル持ちの魔物でも倒されるときは訪れる。

 帝国の勇者の置き土産の大猿は、光の粒子になって消え去った。




「どう? あたしのファイアーボールの威力は、凄かったでしょ!?」


 セルフィアは鼻高々でごきげんだ。


「姉さんのファイアーボール凄かったでやんす、痺れやした!」


「凄かったね、僕びっくりしたよ」


「セルフィアのおかげだよ、ありがとな」


「お姉ちゃん、凄いわ」


 みんなから大絶賛のセルフィアは、顔を真赤にして恥ずかしそうにしている。


「で、でもあれだけ魔力をる事が出来たのは、攻撃を耐えてくれたモーギュストたちのおかげよ、それにリサが足止めしてくれなければ逃げられていたわ、私一人の力じゃないわ。みんなありがとう」


 急にしおらしくなった彼女はみんなにお辞儀をした。


「みんな一丸となれば強大な敵にも立ち向かえるという事ですね。私達はみんなで一つのパーティーです」


 アニーが綺麗にまとめてくれた。

 大猿の大きく透き通った魔石をドラムが拾い上げて持ってきてくれる。


「ドラムありがとな」


 受け取り巾着袋に入れて、今回の戦闘の終結を宣言した。


「よし! 脅威は全て排除したぞ! 俺たちの勝ちだ!」


「「「「「「了解!」」」」」」





 シャルマンの大地に『白銀の女神』の勝鬨かちどきが響き渡る。

 こうして王国の危機、『シャルマン戦役せんえき』は終了した。

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