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159.異界の魔獣1

 宿敵、帝国の勇者である黒い悪魔は、とんでもない化け物を置き土産にして去っていった。




 にょきりと渦の中から毛むくじゃらの太い腕が生えてきた。

 拳だけで優に大人の身長ほどの大きさがある。

 巨大な腕は針のように鋭く尖っている体毛でびっしりと覆われていた。

 筋骨隆々、えぐり取られた地面は魔物の中で粉々にすり潰されて砂状に変わっていた。

 更にもう一本同じ大きさの腕が、窮屈そうに渦の中からにじり出てくる。

 腕を見て推察するに魔物の体は大きすぎて、渦は少々小さいのではないだろうか?

 あれでは本体は渦の中から出てくることは出来ないだろう。

 少し安心して事の経過を見守ることにする。

 下手に手を出してこちらに怪我人など出てしまっては悔やんでも悔やみきれないだろう。


 しばらく腕は空中をつかもうと動いていた。

 しかし何もつかめず諦めだらりと腕を垂らす。


「何だ見掛け倒しの魔物でやんすね、もうへばってしまいやしたよ」


 小馬鹿にして笑いながらワンさんが俺を見る。

 俺はまだ渦に引っ込んでいない腕を注意深く観察していった。


 メキメキという音が渦から発せられた。

 腕はまた動き出し、宙をまさぐっているようだ。



 ズボッ!



 いきなり三本目の腕が渦を押し破るようにこちら側へ出てくる。

 合計三本になった毛むくじゃらの巨大な腕は、とうとう渦を切り裂いた。

 バキバキと音を立てて渦が広がっていく。

 そこに現れたのは頭のない体で、頭の部分には第三の腕がついていた。


「何だあれは! でたらめ過ぎるだろ!」


 誰に抗議をしたって始まらないが、思わず声に出してしまった。

 現在進行中で渦から這い出してきている魔物は、一言では表せられない怪物だった。


 上半身はもうこちら側へ出てきている。

 そこから推定するに身長は二十メートルくらいだろう。

 三本の腕が上半身に生えており、二本は普通の位置、もう一本は本来頭が有る位置だ。


 筋骨隆々の太い腕周りは、人間の胴体を三体分合わせても足りそうにない。

 上半身に至っては、筋繊維の束が盛り上がって毛むくじゃらの体毛を逆立たせている。


「かなりやばそうね……、あたし毛むくじゃら嫌いなのよね……」


 俺に抱きしめられながらセルフィアが言ってくる。

 セルフィアの腕は鳥肌が立っていて、本当に嫌いなようだった。


 上半身に続き体の下腹部が姿を現す。

 頭がついていれば誰でもその魔物をこう言い表したはずだ。


 大猿。

 

 目の前に現れた大猿は、窮屈な空間から解き放たれて、嬉しそうに咆哮を上げた。

 俺は下腹部に注目する。

 なぜ注目するかと言うと、意外な物が付いていたのだ。

 生物なら有る生殖器、生命を育む物体が、影も形もその魔物にはない。

 で、あるならばそこには何があるのか。


 その答えは口だ、大きな牙を生やした凶悪な口が下腹部に付けられていた。


「やばい化け物だな、相当な筋力を持っていそうだ」


 あえて仲間たちには下腹部のことに触れずに話しかける。

 みんな微妙な顔をして大猿を見ていて、その目線は全て下腹部に集中していた。


「レインさん、あの猿気持ち悪いね、早く倒してしまおうよ」


 強敵を前にしてモーギュストが俄然がぜんやる気を出してきた。

 強力な魔物と力比べするのが彼の生きがいなのだ。


「参りやしたね、あっしの短剣では刃が立たなそうでさぁ、どうしやしょうか……」


 確かにワンさんの短剣では、長い体毛に阻まれてダメージを与えることはできそうにない。

 どのような作戦を立てようか考えていると、すっかりこちら側に現れた大猿は、逃げ惑う帝国兵を追いかけ回し始めた。


 次々と捕まっていく兵士たち。

 大猿の握力は相当なもので、掴まれた兵士は口から血を吐き出しながら絶命していく。

 兵士の腹は大猿の握力で握りつぶされて内臓が飛び出ていた。


「あ! あの猿、兵士を食べちゃったよ!」


 モーギュストが嬉しそうに大猿を指し示し報告してくる。

 大猿を見ると大きな口で兵士を頭からバリバリと食い始めた。

 帝国の将軍も生きたまま、ああやって食べられてしまったのだろうか?


「みんな聞いてくれ、これ以上あの大猿に好き勝手させるわけにはいかない。放っておけばいずれ要塞にも攻めてくるだろう。俺たちの手であのデカブツに引導を渡してやるぞ」


「やったねっ! あいつの攻撃は僕に任せて、全部受け止めてみせるよ」


(モーギュストは相変わらずぶれないな、俺は君を尊敬するよ)


「あっしは今回はやつの気を引くことに専念しやす、申し訳ありやせん」


「いや、ワンさんそれでいいぞ。やつの気を引くのは大変危険なことだから気をつけてくれ」


「わかりやした!」


 自分の役割が確定してワンさんはホッとしているようだった。


「攻撃はあたしに任せてね、今回もきっちり倒してみせるわ」


 自信満々にセルフィアが言い放つ、先程の大量殺戮のことをこれっぽちも気にしている様子はなかった。


(異世界の住人は殺人に嫌悪感はいだかないのかな、それとも甘いことを言っている俺がこの世界に合わないのかな)


 どちらにしてもセルフィアが元気ならそれに越したことはない。


「リサはセルフィアとアニーの護衛だ、アニーはバリアやキュアを適度に飛ばしてくれ、あの大猿は今までのやつより一段も二段も強い、けが人が出てもおかしくないからな」


「がんばるわ! お姉ちゃん達を守るわ!」


「回復はお任せ下さい、ご武運をお祈りいたします」




 陣形を整えて大猿に向き直る。

 大猿は今お食事中だ、下品にくちゃくちゃ音を立てて、帝国兵士を咀嚼そしゃくしている。


「セルフィア、インフェルノを撃てるか? 隙だらけの今なら直撃させられそうだ」


「わかったわ、任せといて」


 静かに目をつぶり魔力を練っていく、セルフィアの足元には青白く光る魔法陣が浮かび上がった。

 浮き出た魔法陣はゆっくりと回転を始めた。

 魔力練度に合わせて回転速度が高まっていく。


「イフリートよ、我に応えよ、炎の束はすべてを貫く業火のくさび、そなたの力を我に分け与え、我と敵対する敵を貫き通せ……」


 呪文の旋律に合わせ青白い炎の束がセルフィアの頭上に現れた。

 ゆっくりと回転していた光の束は呪文が進むたびに高速回転していく。


 俺は手を上げ呪文の射出のタイミングを図った。

 インフェルノはいつでも発射できるようだ。

 俺は大猿を見ながら最高のタイミングを見定めていた。


「セルフィア、できるだけ大猿の口めがけて撃ってくれ、駄目ならお腹の辺りでいい」


「わかったわ……、やってみるわ……」


 難しい呪文制御をこなしながら短めに返答してくる。

 大猿が帝国兵にかぶりつこうとした瞬間、頭上に上げていた手を勢いよく前に突き出した。


「今だ!」


「インフェルノ!」


 サッと突き出した手の横を青白い業火の束が唸りを上げてすり抜けていく。

 放射熱でかなり熱いが、『水神の障壁』を身に着けていることによって、火傷になることはなかった。


 インフェルノが着弾して大猿が地獄の炎に包まれた。

 衝撃波があたりに広がり爆音が響き渡る。


「ウキャキャキャキャキャアーッ」


 大猿の甲高い悲鳴がシャルマンの大地にこだました。


「あの大猿はこの程度で死ぬような奴じゃない! 気を引き締めて事に当たれ!」





 炎の中で暴れまわる大猿を睨みながら、これから始まる戦いに備えるのだった。

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