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157.壊滅

 セルフィアの広域魔術によって帝国兵は大打撃を受けた。

 追撃戦に入った『白銀の女神』は、敵本陣めがけて突き進んでいった。




(見てて、僕の本気のブレスを)


 ドラムの念話が俺の頭の中に聞こえてくる。

 心と心がつながっている俺達は、遠く離れていても念話で話すことが出来た。


「みんな固まるんだ! これからドラムがブレスによる攻撃を帝国兵へ仕掛ける。障壁内へ避難して巻き込まれないようにしろ!」


「わかりやした!」


「オッケー! 楽しみだなぁ!」


 嬉しそうに飛び跳ねながらワンさんとモーギュストが『神聖防壁』内に戻ってくる。

 程なくして『白銀の女神』の避難は完了し、後はドラムの攻撃を待つばかりになった。



「ギャォォォォン!」


 三度みたびドラムの咆哮がシャルマン大地に響き渡る。

 帝国兵はますます混乱をきたして大恐慌状態に陥った。


「助けてくれー!」


「俺も中へ入れてくれ!」


 俺の言動を近くで聞いていた帝国兵たちが、障壁内へ入れてもらおうと殺到する。

 兵士たちは目が血走りこちらが敵なのを忘れ、ブレスから逃れることしか頭にないようだ。


「ぎゃぁぁぁぁ! 身体が! 溶けるぅぅ!」


『神聖防壁』は敵対する人や物質、いかなるものも触れられない神の障壁だ。

 何も知らず障壁に向かって殺到する兵士たちは、神の怒りに触れて溶解していく。

 体は触れた箇所からどろどろに溶け、腐り落ちていく。

 聖域を侵した人間が、天罰を受け苦しみながらたどる末路だった。




 上空から低い唸り声が聞こえてきた。

 仰ぎ見ると大空を滑空するドラムの身体が、一回り大きくなっているのが見えた。

 体いっぱいに空気を取り入れ、ブレスを吐く準備をドラムは完了する。

 一瞬空中で停止したと思った次の瞬間、猛スピードでドラムが下降し始めた。

 空気を切り裂く風切り音がシャルマンの空に響き渡る。

 みるみるうちに大きくなってくるドラムは、紅蓮の炎を口からたなびかせて帝国兵に襲いかかった。




「ギャォォォォン!」




 口をいっぱいに開け、ドラゴンブレスを兵士たちの頭上に降り注いでいく。

 地上に衝突する直前に水平飛行に入ったドラムは、炎の絨毯を撒き散らしながら帝国兵を炎の渦へ飲み込んでいった。



 ドラゴンのブレスはただの炎ではない、通称ブレスのうと呼ばれる体内にある袋で空気と混ざりあった魔力の炎なのだ。

 その魔力とよく混ざった炎は、ちょっとやそっとでは消えることはない。

 ありとあらゆるものを燃やし、溶かし尽くさない限り消えないのだ。

 

 

 台地の端から端を灼熱の炎で覆い尽くし、再び上空へ戻っていくドラム。

 障壁で守られている俺たち以外は、すべてが灰に戻っていった。



「「「「「「……」」」」」」 


 みんな目の前の光景に言葉が出てこない、攻撃力に自信のあるセルフィアさえ無言で目を見開いていた。


「綺麗ですね、イシリス様の鉄槌が下されました……」


 しばらくするとアニーがうっとりとした表情でつぶやいた。


「これがドラゴンのブレスなのね……、負けたわ……」


 セルフィアはさほど悔しそうな顔をしてはいない、むしろその逆で圧倒的な火力を見た喜びに打ち震えているようだった。


「驚いたな……、ドラムの本気はこんなにも凄いのか……」


(『名もなき迷宮』でトロルを燃やし尽くしたブレスは本当に手加減していたんだな、なんて恐ろしい子なんだ……)


 炎はしばらくの間、大地を焦がし続ける。

 炎の向こう側の空ではドラムが悠然と旋回しているのが見えた。




 ドラムの吐いたドラゴンブレスは、多くの帝国兵を灰に変えた後、静かに消えていった。

 しかし、炎の消えたシャルマン台地は、まだ相当な熱を帯びていて人間が活動できる状態ではなかった。

 俺たちは障壁内にいるため熱の影響は受けない。

 敵兵の消えた眼前を、あっけにとられてただ見つめているだけだった。



「旦那、ドラムのブレスで帝国兵は本陣残して全滅でやんす。今がチャンスでさぁ、敵の将軍の首を頂きに参りやしょう」


「よし! 密集隊形で敵本陣に突撃だ、遅れをとるな!」


 ワンさんの進言で我に返った俺は、メンバーたちに指示を出す。

 熱風冷めやらぬ無人の大地を六人組は高速で移動を開始した。




 敵は本陣にあり。




 圧倒的な戦力で、小高い丘に陣取る帝国将軍めがけて突き進んでいった。

 だんだん近づくにつれて本陣の様子が俺の『気配探知法』に引っかかってきた。

 一言で言えば大混乱、本陣内はデタラメに人が動き回り、統制は取れていない様子だった。


「敵は混乱しているぞ! 混乱に乗じて一気に殲滅する!」


「「「「「了解!」」」」」


 敵兵一万人の内、九割方は既に死亡した。

 残るは三桁の人間、今の俺達には余裕を持って殲滅できる人数だった。




 カンカンカン! カンカンカン!




 帝国本陣内に警鐘が鳴り響くのがかすかに聞こえてくる。

 無人の大地を高速で近づく俺たちを、見張りの兵士が発見したようだった。


 さして時間がかからないうちに混乱した本陣は隊列を組み始めた。

 さすがは本陣を守る精鋭部隊。

 接近してくるのがわずか六人ということも、混乱から立ち直った要因かもしれなかった。


 目視でも帝国兵たちの顔がはっきりと見える距離に近づいてきた。

 前面には弓兵が一列になって弓を引き絞っている。

 こちらが弓の射程圏内に入るのを待っているのだろう。


 怒号が響き渡り鏑矢かぶらやが陣中を横切る。


 ピューと甲高い音が鏑矢から発せられ、弓兵が一斉に矢を放った。

 九千人以上倒したと言っても敵はまだ一千人近くいる。

 弓兵も相当数が本陣にはおり、その大部隊からわずか六人めがけて矢が射られたのだから、矢は雨のように降り注いだ。


 放物線を描き俺たちを射殺するため矢が落ちてくる。

 落下し加速した矢には、様々な攻撃魔法が掛けられていて、七色に輝いていた。

 次々に着弾する矢が連鎖的に爆発していく。

 しかし『神聖防壁』に守られている『白銀の女神』は、一切ダメージは受けずに、走る速度すら緩めることはなかった。


「止まるな! あの程度の攻撃など神の障壁を打ち破ることは出来ない、帝国兵に反撃の時間を与えるな!」


 更に加速して本陣に突っ込んでいった。




 慌てて弓兵が後ろに下がり、全身鎧に身を包んだ重装騎兵が代わりに前に出る。


「皆のもの突撃せよ、決して本陣に近づけてはならぬぞ!」


 立派な兜をかぶり、一回り大きな馬に騎乗した巨漢の司令官が号令を発する。


 次の瞬間、司令官の頭はザクロのように破裂して消滅する。

 頭のない体がゆっくりと落馬していく、主を亡くした軍馬は驚き、いなないてその場で暴れ始めた。


「当たったわ! お兄ちゃん見てた!?」


 俺の横を嬉しそうに笑いながらリサが走っている。

 リサの弓から放たれた矢は、炎の精霊に導かれて司令官の頭へ吸い込まれた。

 突き刺さった瞬間に精霊は霊力をやじりに注ぎ込む。

 その結果、司令官の頭は爆散し即死したのだった。


 混乱の中、百体以上の武装した重装騎兵が地響きを上げながら突進してくる。

 騎兵たちは大声を上げ俺たちを威嚇いかくしながら疾走してきた。

 そうでもしないと恐ろしくて突っ込んでこれないのだろう。



「ファイアーレイン!」


 さして魔力を練らずにセルフィアがお得意の火属性魔法を詠唱した。

 突如上空に炎の渦が巻き起こり激しくうねり始める。

 呪文が完成した瞬間に、炎の雨が無数に大地に降り注ぎ、重装騎兵たちをのみこんだ。

 炎の雨粒一つひとつが爆発をして耳をふさがないと居られないほどの轟音を響かせた。

 炎の雨の中で騎兵たちが断末魔の悲鳴を上げている。

 圧倒的な熱量によって鎧の中で蒸し焼きにされた騎兵たちは、煙を上げながら落馬していった。

 兵士を乗せていた馬もただでは済まない、火達磨になって戦場を四方に散り散りに駆けていく、あぶみに足が引っかかったままの重装騎兵の死体が、火だるまの馬たちによって大地を引き回されていた。


 まさに地獄、六人の人間によって戦場は地獄へ変えられてしまった。




「ああ、勝てない……、俺達は殺されてしまう!」


 本陣で待機している兵士たちは、目の前で繰り広げられる惨状を見て尻込みし始めた。

 一人、また一人と兵士たちが列から逃げ出していく。

 混乱状況は極限になり、内部崩壊寸前になった。


「お前たち! 逃げることは許さん! 持ち場へ戻れ!」


 隊長格の兵士が必死に兵士たちを引き止める。

 しかし誰も言うことを聞く者はいなくて、陣形はどんどん崩れていった。





「敵陣に到達しやした! ここからはあっしたちの出番でさぁ!」


「ひゃっほ~! 腕が鳴るよ!」


 血に飢えた獣人たちは、目を輝かせながら帝国兵の中へ突っ込んでいった。

 俺はその後姿を、口元に笑みを浮かべながら見送るのだった。

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