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16.閑話1~出会い~

 ロバの引く荷車にぐるまの後ろにはわらが大量に積まれていた。

 ロバの歩みはゆっくりで、隣を鼻を垂らした子供達が駆け足で追い越していく。

 のどかな田園風景、時間がゆっくりと流れていた。



「ねえアニー、本当に今日中に街に着くんでしょうね、あたし退屈で死んでしまいそうだわ」


「ふふふ、セルフィアが死んだら私がとむらってあげるわ」


 荷車の後ろに便乗させてもらっている二人は、旅の日程などさして気にしていない様子で冗談を言い合っていた。


「お嬢さんがた、街が見えてきなすったよ。もうすぐミドルグにつきますぜ」


 御者台に座っている親切な農夫が二人に声をかけてきた。


「本当? やったわ、これで一週間ぶりにベッドで眠れるわ!」


「セルフィア、立ち上がったら危ないってさっきから言ってるでしょ」


「わかったわよ、でもこれでやっと探索者になれるんだわ。アニーには一緒に村から出て来てくれてこれでも感謝しているのよ」


「わかっていますよ、何事も神のお導きです」


 仲がいい二人の話は尽きることがない、騒いでいる間に街の近くまで来てしまった。

 荷車が分かれ道で止まる。


「わしはこっちだからお嬢さんがたここで降りてくんろ」


 農夫が二人を道に下ろす、二人は大きな荷物を抱え農夫にお礼を言って街に向って歩き出した。


「さあこれからあたし達の英雄伝説が始まるのよ!」


 鼻息荒く希望に満ちて二人の足取りは限りなく軽かった。




「素泊まり銅貨三十枚で、食事付きで銅貨四十枚!? それだけあればあたしの村では半月家族が暮らせるわ!」


「ちょっと高いですね、もう少し何とかなりませんか?」


 ど田舎から出てきた二人は物価の高さに驚いていた。


「嫌なら他をあたりな、ウチは安さで商売しているんだ、ウチより安い宿なんてミドルグにはないよ」


 ミドルグの西側に位置するスラム街の一角にある宿屋、『熊の牙亭きばてい』の主人は機嫌悪く言い放った。

 その気迫に押されて二人は宿に泊まることを店主に告げた。

 食事は黒パンに塩スープ、味は美味しくなかった。

 しかし二人の田舎も同じ様なまずい食べ物しか無く、さして気にすること無く食事を終えた。




 わらが敷かれた一台だけの粗末なベッドに二人で寝転び、天井を見上げる。


「明日ギルドに行って探索者になるんだよね、ワクワクしてきたわ」


「パーティーも見つけましょう」


「いい人と組めたらいいわね」


「だいじょぶよ、私達には女神様がついてるわ」


「もう寝ましょ……明日も早いわ……」


「おやすみなさいセルフィア、いい夢を」




 朝少し遅い時間に起きた二人は西のスラム街を出て、メインストリートを歩いてギルドに向かっていた。

 しかし目にするもの全てが目新しく夢中になって見聞してしまう、気づいた時にはおなかの虫がなっていて屋台で串焼き肉を買って食べた。


「アニーあたしこの町でやっていける自信がなくなったわ、この肉一本銅貨五枚もするのよ」


 難しい顔をしながら口いっぱいに肉を頬張る。


「早く探索して稼がなくては破産してしまいますね」


 涼し気に言うアニーも負けじと肉を頬張っていた。


 お昼すぎになってようやくギルドに到着する。

 立派な建物を見上げて二人して口を大きく開けて固まってしまった。

 ギルドの横にたむろしている探索者の二人組が、お上りさん状態になっている二人を横から挟み込み声をかけた。


「ようお二人さん、ギルドになんか用かい?」


「俺たちベテラン探索者なんだ、あっちの店で話を聞かせてやってもいいぜ」


 片方の探索者が定食屋を指さして言った。

 二人共びっくりして返す言葉がなくかたまっている。

 

「俺たち優しいからおびえなくていいぜ」


 もうひとりの探索者がセルフィアの肩を抱こうとした。

 危険を察知したセルフィアがヒョイッと腕をかいくぐりアニーの手をつかんで二人から離れる。


「あ、あたし達にはかかわらないでちょうだい!」


 にらみつけるとギルドの扉を勢いよく開き中に入っていった。



「おまえら振られてやんの、だせえぜ」


「まあ見てろよ、まだこれから手はたくさんあるんだからな」


 チンピラ探索者達は一斉に笑いだした。




 ギルドの中に入って窓口に行く。

 受付嬢に探索者になるための用紙をもらった。


[名前……セルフィア・タルソース、 出身地……ニコ村、 職業……魔法使い、 特技……]


「ねえアニーあたしの得意技って何だと思う?」


「そうですね、早食い、大食い、どこでも眠れる。いくらでもありますよ?」


「アニーに聞いたあたしが悪かったわ。特技はファイアーボールっと」


 用紙に記入してアニーの書いている所を盗み見る。


[名前……アニー・クリスマス、 出身地……ニコ村、 職業……僧侶、 特技……料理]


「ちょっと! 特技が料理って何の冗談よ!」


「冗談ではありません、教会では大盛況でしたから」


「あの教会の人は特別なのよ、普通の人は薄味過ぎて食べられないわ」


「素材を生かしていると言って下さい、すべての食材は女神様のお恵みです」




 用紙を出すと探索者になれた。

 パーティーを組むことを奨められる。

 もとよりパーティーを組もうと思っていた二人は、パーティー斡旋所あっせんじょに向った。


「パーティーを組みたいのですが、ここで見つけてくれますか?」


 アニーが老人に聞く。


「まあできなくはないが、お嬢さんがた二人だけか?」


「はいそうです」


「ならワシは勧められんな、探索者は荒くれ者しか居ない、お嬢さん方はいいかもにされてしまうじゃろう。悪いが紹介はできんのじゃ」


 老人に断られてしまった二人は気を落としてギルドをあとにした。




 ギルドをあとにした二人は話すこともなく西のスラム街に帰っていく。

 後ろからつけてきたさっきのチンピラ二人組が、明るい声で話しかけてきた。


「ようまた会ったな、二人して暗いぜ、俺達で良かったら話を聞くぜ」


「定食おごるからさ少し話そうぜ」


 気さくなお兄さんを装い声をかけるチンピラ探索者。

 セルフィアとアニーは空腹と落ち込みで頭が回らず、ついていってしまった。




「なんでも頼んでいいぜ、俺がおごるからさ」


「俺はトニーだこっちがビフよろしくな」


「セルフィアよ、こっちがアニー」


「可愛い名前じゃねえか、そっちの子なんか俺のもろタイプだぜ」


 いやらしい目で体中を舐め回すように見る。

 セルフィアたちは空腹なので我慢をして食事を注文した。



 食事を食べながらチンピラ探索者の話を聞き流す、パーティー編成の下りになっておもわず質問をしてしまった。


「パーティーってギルド以外でも組んでいいの?」


 セルフィアの問にチンピラ探索者二人が食いつく。


「もちろんだぜ、近頃じゃギルド使わないのが主流だぜ」


「よかったら俺たちとパーティー組まないか、他の仲間も紹介するぜ」


 話をしながら二人の手を取ろうとする。

 危険を察知したセルフィアがサッと手を引っ込めチンピラ冒険者を睨む。


「ちょっと気安く触ろうとしないでよね!」


「少しぐらいいいじゃねえか、減るもんでもねえだろ?」


 アニーもスケベの魔の手から身を守って小さく縮こまっている。


「ごちそうさま! あたし達もう帰るわ」


 アニーの手を引き定食屋から素早く出た。


「いつでも相談にのるぜ!」


 裏からチンピラの声が聞こえてきた。




 パーティーを組む努力はしたつもりだが、努力はついに実らなかった。

 どの探索者パーティーもチンピラたちと大して変わらず、なかには露骨にいやらしい探索者もいた。

 話し合った結果二人で迷宮に潜ることになった。


 探索初日、『ミドルグ迷宮』前の広場はセルフィア達二人を興味ありげにみる探索者たちであふれていた。

 口々に『単独迷宮探索者スカベンジャー』とつぶやいている。

 意味はわかっていた。

 しかし自分たちがさげすみの対象になったことを直に実感し、心が折れそうになった。

 セルフィアはアニーの手をギュッと握り、自分たちを馬鹿にする探索者達をにらみ返しながら迷宮の階段を降りて行った。



 結果は散々だった。

 肉弾戦が出来る前衛がいないのが致命的で、アニーが慣れないメイスを使い何とか頑張った。

 一匹ならセルフィアが先制攻撃のファイアーボールで仕留める事が出来た。

 二匹になるとかろうじて倒せるが、三匹以上は怖くて試せなかった。


 ファイアーボールも撃てる回数が決まっている。

 今のセルフィアでは魔力を抑えてもせいぜい十発撃てるか撃てないかで、魔力がなくなればめまいを起こして倒れてしまう。

 迷宮で倒れることはすなわち死ぬことなので、早めの撤退が定石じょうせきだった。


 この時点で二人が探索者としてやっていけないことが明確にわかってしまった。




「お客さん金が出せないなら出てってくれ」


『熊の牙亭』の主人はここ二日ばかり素泊まりの状態だった二人を見限り追い出すことにした。


「なによ、お金払っているんだから泊めなさいよ」


「駄目だ駄目だ、毎日素泊まりじゃあ、金も尽きるのが間近ってことだろ、無くなってからじゃ洒落しゃれになんねえ、出ていってもらうぜ」


 問答無用で二人が借りている部屋の窓から、村から出てきた時に持ってきた荷物を外に放り投げる。

 あれ程いっぱいの荷物は、売れるものをすべて売ってしまって小脇に抱えられるくらいの小ささになってしまい、簡単に捨てられてしまった。


 二人も店の扉から外へ追い出され、勢いよく扉を閉められてしまった。

 捨てられた荷物を拾い上げる。

 ホコリを払い抱えると、かねてより考えていた事を行動へ移した。




 女神教の教会を訪ね事情を説明する。

 事情を聞いてくれたシスターは、アニーが貧しい人々へキュアを唱えることを条件に軒先のきさきを貸してくれた。

 雨露あめつゆしのぐことに成功した二人だが、回復呪文を削られ、更に探索者としての道を閉ざされてしまうのだった。




 回復魔法は誰でも使えるものではない、白魔法と呼ばれる属性魔法に適応した者が、修行などをおこない初めて使えるようになるのだ。

 そこで回復魔法が使える僧侶は、優遇して職につける。


 アニーも本来優遇される側であり貧乏な生活をすることはなかった。

 しかし幼馴染のセルフィアと共に村を抜け出し街に来た彼女は、教会における僧侶の資格を持っておらず、治療行為もおおやけにはできなかった。



 宿代はなくなったが、治療のために迷宮で回復魔法はほぼ使えなくなった。

 ますます魔物を選ばなくてはいけなくなり、爪に火をともす生活をせざるを得なくなった。



 ー・ー・ー・ー・ー



 二人は疲弊ひへいしていた、思考力も低下して目の前にいる男の話を、自分の都合のいい解釈で聞いてしまう。

 セルフィアには男の言葉がただ単に『いい仕事があるから付いてこい』と聞こえ、報酬欲しさに承諾してしまったのだ。


「それじゃ行こうか、君たちなら高い値段で売れるよ」


 人買いの男が、仲間に目配せして二人を囲んだ。

 アニーはなにかまずい事になっているのは分かっていたが、空腹で頭が回らずセルフィアに付いていくのがやっとだった。




 アニーが気が付くと路地裏で男が二人を縛り上げようとしているところだった。

 セルフィアが我に返り、男たちに抵抗する。


「話が違うじゃない! いい仕事をくれるって言うからついてきただけなのに、一体この仕打ちは何なの!?」


「うるせえ! お前らはさらわれたんだよ、おとなしくしやがれ!」


 男が大声で怒鳴り今にも殴りかかってきそうだ。

 アニーは大変なことになってしまったと、体をブルブル震えさせた。


「あんた達、私の魔法を喰らいなさい!」


 セルフィアが強硬手段に出る。

 手にファイアーボールを出して男たちを撃とうとした。


 バチンッ!


 思い切り頬を叩かれ意識が遠のく。

 アニーが悲鳴を上げてセルフィアをかばうように覆いかぶさった。


「ざまあねえな、気の強いねえちゃんだが調教して従順にしてやるから覚悟しろよ!」


 男がこれ以上騒がれないようにナイフを抜き出して、威嚇いかくしようとした。




「衛兵さん! こっちです! 早く来て下さい!」


 少年が衛兵を呼んでいる。

 衛兵はすぐ近くまで来ているらしく少年がこっちを指さしている。


「邪魔が入ったか、野郎どもずらかるぞ!」


 人買い達は素早く路地裏に逃走していった。




 少年が大通りに出たところでこちらを振り向き話しかけてきた。


「危なかったね、怪我は大丈夫かい」


 幼さの残るきれいな顔をした少年が二人を心配して声をかけてくる。


「事情はわからないけど女の子二人でガラの悪い男に付いて行っては駄目だよ」


 少し困った顔をして忠告をしてきた。


「じゃあ俺は行くから、さよなら」


「ちょっと待ちなさいよ、まだお礼言ってないんだから、あたしの名前はセルフィア・タルソースよ、助けてくれてありがとう」


「あの……、アニー・クリスマスです、本当に助かりましたありがとうございます」


 セルフィアたちは何か言わなくちゃ少年が行ってしまうと思い慌てて自己紹介をした。


「俺の名前はレイン・アメツチだ、別に気にしないでいいよ、困っている人がいたら助けるのが当たり前だろ」


 少年が優しい表情でまっすぐ二人を見つめていた。





 こうしてレインとセルフィア、アニーが出会いました。

 もしセルフィア達が探索者として成功していたら。

 もしレインが二人を助けなかったら。

 大陸全土に名をとどろかす不滅の探索者パーティーは誕生しなかったでしょう。




 全ては女神イシリス様のお導きだったのかもしれません。

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