156.シャルマンの大虐殺
帝国勇者を討伐するため『シャルマン要塞』へ赴いた『白銀の女神』は、まず手始めに要塞の安全を確保することにした。
「セルフィア! 帝国兵達に『白銀の女神』の恐ろしさを教えてやれ!」
「わかったわ! 特大の広域魔術をお見舞いしてやるわ!」
セルフィアは自信満々に城壁の縁に立ち、眼前に広がる帝国兵を見渡した。
紺色を基調とした豪華なローブが風にはためき、彼女の美しさを際立たせる。
呪文を唱える前段階、魔力をゆっくり練り上げていった。
その間にも無数の矢や攻撃魔法が城壁に降り注いでいた。
縁に立つセルフィアにも、もちろん攻撃は来るが、アニーの『神聖防壁』に阻まれて傷一つ付かなかった。
アニーの強い信仰心によって現れた『神聖防壁』は、完全な防御壁を展開し淡い虹色に輝いている。
薄ピンク色の半球がセルフィアを覆い、その存在を否が応でも目立たせていた。
城壁の上の異変を帝国もいち早く察知する。
集中的に障壁を狙い、攻撃を苛烈にした。
カタパルトから特大の岩石が射出された。
弧を描いた岩石が一直線に障壁に向かって来る。
ドーンと地響きを上げて岩石は破裂する。
衝撃を吸収した『神聖防壁』は、一層明るく光り輝き、岩石の直撃にもびくともしなかった。
「雷神トールよ、我に応えよ……」
セルフィアは足元に魔法陣を発現させ、ゆっくりと魔力を練っていく。
彼女が今回帝国兵相手に選んだ呪文は風属性魔法のようだった。
アース・ドラゴンにとどめを刺した雷の一撃、雷神トールの怒りの鉄槌は帝国兵にも下されることになった。
「岩をも砕く力強き閃光、地を這う無数の紫電……」
(ん? 少し呪文が違うような気がするぞ、余計な文言が追加されている!)
この手の呪文の改造は前にもあった。
その時は更に強力な呪文が敵に降り注いだはずだ。
晴天だった要塞上空が、にわかに曇りだし厚い雲に覆われ始めた。
呪文を唱えるセルフィアは、恍惚の表情で上空を見上げている。
一陣の風が荒れ地に展開する帝国兵の間を吹き抜ける。
帝国兵たちは砦に攻撃することを止めて、不安そうに上空を仰ぎ見ていた。
「神の雷で我の敵を焦がし尽くせ、全てを無に帰し給え……」
呪文が完成しようとしている。
厚い黒雲に覆われた上空では紫の雷光が所狭しと暴れまわっている。
「ギャォォォォン!」
雲の合間からドラムの咆哮が辺りに響き渡った。
体に電気を帯びたドラムは、嬉しそうに宙返りを繰り返している。
「何だあれは! ドラゴンだ、ドラゴンがいるぞ!」
帝国兵の中からドラムを発見した声が上がる。
上空にドラムを発見した帝国兵が一斉に逃げ出す。
王国兵も逃げ惑う帝国兵に追い打ちをかけることを忘れ不安げに上空を見上げていた。
おかしな暗雲が立ち込める空、更に地上最強の生物まで目の前に出現した。
両軍とも、もう戦争どころではなくなっていた。
しかし逃げ出すのがあまりにも遅すぎた。
セルフィアの呪文は既に完成していて、いつでも打ち出せる状態になっていたのだ。
「レイン、あたしを抱きしめていて。これからあたしがする事を一緒に見ていて」
熱に浮かされたように上気した顔でセルフィアが手招きをしている。
これから彼女は人間を大量に殺傷する。
彼女の心の片隅の弱い部分が、俺にすがりついてきた。
儚げな脆い一面が見え隠れして、思わず生唾を飲み込んだ。
そしてあまりにも美しく幻想的な光景に、俺は夢遊病者のように彼女の腕の中へ吸い込まれていった。
「セルフィア、大丈夫だよ。俺も一緒にすべてを受け止めるからね」
セルフィアの背中へまわり、ギュッと抱きしめ前方を見た。
「イシリス様お許しください……、サンダーレイン!」
最後のキーワードがセルフィアの口から紡ぎ出された。
俺の体から大量の魔力が吸い出されセルフィアに譲渡されていった。
天空に大音響が響き渡る。
次の瞬間。
光の帯が幾筋も大地に向かって叩きつけられる。
目の前が光で覆われ、何も見えなくなった。
バリバリバリバリッ!
空気を切り裂く大爆音とともに大地を紫電が駆け巡った。
荒れ地で固まっていた帝国兵は、まともにその雷光を受けてしまう。
自分に何が起きるかわかっていた兵士は一人も居なかった。
光が収まり上空の雲が晴れていく。
要塞前の荒れ地には何も、誰も立っているものは無く、全て消え去っていた。
一発の魔法で帝国兵一万人の約三分の一、三千人あまりが消し炭になった。
つい数分前まで怒号と喧騒が支配していた戦場は、音一つない静寂の世界に変貌していた。
「大丈夫かい? セルフィア。立っていられるか?」
俺はセルフィアを抱きしめながら優しくささやく。
「ありがとうレイン、大丈夫よ。まだまだ魔力は残っているわ」
セルフィアはしっかりとした足取りで一人で立っている。
アース・ドラゴン戦の頃より彼女の魔力量は著しく増えていた。
「レインの魔力が体に流れてきたのがわかったわ。とても心強かったわ」
「そうか、それは良かった、そう言ってもらって俺もうれしいよ」
目の前の人間を数千人殺したセルフィアと俺、二人の絆は更に深まった気がした。
「凄いでやんす! セルフィアの姉さん、お見それしやした!」
「負けたよ! あんな攻撃見たこと無いよ!」
獣人二人が満面の笑顔で駆け寄ってくる。
大量の兵士を殺したことなど、なんとも思っていないようで、素直に喜んでいるようだった。
アニーやリサも静かに近寄ってくる。
彼女たちはセルフィアを抱きしめ、しばしの間じっとその場に佇んでいた。
(さて、セルフィア一人につらい思いをさせるわけにはいかない、今度は俺たちが暴れる番だな)
「よし! 敵戦力の半減に成功した。今度は俺たちアタッカーの番だ、敵陣営に切り込んで大将首をいただくぞ!」
「わかりやした!」
「待ってました!」
俺たち六人は一塊になって城壁から飛び降りる。
数十メートルの高さから落下したが、『身体強化』のおかげでかすり傷一つ付かなかった。
「総員前進! 一気に行くぞ!」
女性陣に合わせて『縮地』は使わず駆け足で突撃する。
混乱の極みにある敵陣営の前には、右往左往する帝国兵で溢れかえっていた。
「邪魔でやんす!」
ワンさんが目にも留まらぬ剣捌きで帝国兵の首を刎ねていく。
重装兵の鎧さえ切り裂く魔法の双短剣は、むき出しの帝国兵の首など空気を切り裂くように切断していった。
青空に生首が高らかと打ち上がり鮮血がほとばしる。
その紅の雨の中を俺たちは走り抜けていった。
「『シールドチャージ』!」
ワンさんの更に前方、帝国兵の密度が高い所にモーギュストが突撃していく。
壁盾から放たれるスキルが、帝国兵を吹き飛ばしバラバラに分解していった。
爆散した鎧の破片や人骨が、容赦なく周りの帝国兵に直撃して連鎖的に兵士が死んでいく。
モーギュストが通った後には、血溜まりの道が延々と出来上がっていた。
「ば、化け物だ! 助けてくれ!」
「ひぃっ、こっちへ来るな!」
俺たちの進む先にいる兵士たちは、恐慌状態に陥り錯乱状態で逃げ惑う。
つまずき倒れた兵士の上を全身鎧の騎士が、容赦なく踏み登り逃げていく。
次々に踏まれる兵士は、いつしか肉塊に変わって物を言わなくなっていた。
逃げ惑う兵士たちは、他人のことなどかまっていられない、目の前に迫ってくる悪魔たちから逃げるのが精一杯だった。
モーギュストやワンさんの切り開いていく道を走りながら俺は考えていた。
(そう言えばどうやってドラムに攻撃の合図を送ればいいのだろう。はるか上空のドラムに、俺の身振り手振りなんて見えないんじゃなかろうか?)
チラリと上空を仰ぎ見る。
雲が晴れた青空をドラムがゆっくりと旋回していた。
(大丈夫だよ、ちゃんと聞こえてるよ)
俺の頭の中にドラムの声が響き渡る。
(え!? ドラムの声が頭に聞こえるぞ! なんでだ?)
(心でつながっているから大丈夫だよ、いつでも合図して)
また聞こえてくる。
丁度ドラムが人語を話せない頃、念話で会話していた頃を思い出す。
(そうか、まだ念話も使えたんだな。それじゃドラム、俺たちの前方にブレスを吐いてくれ。思いっきりでいいぞ、俺たちは障壁内部にいるから大丈夫だ)
(わかった、任せて)
まだまだ大量にいる帝国兵を、更に数を減らしたく思いドラムへ命令する。
俺の命令は無事ドラムに伝わったようで、上空から嬉しそうな大きな咆哮が聞こえてきた。
「もうおしまいだ! ドラゴンが降りてくるぞ!」
「駄目だ! ドラゴンは攻撃態勢に入ったぞ!」
もう戦場は無秩序状態だ、何がなんだかわからなくなった兵士たちは、お互いに剣を突きつけ合い同士討ちまで始まった。
後でわかったことだが、ドラムの咆哮には混乱や錯乱の効果があるらしく、帝国兵は少なからず影響されていたようだ。
(見てて、僕の本気のブレスを)
気合の乗った念が俺の頭に伝わってきた。
一度も見たことのないドラムの本気のドラゴンブレス、恐ろしい灼熱の咆哮が戦場を焼き払おうとしていた。
前人未到の大迷宮、『ミドルグ迷宮』で日々凶悪な悪魔たちと互角以上に戦っている『白銀の女神の』最大火力が本気を出せば、人間たちの兵士たちなどいくら束になってかかってきても簡単に排除できるのです。
さらに『白銀の女神』の秘密兵器が新の実力を発揮する時が来ました。
そこには絶望しかありません、帝国兵たちはもう逃げることは出来ないのです。