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155.戦場

『シャルマン要塞』に到着した『白銀の女神』は、要塞を攻める帝国兵を撤退させるため、戦闘に参戦するのだった。




 俺は仲間たちを連れて要塞の最上階、周辺一帯が見渡せる塔の上に登った。

 暗い塔の螺旋らせん階段を足早に登ると、最上階の出入り口が見えてくる。

 明るい屋上へ出た途端、戦場の全貌ぜんぼうがはっきり見えてきた。




『シャルマン要塞』は盆地に築かれた巨大な砦で、左右を険しい山々に囲まれている。

 この要塞を帝国側から攻める場合、正面からしか攻撃することは出来ず、王国側はそこに戦力を集中させればよかった。

 もし正面を迂回うかいして山側から回り込もうとしても、切り立った峰々に阻まれて大軍で移動は出来ない。

 どうしても強行して進軍する場合、細く長い隊列になってしまう。

 そんな脆弱ぜいじゃくな行軍は、弓矢や魔法の格好の餌食となり、とても進めるものではなかった。


 眼下を見下ろすと、分厚い城壁がぐるりと巡っている。

 さすがは王国最大の要塞、普通の城壁の二倍は壁が分厚かった。

 その壁の上には弓兵や魔法兵が並んでいて、しきりに帝国兵に向かって攻撃を仕掛けていた。

 弓兵は帝国兵のはるか頭上から狙いを定めて弓を射る。

 魔法兵は充分に魔力が練られたファイアーボールを、眼下の固まっている敵めがけて撃ち出していた。


 完全に不利な攻城戦、それでも帝国兵は城壁に向かって突撃してくる。

『シャルマン要塞』の総大将、ハンス・ヒックス将軍が言っていたが、今回の戦いで攻めてきている帝国兵の数はおよそ一万人。

 見渡す限り帝国兵で埋め尽くされている要塞前は、多くのしかばねで埋め尽くされていた。



 では王国兵の一方的な攻撃だけかと言うとそうでもない。

 突撃してくる歩兵には攻撃を弾くバリアが掛けられており、威力の弱い矢や魔法は、バリアによって弾かれていた。

 城壁には取り付くための縄梯子なわばしごが幾本も掛けられていて、帝国兵は恐れ知らずで梯子を登ってきていた。

 梯子は魔法の鉤爪で城壁に取り付いており、切り落とそうとしてもなかなか切れず王国兵も苦戦していた。


 そのうちに帝国兵は屋上付近まで登ってくる。

 もう少しで屋上へ上がられてしまいそうになり、王国兵がなにか叫んだ。

 すると二人組の兵士が大きなかめを持って近づいてきた。

 甕の中身は熱した油で、それを梯子に取り付いている帝国兵めがけて流しかけた。


 まともに油をかぶった帝国兵は、全身大火傷を負って遥か下の地面めがけて落ちていった。

 更に追い打ちが掛けられる。

 やじりに火を付けた弓兵が、眼下の落下した死体めがけて撃ちかける。

 油に着火して辺りは火の海になった。

 まわりに展開していた帝国兵はたまらない、次々と引火して火達磨になりながら断末魔の絶叫を上げた。



 城や砦、そして要塞攻めと言えば攻城兵器だ。

 帝国側には大量の攻城兵器が配備されている。

 代表的な物はカタパルトで、巨大な石を飛ばす投石機だ。

 うなりを上げて飛んでくる巨石には、威力を高める為の魔法がかけられており、城壁に当たると大きな音を立てて爆発を起こしていた。

 普通の城壁なら一撃で破壊されてしまう衝撃が城壁を襲う、しかし城壁には防御の魔法がかけられており、巨石が当たるたびに淡く光るバリアがしっかりと見えた。




「圧倒されて言葉も出ないわ……」


 本格的な戦争、人間と人間の殺し合いを目の当たりにしたセルフィアは、その場の雰囲気に飲まれてしまい言葉少なに呟いた。


「イシリス様もお嘆きになっておられるでしょう。なんて愚かな行為でしょうか……」


 アニーは目を閉じて祈りの言葉をつぶやき始めた。


「人間はおかしいね、仲良くすればいいのにね……」


 リサは悲しそうに呟いて俺の手を握ってきた。


(やはりリサを連れてきたのは間違いだったか……)


 眼下に広がる凄惨せいさんな殺し合いを見つめながら、今更にしてリサを同行させたことを後悔する。

 女性陣はみな戦争を少々甘く見ていたようだ。



 一方、ワンさんとモーギュストは真逆の反応をしていた。


「旦那! 人がゴミのようでやんす、城壁からボロボロ落ちていきやすよ!」


 城壁に取り付いている帝国兵士を指差してワンさんが興奮している。


「凄いや! 僕もあの中で戦ってみたいよ!」


 モーギュストが指差している方向を見ると、城門の辺りに帝国兵士が群がり、開門させようと破壊槌はかいづちを動かしているところが見えた。

 車輪の付いた台車に大きな丸太が乗せられている。

 その台車を前後に動かして城門にぶつけていた。

 ぶつけるたびに大きな振動と音がする、しかし城門には強化の魔法がかかっているらしくびくともしなかった。


「僕だったらあの程度の帝国兵なんて一瞬で膾切なますぎりだよ!」


 鼻息荒く言い切って今にも飛び出しそうだ。


「モーギュスト、落ち着くんだ。後で思いっきり暴れさせてやるから、今は大人しくしていろ」


「え? ああ、大丈夫だよ。僕興奮してないよ」


 顔をこちらに向けて弁明するが、明らかに目がおかしくなっている。


(早めに戦場へ降りたほうがいいな、暴走してしまったら目も当てられないぞ)


 俺も戦争を甘く見ていたようだ。

 獣人族の二人がこれほどまでに豹変ひょうへんするなんて思っても見なかった。



「みんな、地形をよく覚えておくんだ。戦局は刻々と動いていく、その時々に合わせて地形をうまく利用するんだ」


 左右に見える山々、前方には多少開けた荒れ地、城壁のまわりには木で出来たスパイクが乱立していて足場はすこぶる悪い。

 これから向かう戦場の奥、小高い丘の上に帝国兵の本陣がある。

 今回はそこまで行けるかわからない、もし行けるのなら敵の将軍の首をいただくとしよう。




「よし、みんな地上に降りるぞ、城壁へ行ってそこから敵に攻撃を仕掛けるぞ」


「「「「「了解!」」」」」


「僕は空から援護するよ。合図して」


 ドラムが肩からゆっくりと離れていく、最強の種族ドラゴンの本領発揮。

 何者にも縛られない大空からの援護射撃、こんなにも心強いものはなかった。


「頼むぞドラム、俺をよく見ていろよ、タイミングを図って合図するからな」


「わかった」


 返事をしたドラムは翼を広げ羽ばたき始める。

 風が周囲に巻き起こり、ドラムが上空へ飛び立った。




「ギャォォォォン」


 上空からドラムの咆哮ほうこうが周囲に響き渡る。

 大空を飛行するドラムは嬉しそうに旋回していた。

 ドラムの咆哮によって『白銀の女神』の戦いの狼煙のろしは上がった。


 古来よりドラゴンの咆哮は吉兆とも凶兆とも言われている。

 どちらの軍に吉兆なのか、そして凶兆なのか。

 それを知るのはこの場でただ一パーティー、『白銀の女神』だけだった。




『身体強化』を最大にして螺旋階段を駆け下りる。

 その勢いのままに城壁へ駆け上り、眼下の帝国兵を睨んだ。


「よし! アニー、『神聖防壁』展開! セルフィア、特大の魔法を敵兵へお見舞いしてやれ! セルフィアの攻撃の後、全員で城壁から飛び降りる。そこからは肉弾戦、ワンさん、モーギュスト、頼りにしているぞ!」


「わかりやした!」


「オッケー!」


「イシリス様、皆をお守り下さい」


「任せなさい! 特大中の特大呪文を食らわせてあげるわ!」


 セルフィアの足元に巨大な魔法陣が出現する、魔法陣はゆっくりとまわりだし、低音を出し始めた。

 黒檀こくたんの杖は天を差し、身体から溢れ出た魔力が渦を巻いている。

 城壁が微かに振動してきた、その振動はどんどん大きくなって魔法陣の発する音と混ざり合い、不気味な不協和音を奏で始めた。





 この日、後世の歴史書が伝える『シャルマンの大虐殺』が行われようとしていた。 

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