154.シャルマン要塞到着
戦闘は近い、要塞はもうすぐ見えてくる。
見張りを交代しながら夜を明かす。
地平線がうっすらと明るくなり、一筋の光が俺を照らした。
太陽が徐々に顔を出し夜空が明るくなりだした。
月は遠くに見える山並みに沈み、しばしの休息を取るのだった。
馬車はゆっくりと動き出した。
進む先は『シャルマン要塞』、あと半日ほどで到着するだろう。
馬車で道を進むこと数時間、道は平坦ではなくなり若干上り坂になってきた。
左右には険しい山々が遠くに見える。
『シャルマン要塞』はもうすぐ見えてくるはずだ。
小高い丘を超えると眼前に突如として大きな建造物が見えてきた。
周囲を分厚い城壁で覆われた人工物。
左右の山々とつながった巨大な城は、何人たりとも通さない堅牢な作りをしている。
『シャルマン要塞』、西の地のミドルグとは、王都を挟んで正反対の東に位置する、王国最大の要塞だ。
要塞の建設前、帝国は王国の政情不安を突いて、王国内に突如侵攻した。
苦しい戦争の末、なんとか撃退に成功した現国王ベルンハルト三世は、帝国を抑える要塞の建設に着手した。
もともとあった砦を大幅に改修して建てられた『シャルマン要塞』は、帝国への防御はもとより、宿敵たる帝国への反撃の要として機能している難攻不落の要塞である。
辺りには微かに爆発音が響いていた。
要塞のこちら側、王都方面は帝国兵がいないので比較的平穏だ、今聞こえる爆発音はきっと反対側で鳴っているのだろう。
やはり戦闘はもう始まっているらしい、俺達が戦うのも時間の問題だろう。
丘を下って要塞に近づいていく、城壁の見張りが俺たちを発見して警鐘を鳴らした。
城門に立っていた衛兵たちが槍を掲げてこちらに合図してきた。
どうやら止まれと言っているようだ。
今は戦時なのでいくら貴族の馬車でも無条件に要塞の中には入れない。
しかしこちらの馬車が、貴族のものだということは、衛兵たちもわかっているので丁寧な検問になった。
「失礼します、ここは『シャルマン要塞』です。貴族様のお名前をお聞かせ下さい」
「こちらは王国貴族アメツチ家当主、レイン・アメツチ男爵様である。速やかに開門しろ」
「失礼しました! 今、上のものを呼んでまいりますので少々お待ち下さい!」
衛兵が慌てて城内に連絡を入れる。
流石に簡単には入れないようだ。
数分ほど待っていると、大門の横の扉が開き紋章官が現れた。
低姿勢な紋章官はお決まりの文句を言って認証状を見せるように言ってきた。
貴族の証である認証状をワンさんが見せつける。
俺が王国貴族であることが証明され、慌てて大門が開かれていった。
馬車が敷地内に入ると再び門が閉じられていく。
重い門を開閉するのは大変らしく、門を押している衛兵たちは真っ赤な顔をして頑張っていた。
要塞の中は地面が石畳に覆われていて、建物も石を積んだ作りで頑丈そうだ。
中庭は待機している兵士で溢れかえっていて、みんな殺気立っていた。
先程より大きな爆発音が聞こえてくる。
やはり戦闘が行われているようで、今更ながら戦場へ来たことが実感できた。
石畳の道を馬車を走らせて、司令部がある大きな建物まで移動する。
建物の前では上級騎士が俺たちの到着を待っていた。
「遠路はるばるこのような戦地へようこそおいでくださいました。将軍閣下が中でお待ちです、どうぞお入り下さい」
年はそれほどとっていない中年の騎士が、丁寧な口調で俺に言ってくる。
元気そうに振る舞っているが、相当疲れている印象を受けた。
建物の中へ入ると螺旋階段を上って上の階へ行く。
将軍の部屋は上階にあるらしく、どんどん上がっていった。
部屋の前で騎士が止まる。
木の扉をノックして騎士が中へ声を掛けた。
「ヒックス将軍、王都よりアメツチ家当主、レイン・アメツチ男爵様が参りました」
「通せ」
騎士はドアを開けると中へ入りドアの横に立った。
俺たちもその後から中へ入る。
騎士はドアを閉め元の位置へ戻った。
「レイン・アメツチ男爵です。そしてこれらは私の家臣です」
「ハンス・ヒックス伯爵だ、遠路はるばるよく来てくれた。まずは座ってくれ」
ソファーに座るように促してくる。
俺だけがソファーに座るとワンさん達はその後ろに整列した。
「改めてよく来てくれた、王都からの使者ということだが、どのようなことだ?」
ヒックス将軍はせっかちな性格らしい、いきなり要件を聞いてきた。
「陛下の命令で最前線で戦うように言われてきました。我々六名は王都からの援軍だとお考え下さい」
「なるほどそうか、相わかった。貴殿の申し出ありがたく受けることにする。しかし助太刀は無用だ、我々だけで充分に持ちこたえられる。気持ちだけ頂いておくぞ」
つまらない時間を使ってしまった、というように失望した顔になる。
「それは戦闘に参加する許可を出さないということですか?」
「うむ、そう取ってもらって結構だ、そもそも六人で一体どうするつもりなのだ? 敵は一万を優に超えているのだぞ?」
俺が納得しないので、少し苛立ちながら将軍は俺を睨んだ。
「陛下は私に帝国勇者の討伐をしろと仰せになられました。我々はそれが達成できない限り帰れないのです」
「帝国の勇者だと? あの黒い悪魔を退治しに来たというのか?」
将軍は呆れ返っている。
「あ奴が現れてから戦線はズタボロだ、いきなり現れて破壊活動をしていく、神出鬼没で掴み所がない、こちらとしてもほとほと困っているのだ」
将軍は苦虫を噛み潰したような顔で固く拳を握りしめた。
「お力になれるかわかりませんが、陛下からの命令ですので、この地で活動させていただきますよ」
「それでも駄目だと言ったらどうするんだ?」
将軍は意地悪い笑みを浮かべながら聞いてきた。
「あまりこれは使いたくなかったのですがしかたがありませんね」
俺はおもむろに巾着袋の中から国王陛下にもらった書状を取り出した。
その書状を将軍によく見えるように開いて突き出す。
「陛下のお墨付きです、どうぞお読み下さい」
俺がかざした書状を将軍が近くへ寄って読み始めた。
「な!? 何だこれは!」
国王陛下直筆の全てを俺の判断に任せるという委任状、これを見せられては態度を改めるしか無かった。
「わかった……、いえ、わかりました。レイン殿の要塞でのすべての行動をこのハンス・ヒックス伯爵が保証します」
肩を落とし宣言する将軍は、見る影もなく疲れ果てていた。
国王陛下の委任状の事を将軍が要塞の隅々にまで伝達をした。
これで俺は好き勝手出来るようになったのだ。
まず通されたのは今日から泊まる部屋だ。
無骨な要塞の割には豪華な部屋で、将軍の俺に対する優遇が見て取れた。
俺のための大きな部屋はリビングと寝室が分かれていて、家具や調度品も高級なものが使われていた。
そしてワンさんたちには男女別に部屋を与えられ、快適な生活がおくれそうだった。
「あたし要塞ってもっとゴツゴツした寒い石だけの場所だと思ってたわ」
「そうですね、意外と内部は普通ですね」
リビングに集まって今後のことを話し合うことにする。
集まってきたセルフィア達は、要塞の意外な快適さに驚いていた。
「みんな聞いてくれ、『シャルマン要塞』では今戦闘が行われている。勇者を討伐する前にこの状況をなんとか打開しなければならないと思う。今から城壁へ上って帝国兵を撃退する」
仲間たちが真剣な顔つきでうなずく。
要塞の安全を確保しなければならない。
帝国兵には撤退してもらおう。