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153.戦闘前夜

 黒いローブの男の正体はいったい誰なのだろう。




 王国の東に位置する『シャルマン要塞』、そこは帝国に対する防衛の要である。

 要塞は今、帝国に攻撃を受けていた。

 王城で開かれていた対帝国作戦会議で、俺は戦地へ派遣されることになってしまった。

 急遽きゅうきょ馬車を走らせ、『シャルマン要塞』に向かう『白銀の女神』は、自らの意志とは無関係に戦いに身をさらそうとしていた。




 王都を出立して十日、馬車は『シャルマン要塞』近くの荒れ地を疾走していた。

 要塞に近づくにつれて近隣の町や村は戦争の色が濃くなっていった。

 俺たちが一番肌に感じたのは町や村に入るときだ。

 平時であれば王国貴族である俺の馬車は無条件で中へ入れる。

 しかし、戦線に近づくにつれて警備が強化され、入念な検問が行われるようになっていた。


 要塞に一番近い村を今朝出発して、この先には要塞しかないところまで近づいていた。

 太陽はだいぶ傾いていて午後の日差しが横から顔を照らしていた。

 未だに要塞の影すら見えない、今日は野営を余儀なくされそうだった。



「ワンさん、そろそろ野営の出来る場所を見つけてくれ、暗くなる前にテントを設置したいからな」


 御者台に繋がる小窓を開けて指示を出す。


「わかりやした、丁度前方に良さそうなところが見えやす、そこを見てみやしょう」



 馬車はゆっくりと道端に停車する。

 ワンさんとモーギュストが降りて辺りの安全を確保した。

 俺はドアを開けて外に出る。

 一日中馬車を走らせていたので、車内に缶詰状態になり息苦しい状況が続いていたのだ。

 身体の方は迷宮探索で鍛えているので全く疲労していない。

 地面に降り立つと大きく伸びを一つしてあたりを見渡した。


 何もない荒涼とした荒れ地、馬車が停まったところには大きな岩の塊があり、多少の風よけになりそうだった。


「旦那、周りは安全でさぁ、ここで野営しやしょう」


「わかったよ、今テントを出すからな」


 大岩の陰へ近づき巾着袋から折りたたまれたテントを出す。

 大きめのテントを二張出すと、ワンさんと一緒に組み立て始めた。


「レイン、テントの前にかまど作ってよ、あたしたちが夕食の準備するわ」


 馬車から降りてきたセルフィアが伸びをしている。


「そうかわかった、今作るよ。ワンさん、ちょっとまっててくれ」


「わかりやした」



 テントを張る作業を一旦中断して、かまどを作っていく。

 今日は久々にバーベキューをやるので、網焼き用のかまどを二つ、簡易かまどを一つ、合計三つのかまどを作ろうと思っていた。

 巾着袋からかまどの材料のレンガをどんどん出しながら組み上げていく。

 あっという間にかまどが出来て、その上に焼き網を設置した。


「テーブルや椅子も今出してしまうか……」


 かまどの横にテーブルと椅子を設置していく、荒野は風が強そうなので風よけのタープを設置した。

 途端に今まで吹きさらしだった野営地が、風が収まり快適になる。


 無限収納がなければ野ざらしの荒野で寒さを我慢しなければならない。

 そして冷たい簡易食料をかじるという、過酷な野営になってしまうので、イシリス様には感謝の言葉しか無かった。


 テーブルの上に今夜食べる食材を出していく。

 牛肉や豚肉の塊、野菜や果物、各種調味料に香辛料。

 あっという間にテーブルの上が色とりどりの食材で埋め尽くされた。


「後はよろしくな、期待しているぞ」


 水がたっぷり入った樽を出しながらセルフィア達に笑いかける。


「任せてよ、美味しいお肉をごちそうするわ」


 親指を立てて俺に見せてくる、俺も真似をして親指を立てにこりとした。



「ドラム、お肉よ、お食べ」


 リサが牛肉を切り分けドラムに与えている。

 ドラムは嬉しそうに頭を縦に振りながら肉を受け取っていた。




 辺りはすっかり暗くなり荒涼とした荒れ地に夜が訪れた。

 空を見上げれば満点の星空、月は地平線のすぐ上に顔をのぞかせている。

 オオカミたちの遠吠えが聞こえる。

 普通の旅人なら警戒するところだが、屈強な俺達は気にする事ではなかった。

 野営地の周りに設置した篝火があかあかと燃えている。

 大岩の下では楽しげな笑い声が聞こえていた。



「レイン、お肉美味しいでしょ? 今回もいい具合に焼けたわ」


「ああ、とても美味しいよ。もう俺の出る幕はないみたいだな」


 肉奉行のセルフィアが焼いてくれた肉はとても美味しかった。

 しっかりと焼けているのに中は柔らかく、肉汁もたっぷりで文句のつけようがなかった。

 俺がこの世界に来て最初に塊の肉を食べさせたのが一、二年前。

 それから肉を焼くことに興味を覚えたセルフィアが独自に研究を重ね、今では俺を遥かに超える腕になっていた。


「レイン様、あ~んして下さい」


 アニーがエビの身を俺の口元へ運んできた。


「ん、あ~ん」


 反射的に口を開け食べさせてもらう、このごろは慣れて何の抵抗もなく口を開けてしまうようになっていた。


「お兄ちゃん、あ~ん」


「あ~ん」


「おいしい?」


「ああ美味しいよリサ」


 みんな俺をかまってくれる。

 王都での俺の乱心から彼女たちが気にかけてくれているのがよくわかった。




 食後のデザートは王都に新しく出来た甘味処かんみどころの果物のシロップ漬けだ。

 俺の大好物のりんごのような果物のシロップ漬け、それを進化させたデザートでいろいろな果物が一つの器に入っていた。

 蜜柑に林檎にパイナップル、桃に梨にサクランボ、微妙に日本の果物とは味が違うが、とても美味しい果物のシロップ漬け。

 女性陣に大好評でみんなどんどんおかわりをしていく。


(あれだけ食べたのに一体どこに入っているんだ……)


 王都を離れる前に大量に購入したから、どれだけ食べても無くならないけどね。



「みんな、食べながら聞いてくれ。明日は『シャルマン要塞』に到着予定だ。戦況次第では、すぐに帝国兵との戦闘になるかもしれない。その事を肝に銘じておいてくれ」


 仲間たちを見渡しながらゆっくりと説明していく。

 みんな真剣に俺の言葉に耳を傾けていた。


「今回の戦闘は命令されたもので俺たちが自主的に望むものではない。これは俺の不徳の致すところだ、申し訳ない」


 みんなに深く頭を下げる。

 これから行うことは人間の殺害。

 貴族の命令に逆らえなかった俺の責任だった。


「レイン、そんな事しないで、あたし達は気にしていないわ」


 セルフィアが俺に抱きつき頭を上げさせる。

 みんなセルフィアと同じ意見で口々に俺を励ましてくれた。


「旦那、その話はもう言わないでくだせぇ、あっしは旦那に自主的についてきたんでさぁ。旦那のことをこれっぽっちも恨んでいやせんよ」


「そうですよ、レイン様は一人で悩みすぎです。もっと私達に相談して下さい」


 アニーが微笑みながら手を重ねてくる。


「ありがとうみんな、今日でこの話はしないことにする。明日からは激しい戦闘になるぞ、体をゆっくり休めて明日に備えてくれ」


「「「「「「了解!」」」」」」


 みんな笑顔で応えてきた。


「ああ、それからこれだけは言っておく。みんな生きて帰るぞ、そして迷宮探索をまたしよう」


「そうこなくっちゃ!」


「わかりました!」


「オッケー!」


「わかりやした!」


「わかったわ!」


「ガウ!」


 みんなが立ち上がり拳を振り上げる。

『白銀の女神』の士気はかなり高くなった。





 いつまでもグチグチ考えていてもしかたがない、早く目的を終えて迷宮探索をしよう。 

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