152.出兵
長身貴族の策略にはまり戦争に参戦することになってしまった。
色々思うこともあるが、拒否することは出来なかった。
首都オルレニアから東へ向かうと大穀倉地帯が広がっている。
そこを抜けると左右を険しい山々が取り囲んだ盆地が見えてくる。
戦線はまさにその盆地に築かれた要塞、守りの要、『シャルマン要塞』まで押されていた。
王国は『シャルマン要塞』を絶対死守しなければならない。
ここを落とされれば次はオルレニア市が直接狙われてしまい、滅亡の危機にさらされてしまうのだ。
しかしそう悲観する必要はない、『シャルマン要塞』を落とすのは並大抵なことではないのだ。
幾年月もかけて強化してきた要塞は難攻不落を誇っていた。
『シャルマン要塞』に向かう朝、俺はリビングで寛いでいた。
暴れまわって部屋を壊してから三日、宿屋の主人に謝って多額の賠償もした。
主人は怒るどころか俺のことを心配してくれて、とてもありがたかった。
旅の準備は昨日までに済ませ、巾着袋の中には大量の食料が詰まっていた。
モーギュストの新しい鎧は結局間に合わなかった。
錬金術の材料が揃わず、今回は諦めることにした。
しかたがないので、『水神の障壁』、『火神の障壁』、『魔導雨具』などの基本的な魔道具だけを鎧に組み込んでもらい、モーギュストの新しい鎧となった。
引き続き錬金の材料は集めてもらい、後で改造することにした。
モーギュストが言うには、バンパイア・ロードにはかなわないけど、かなりの戦力アップはしたらしい。
もし生きて戻れたときは、本格的に改造すると意気込んでいた。
宿屋の前に黒塗りの馬車が停まっていた。
もちろんそれはアメツチ家の馬車で、御者台にはワンさんが乗っていた。
セルフィア達は既に乗車している。
モーギュストも馬車の後ろのステップに立ち準備万端整っていた。
「レイン様、無事のご帰還、心よりお祈りいたします。帰還した暁にはまた手前どもの宿をご贔屓下さい」
丁寧な主人の言葉に笑顔で挨拶する。
「色々迷惑をかけしまった、戻ってきたときは必ず寄らせてもらうぞ。さらばだ」
馬車に乗り込み椅子に深く座る。
ワンさんの掛け声で馬車は滑るように走り出した。
王都の大通りを入出門目指してひた走る。
車窓から王城が見えるが、王都に来た時に感じたわくわくした気持ちはもう無くなっていた。
(絶対戻ってきてやる! 戻ってきてあの貴族たちを見返してやるぞ!)
王城の尖塔を睨みながらしっかりと目に焼き付ける。
狂った歯車をもう一度戻すのだ。
俺は迷宮探索を諦めたわけではない!
王都の入出門が見えてきた。
相変わらず人でごった返している。
ワンさんは馬車の速度を落とさずに貴族専用門へ進んでいく。
俺の馬車を見た衛兵たちが整列していく。
衛兵たちの横には見慣れぬ騎士の一団が見て取れた。
よく見るとそれは近衛騎士団、副団長ゴルドン・マックステープとその部下たちだった。
更に騎士詰め所で見知った上級騎士や衛兵たちの顔も見える。
更にエレオラが列に加わっている。
出兵することになった時点で、俺の家来を解任して元の役職へ戻したのだ。
「レイン・アメツチ男爵に敬礼!」
騎士たちと衛兵たちが直立不動で敬礼をする。
市民たちも俺たちの出兵を知っているのか手を振って見送ってくれた。
ワンさんが速度を落として見送りに応える。
俺も車窓から手を振ってみんなに別れの挨拶をした。
エレオラが泣いているのがちらりと見えた。
もしかしたら深い関係になったかもしれない女性騎士、彼女のことは忘れることはないだろう。
門をくぐり抜け、新緑の大地を東へひた走る。
青々とした麦畑が風に揺れてざわめいていた。
向かうは戦線、『シャルマン要塞』。
要塞を死守しなければ王国は持たないかもしれない。
「ねぇレイン、どのくらいで『シャルマン要塞』につくの?」
車窓から麦畑を眺めながらセルフィアが質問してくる。
「どうだろうな、順調に行けば十日前後じゃないか? しかし戦地に近い地方はスムーズに進めないかもしれないよ」
「『シャルマン要塞』より帝国側の村人は避難しているのですか?」
「いや、逃げる場所なんてないからそのままだろ、きっと野党や傭兵くずれが好き放題しているだろうな」
「可哀相ね、リサたちが早く助けてあげようよ」
「そうだな、出来れば帝国兵を追い出したいな」
リサの頭を撫ぜながら理想を語る。
しかし現実は残酷だ、今頃要塞から東の地では帝国兵や野党による略奪や暴行、殺人などが繰り広げられているだろう。
特に女性達は、強姦され奴隷にされ、絶望で命を断つ者もいるだろう。
たった六人と一匹では彼ら彼女らを全て救うことなど不可能なのだ。
(俺に課された命令は帝国勇者の討伐だ、出来るのならさっさと終わらせてミドルグヘ帰ろう)
「ミドルグに帰ったら迷宮で暮らすのもいいかもしれないな……」
俺は小さな声で考えを呟いた。
「そうね、アトラスさんの家の横にあたし達の家を作って、仲良く暮らしたいわ」
「賛成ですね、静かに暮らしたいです」
「いいなぁ、森の中で暮らしたい!」
みんな俺の意見に賛成してきた。
人間たちの世界より魔物の世界のほうが平和だなんて笑ってしまうな。
ー・ー・ー・ー・ー
戦地への旅路で俺は考え込むことが多くなり、ふさぎ込むことが多くなった。
馬車が戦線へ近づくに従って仲間たちの命が無くなっていくように思えたのだ。
現状、帝国の勇者と戦ったら確実に命を落とすだろう、仲間たちは自主的に付いて行きたいとは言ってくれたが、最終的に決定したのは俺だ。
俺がみんなを死地に送ることと何ら変わりは無かった。
そんな俺をセルフィア達は何かと気にかけて励ましてくれた。
セルフィアの膝の上に頭を乗せ、アニーに足をもんでもらう。
リサは俺の手を擦ってくれる。
自分でも情けなくなるほど彼女たちに甘えてしまい、自己嫌悪に陥ってしまった。
俺が考えていたのは黒ローブの男のことだ。
帝国の勇者、大魔導師。
対峙した途端に勝てないと悟った強敵。
俺たちも相当強くなっていたのに、あの時はっきりとした格の違いを感じた。
奴のことを考えると妙な感覚になる。
ひょっとしたら俺はアイツのことを知っているんじゃないだろうか?
一生懸命に思い出そうとするが、どうしても思い出せない。
当たり前だ、奴に会ったのは謁見の間のほんの一瞬、俺が奴を知っているなんて馬鹿げているのだ。
そう言えば奴は変なことを言っていたような気がする。
なんだっけ、思い出せない。
俺たちは謁見の間になだれ込んで奴と対峙したんだ。
そして奴は言った。
『もう少しのところだったのに邪魔しないでよ』
これは国王を後少しで殺害できたということかな?
しかし奴の実力なら俺たちもろとも殺すことが出来たのではないだろうか。
次は何だっけ……。
そうだ、たしかこんなこと言っていた。
『帝国へ攻めてきなよ、そうすれば僕と戦える』
『もっと強くなって僕を楽しませてくれ』
ふざけた奴だ、完全に俺をなめている。
最後はなんて言っていたんだっけ。
『そろそろ時間だ、また会おうレイン』
これだ、俺はここに違和感を覚えたんだ。
なんで俺の名前を知っているんだ?
あの時俺の名前は呼ばれていなかった。
ネルソンさんも宰相も俺のことをアメツチ殿、アメツチ準男爵と言っていたはずだ。
仲間たちが言ったのか?
いや、あの場では誰も発言してないはずだ。
(奴は俺のことを知っているのか……)
考えがまとまらず頭の中がぐるぐると回っている。
もう少しで思い出せそうな気がする。
旅はまだ始まったばかりだ、焦らずじっくりと考えよう。