151.大爆発
衝撃の事実が発覚した。
俺は男爵になったので領地を与えられ、領地経営で迷宮探索している暇もなくなるそうだ。
俺は今日も朝早くから王国の会議に出席していた。
会議に出席しているのは王国の重鎮ばかり、お歴々の中で浮いた存在の俺は、末席に座って話を聞いているだけだった。
襲撃から二日が経ち、急ピッチに城の修復が開始されている。
慌ただしく職人が行き交い、城はどんどん修復されていく。
そんな中会議室では帝国との戦争の話で喧喧囂囂の大論争となっていた。
「みなさん! 今すぐ帝国との戦線に大量の兵士を送るべきです! 今までが甘かったから先の襲撃を招いたのですぞ!」
「しかし戦費が馬鹿になりませんぞ、このままでは国が破綻してしまいます」
「それは帝国でも同じことだぞ! 今、躊躇して派兵しなければ更に帝国をつけあがらせることになるぞ!」
武官、文官、貴族、みな意見がまとまらずなかなか結論が出ない。
俺は椅子に座って話を聞きながら半ば呆れていた。
(王国ってもっと優秀なイメージだったんだけどな……、国王陛下は帝国をもう少しで滅ぼすところじゃなかったのか……)
聞いた噂話とは大きくかけ離れた現状に言葉も出なかった。
「報告によれば今現在帝国の進軍は、我が王国の最大にして最重要拠点、『シャルマン要塞』にまで迫っているとのことです」
若い武官が報告書を読んでお偉方に説明をしている。
「何ということだ、軍部は何をしているのですか? 先の大戦で切り取った大部分が帝国に奪われてしまったではないですか」
昨日も過激な発言をしていた、目のつり上がった細身の長身貴族が、軍部を糾弾していた。
先の大戦とは国王陛下が帝国の侵攻を押し戻して、そのまま敵国へ攻め入った戦争のことを言っているのだろう。
(これ、王国駄目じゃないのか? なんでそんなに弱いんだ?)
「なんでそんなことになったのだ! 将軍! 説明しろ!」
肥満体貴族が顔を真赤にして怒り狂っている。
「我々は苦しい状況でも善戦している。しかし、帝国に勇者が出現して状況が変わったのだ。勇者さえいなければこんなことにはならなかったのだ!」
武官のトップらしき髭の将軍が、悔しそうに拳を握りしめている。
「そんな言い訳が通用するとでも思っているのですか? 勇者だかなんだか知らないが、一人の人間に戦局をひっくり返すことが出来るはずがないでしょう」
長身貴族が将軍に更に詰め寄る。
「だが事実なのだ! 勇者は信じられないほどの力を持っていて、その魔法で兵士たちを一瞬で行動不能にしてしまうのだ。更に他の場所では魔物をけしかけ襲わせたり、大雨を降らせて行軍を妨害したり、やりたい放題暴れまわっているのだ」
「にわかには信じられませんね、それで対策はもうとっているのでしょうね?」
「勇者は神出鬼没なのだ……、我々では全く歯が立たない、悔しいがこれが今の現状だ……。もう一度言うが、勇者さえいなければ戦局はまだ立て直せるのだ!」
「ほう、その勇者さえいなければ戦争に勝てると言うのですね?」
長身貴族が意地悪い質問をした。
「もちろんだ、やつが現れる前までは我々が押していたのだ、あやつさえいなければ!」
ドンッと机をたたき髭の将軍はブルブルと震えている。
「それではこちらも前線に送ろうではありませんか、あちらが勇者ならこちらは英雄がいますよ」
長身貴族の言動に一同ざわめいて隣同士で話し合ったりしている、時折こちらをチラチラ見たりしていた。
「まだわかりませんか? 少人数で帝国兵を蹴散らした強力な戦力を持つ貴族がこの場にいるではありませんか」
長身貴族がこちらを向いて俺を見てきた。
(え? それってもしかして俺のことか? ちょっとまってくれ! 戦争なんて行きたくないぞ!)
会議に参加している全員が一斉に俺をみる。
(なっ! 冗談じゃないぞ、なんで戦争に行かなければならないんだ!)
「アメツチ男爵、昨日の襲撃事件で帝国勇者を鮮やかに撃退したそうではないか、貴殿なら帝国の勇者を排除することが出来るのではないか?」
長身貴族が薄笑いを浮かべながら俺に問うてきた。
陛下を始め宰相、貴族や武官、文官まで俺を期待した眼差しで見ている。
(いやいやいや、撃退してないぞ、勝手に帰っていったんだよ!)
心の中で否定したが口ではもちろん言えるわけない。
この場にいる全員が俺よりずっと偉いお貴族様で、逆らったらどうなるかわかったものではなかった。
それに俺一人ならどこかに逃げればいいが、仲間たちのことを考えるとそうすることもできそうになかった。
「アメツチ男爵、やってくれるか?」
国王陛下が直々に言ってくる。
(一応「やってくれるか?」なんて言ってるけど、それもう命令だよね?)
「ははぁ! レイン・アメツチ、王国と国王陛下のため全力で帝国勇者を撃退して参ります」
(断ることが出来ない状況で俺に話を振ってくるなんて、あの長身貴族覚えてろよ!)
「そうか、やってくれるか。見事役目を果たした暁にはさらなる褒美を取らせることを約束するぞ」
国王陛下は満足そうにうなずくと自ら拍手をした。
会議室が拍手に包まれる。
俺は貴族になって初めて後悔した。
俺は途中で会議室を出た、出たと言うより追い出されたのだ。
事は早いほうがいいと長身貴族が言ってみんな同意した。
国王陛下は俺が会議室を出る間際、一枚の書状をしたためた。
それは、これから赴く前線での特別優遇の書状。
平たく言えば陛下の代理としてなんでもやっていいという書状だった。
これを見せればどんな偉い司令官でも俺には逆らえないらしい。
無理難題を押し付けてしまった事への、陛下なりの謝罪なのかもしれない。
ー・ー・ー・ー・ー
もやもやが心を支配している。
いや、これは怒りだ。
どいつもこいつも笑っていやがった。
いいように利用されているに違いない。
特に長身貴族は狙って俺を戦争へ行かせたような気がする。
ギルド長の「貴族になんてなっても良いことは一つもないぞ」と言われたことを思い出してギュッと唇を噛んだ。
馬車に揺られて宿屋へ到着する。
宿屋の主人が出てきて迎えてくれたが、怒りで頭が一杯の俺は、無言で横を通り過ぎ大股で階段を登っていった。
主人や従業員はびっくりしながら俺を見送る。
きっと俺の顔は今すごく怖い顔をしているのだろうな。
乱暴に扉を開きリビングに入っていく。
びっくりした仲間たちが一斉に俺の方に振り返った。
テーブルの上には陞爵パーティー用の飾り付けが並べられていて。
アニーやリサが飾りを作っていた。
奥の壁には横断幕が貼ってあり、セルフィアが「祝、男爵、陞爵、おめでとう」と書いていた。
エレオラも楽しそうに飾り付けを手伝い、リビングは祝賀ムードで楽しげだった。
みんなを無視して寝室のドアを蹴破り中へ入る。
「クソッ、チキショウ~!」
怒りを爆発させた俺は、鎧を次々に外すとそこいら中に投げ捨てた。
鎧はすごいスピードで壁にめり込み床をえぐっていく。
「レイン!? どうしたの!? やめて!」
「レイン様、落ち着いて下さい!」
セルフィアとアニーが暴れる俺に駆け寄って抱きついてくる。
一度も暴れたことのない冷静な俺が暴れている、戸惑いながらもなんとか俺をなだめようと必死だった。
「クソッ~、邪魔だ!」
『身体強化』を発動して彼女たちの腕を離れる。
「クソ野郎! どいつもこいつも俺を利用しやがって! 貴族なんてならなければよかったんだ!」
暴れ始めると今までの鬱憤が噴出して自分でも止められなくなる。
ベッドや机を持ち上げて投げ捨て、どんどん破壊していく。
ひと通り破壊尽くすと部屋の真ん中に崩れ落ちて泣き始めた。
「なんでだ! 俺が何したっていうんだ!」
セルフィアたちが恐る恐る近づいてくる。
もう暴れる気がない俺は、彼女たちに抱きしめられながらずっと泣いていた。
「すまない、取り乱してしまった。ああ、なんでこんな事をしてしまったんだ……」
ひと通り暴れまわり泣きわめいた後、部屋の惨状を見て俺はとても後悔していた。
頭を抱えてうずくまる。
寝室は全壊、リビングの一部も壊されている。
壁の一部は綺麗に崩れていて、リビングと寝室はつながってしまった。
「旦那、訳を聞いてもいいでやんすか?」
ソファーに座った俺にワンさんが静かに聞いてくる。
俺の隣にはセルフィアとアニーがぴったりと寄り添い、俺の頭を撫ぜていた。
リサは少し離れたところでエレオラの後ろに隠れて心配そうに見ている。
(嫌われてしまったかもしれないな、暴れまわるなんてことしたからしかたがないな……)
「今日会議で戦争へ行けと言われたんだ……、帝国の勇者を倒してこいと言われた……」
リビングの中が一瞬どよめく。
「国王の危機を救ったのに褒美が派兵だなんて笑わせるぜ」
「そんなことがあったんでやんすか……」
ワンさんもさすがにびっくりして口数が少なく後が続かない。
「戦争にはオレ一人で行くことにする。みんなも見ただろ? あの勇者を倒せると思うか? きっと返り討ちにされるよ」
強大な魔力をいとも簡単に操る大魔導師、禁忌の闇魔法を無詠唱で魔法陣もなく瞬間的に唱えた実力。
あの時死を覚悟した俺は、これ以上仲間たちを巻き込むことは出来なかった。
「旦那、勇者が強いのはあっしもわかりやす。きっと旦那の言う通りでやんす。でもあっしはついていきやすよ。旦那に助けられた命、決して旦那より長く生きるつもりはありやせん」
「僕も同じだよ、レインさんの盾になって先に死ぬのが僕の役目だからね」
「レイン、そんな悲しいこと言わないで、あたしは絶対あなたのそばを離れるつもりはないわ」
「私も同じですよ、イシリス様の使徒を一人で敵地へ送ることはいたしません」
「そうか……、みんないいんだな? 今回の旅は戻ってこれない片道だぞ」
仲間たちは大きくうなずき、みなついてくると言った。
「お兄ちゃん、リサも……」
「駄目だ!」
俺はリサの言葉を最後まで聞かなかった。
「リサ、君は連れていけない、これは戦争だからじゃないぞお兄ちゃんたちは生きて帰れないんだよ。わかってくれ」
「いやよ! 前にも言ったじゃない一人にしないって! お願い連れて行って!」
リサが泣きながら俺に抱きついてくる。
俺は辛すぎてリサの顔を見ることが出来なかった。
「レイン、どうかリサも連れて行って、もう私達は離れられない仲間なのよ。リサも『白銀の女神』の正式なメンバーよ」
「私からもお願いします。私達は一心同体ですよ、レイン様もわかっておられるはずです」
セルフィアとアニーが微笑みながら言ってくる。
(そうか…… そうだな、もう離れられない体の一部のようなものなのか……)
俺はこわばった体の力をゆっくりと抜いていった。
「リサ、一緒に来てくれるか? お兄ちゃんを助けてくれ」
「うん、一緒に行くわ、助けてあげるわ」
大粒の涙を流しながらリサが微笑む、俺はしっかりと抱き寄せるとしばらく一緒に泣いた。
最初から諦めては駄目だ。
リサのため、いや、イシリス様がくれた俺の第二の人生のため、帝国勇者を倒して絶対に戻ってくるぞ。
俺はリサを抱きしめながら強く誓うのだった。