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150.閑話4~目障りな貴族~

この閑話は、王城炎上中から翌日の午前中までの別の人物たちの話です。

 エドモンド・ウィンチェスター侯爵は、寝室の扉がノックされる音で眠りから覚めた。

 枕元の時計を見るとまだ夜中であることがわかった。


(何事だ? このような時間に……)


 おもむろに起き上がると部屋の中を見渡した。

 侯爵の体はまるまると太っていて、長年の美食と運動不足がたたっていることは明白だった。

 歳は中年を超えてそろそろ老年に差し掛かっている。

 先の国王の王弟おうていで現国王、ベルンハルト三世の叔父おじにあたる大貴族だった。



 物音を聞いて部屋の隅を見ると、夜番のメイドが椅子から立ち上がり扉へ向かうところだった。

 メイドはドアを開けると扉の向こう側にいる誰かと話をしていた。

 二言三言話をするとメイドはこちらへ寄ってきた。


「エドモンド様、家令が至急伝えたいことがあるそうです」


「今じゃなくてはいかんのか? 今は夜中だぞ?」


「はい、どうしてもお伝えしなければいけないことだそうです。家令を部屋へ入れてもよろしいでしょうか?」


「まあ、仕方がないだろう。通せ」


 侯爵は夜中に起こされたことは初めてなので、不安に感じながらもベッドから起き上がりソファーへ移動をする。



 メイドは侯爵の肩に上等なガウンをかけてから、家令を部屋へ入れるため扉に向かう。

 すぐに家令が入ってきて侯爵の前で深々とお辞儀をした。


「エドモンド様、ご就寝中失礼いたします。早急さっきゅうにお耳に入れて置かなければいけない事態が起こりました」


 家令の顔色は蒼白で今にも倒れそうだ。


「ワインを持ってくるのだ、少し飲むことにしよう」


「かしこまりました」


 深々とお辞儀をしたメイドは寝室の隅にある戸棚にワインを取りに行く。



「それで、何が起こったんだ。手短に申せ」


「はい、先程夜警の兵士からの報告で、王城方面に火の手が上がっているとの報告を受けました。今確認のため兵士を王城へ送っておりますが、どうも反乱や襲撃などの外部要因が疑われます」


「そうか、それでこちらには被害はないのだな?」


「はい、邸外を固めて侵入者に備えておりますのでそこは安心して下さい」


「そうか……」


 侯爵は何かを考え込むように黙り込む。


「エドモンド様、ワインをお持ちしました」


 メイドが杯にワインを注いでテーブルに置く。

 侯爵は何も言わず杯を持ち上げると一気に中身を飲み干した。

 メイドに向かって杯を差し出しお代わりを要求する。


「このような緊急事態にはどうすることが一番良いのだろうな。教えてくれ」


 一息ついた侯爵は家令に今後の方針を聞く。


「はい、兵士が戻ってきてからで無くては正確なことはわかりませんが、王城で火災が発生しているということは、国の一大事でございます。速やかに救援の兵を差し向けるべきだと思われます」


「しかし反乱が起きているのなら、この屋敷の警備を強化しなくてはいけないのではないか? こちらにまで反乱分子が攻撃してきたらどうするのだ」


 自分の身が一番大事な侯爵は、家令の意見に難色を示した。


「エドモンド様のおっしゃることはごもっともでございます。ですので偵察に出ている兵士の帰りを待ってから方針を決めましょう」


「そうだな、しばし待つとするか……」




 結局、侯爵は王城へ救援の兵を送ることはなかった。

 偵察から戻った兵士からの報告で、帝国兵が王城を焼き討ちしていることを知ると、侯爵邸の警備に全勢力を配置して籠城を決め込んだ。



ー・ー・ー・ー・ー



 一夜明け、侯爵邸へ王城から兵士が報告に来た。

 帝国兵の襲撃と国王陛下の安全確保、帝国兵撃退の知らせが届く。


「まずいことになったぞ」


 邸内のリビングで侯爵は焦っていた。

 身の保身から救助の兵を差し向けることをせず、邸内に籠もってしまった侯爵は、国王陛下への言い訳を懸命に考えていた。


「エドモンド様、そろそろ王城へ登城をなされたほうがよろしいかと、他の貴族たちも続々と王城へ集まっています」


 家令がすまし顔で進言してくる。


「わかっておる、仕方がない参るぞ」


 鎧に身を包んだ侯爵は黒塗りの馬車へ乗り込むと、一路王城へとむかった。




 王城の正門を馬車で走り抜けると車速を落として城へ近づいていく。

 至るところに破壊の痕跡があり、王城の変わり様に侯爵は絶句していた。

 慣れ親しんだ美しい城は、無残に破壊されて見る影もない。

 まだ城のあちこちから煙が上がっており、完全に鎮火してはいなそうだった。


 馬車が王城正面に横付けされると、馬車の扉が開くと同時に外へ出る。

 王城の扉は開け放たれており、黒いすすで汚れていた。

 侯爵はあまり早く動けない体に鞭打ちながら王城内部へ入っていく。

 城内に居た武官や文官が侯爵を見つけると飛んできて説明を始めた。


 ひと通りの状況説明を受けながら、どんどんと城の中を突き進んでいく。

 見るもの全てが破壊され尽くしている現状に、侯爵の顔色がどんどん悪くなっていった。


(なんてことだ、これほどまでにひどい有様とは……、国王陛下のお怒りは相当なものだろう、なぜ救援の兵を送らなかったのだ)


 侯爵の頭の中は、自身の判断ミスを後悔し、どうやって国王陛下に申し開きをしようかということでいっぱいだった。



「ウィンチェスター公、ご無事でしたか」


 急に背後から声を掛けられる。

 考えに没頭していた侯爵は、ビクッとして我に返り後ろを振り返った。


「おお、ダベンポート伯ではないか、貴殿もいま来たところか?」


「はい、夜が明けてから来たのですが、王城の有様に驚いているところですよ」


 伯爵の後ろには長身で目付きの鋭い中年貴族が立っていた。

 彼の名前はジェローム・ダベンポート伯爵、王都ミドルグより南の広大な領地を治める大貴族だった。


「儂も同じだ、これだけの被害で国王陛下の御身が無事だったことは不幸中の幸いだな」


「ええそうですね……、そのことで少しお話をしたいことがあるのですが……、お時間をよろしいですか?」


 ダベンポート伯爵が侯爵に近寄り耳打ちする。

 侯爵としても貴族たちの動向を知りたいところだったので、快く申し出を受け、近くの比較的被害の少ない部屋へ場を移した。




「して、話とは何だ?」


 周りに人が居ないのを確認してダベンポート侯爵に話を促す。

 侯爵は用心深く周囲を見渡すと、誰も居ないことを確認してから話し始めた。


「今回の王城の襲撃は帝国の勇者の仕業しわざのようです。勇者は突然王城の中庭に現れまたたく間に警備の兵士たちを殺害した模様ですよ」


 帝国兵の仕業だということは侯爵も知っていた。

 だが勇者が直接陛下の命を狙ってくるとは思わなかった。

 伯爵からの情報に唖然としてしまう。


「しかし、よく陛下はお命を取られなかったな、帝国の勇者の強さは儂も知っておるぞ」


「その事なのですが、昨夜の襲撃の際に王城へ駆けつけた貴族がいるようです。その貴族の働きによって帝国兵は全滅をし、勇者も不利を悟って撤退したそうですよ」


「なんと! そのような剛の者が王国貴族に居たのか、して名は何という者なのだ」


昨今さっこん、『ミドルグ迷宮』で武功を立て、陛下へ宝物を献上したレイン・アメツチ準男爵です」


「おお! あの成り上がり者か! 気に食わない小僧だと思っていたが冒険者だけあって腕力は強いのだな!」


 侯爵は感心して唸っている。


「彼は腕力が強いという範疇はんちゅうを超えておりますよ、王城へ駆けつけた彼の戦力は彼を入れてたった六名です。その六名で百名に届く帝国兵を全て討ち取ってしまったようです」


「何! たったそれだけで帝国兵を殲滅したのか!? それは少し危険だな……」


「そうでしょう、私もそこを危険視しているのです。彼は王国にとって不穏分子になる可能性を秘めておりますよ」


「いかんな……、そのような成り上がりものを王国貴族の一員としておくのはまずいな」


「そう思いますよね? そこで私に考えがあります」


 さらに具体的な話をしようとすると文官が戸口へ現れてお辞儀をしてきた。


「侯爵様、伯爵様。まもなく御前会議が始まります、皆様もうお集まりでごさいますよ。お二人もお急ぎ下さい」


 文官は言いたいことだけを言うと、頭を下げてから足早に部屋を出ていった。


「いいところなのに邪魔をしおって……、ダベンポート伯、この続きは会議が終わってから儂の館で話し合おうではないか」


「わかりました、では後ほど」


 二人は時間をおいて部屋を出ていく。

 侯爵が先に去り、暫くすると伯爵も居なくなった。





 二人の大貴族がその後どのような話をしたのかは誰も知らない。

 わかっていることは、レインにとってよくない悪巧みが話されたことだけだった。     

出る杭は打たれる。貴族の世界は厳しいのです。

レインは一体どうなるのでしょうか。

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