149.探索者廃業?
陛下を助けたら男爵になってしまった。
王都の大通りを黒塗りの馬車が走っている。
四頭立てのその馬車は王室の特別な馬車で、なかなか見ることは出来ない代物だった。
馬車には警護のため騎乗した騎士たちが、前後に二人ずつ付き添っていた。
街の人々は何事かと通りに出てきて見物している。
その中をゆっくりとした速度で走っていくのだった。
向かっているのは『金色の真鮒亭』、俺が昨日から泊まっている高級宿だった。
『王室御用達 金色の真鮒亭』と大きく掲げられた看板の下、黒塗りの馬車は停車する。
店の主人や従業員が慌てて中か出てきてかしこまった。
警護の騎士たちが次々と馬から降りて直立不動になる。
馬車の後ろのステップに立っていた警護の衛兵が、地面に降り立つとうやうやしく馬車の扉を開けた。
車内に乗っているのはもちろん俺だ。
衛兵に降りるための台を差し出された俺は、ゆっくりとした歩調で地面に降り立った。
「おかえりなさいませ、アメツチ様」
宿の主人が深々と頭を下げる。
「この度は男爵位に陞爵、おめでとうございます」
主人はもちろん従業員も一斉にお辞儀をする。
(なんで知っているんだ……、ついさっき陞爵したばかりなのに……)
商人の情報網は侮れないものがあるな、さすがは王都一の宿と言うことだろうか。
「それでは、アメツチ男爵様、また明日お迎えに参ります」
騎士たちは一礼すると馬に乗り込み去っていく。
「ささ、おつかれでしょう? どうぞ中へお入り下さい」
主人が満面の笑顔で俺を宿の中へ案内する。
俺は疲れた様子を主人達に見せないようにしながら宿へ入っていった。
「ただいま……」
宿の最上階、全室貸し切りのフロアーのリビングに俺は入る、仲間たちが一斉にこちらを見た。
「レイン! 大丈夫だった!? 変なこと言われなかった!?」
セルフィアが心配顔で右腕に飛びついてくる。
「レイン様、お顔が優れませんよ」
アニーが左腕を包み込んだ。
「お兄ちゃんおかえりなさい!」
リサが正面から飛びついてくる。
「旦那、どうでした? なにかわかりやしたか?」
「レインさん! おかえり!」
「レイン様、おかえりなさいませ」
一人ひとりが心配そうに俺を見ていた。
王城での会議に出席、あまりにも恐れ多い出来事にみんな気が気じゃなかったようだ。
「とりあえず座ってから話そうか」
鎧を脱ごうとすると女性陣四人が一斉に俺に取り付き、優しく鎧を外していった。
俺はソファーに腰掛ける。
ゆっくりと沈み込むように座り一息ついた。
「今お茶を入れますね」
エレオラが気を利かせてお茶を入れに行く。
その間目をつぶって疲れた頭を休ませていた。
セルフィアは俺の様子を心配そうに見ながら体を擦ってくれる。
アニーが清潔な布を水で濡らしてきて優しく顔を拭ってくれた。
リサは俺の膝の上に頭を乗せて心配そうに見上げている。
ワンさんとモーギュストは平常運転で、静かに俺の言葉を待った。
「おまたせしました」
エレオラが全員分のお茶の入ったコップをテーブルに置いていく。
香ばしい香りがリビングに充満して気分をほぐしてくれる。
一口飲んでやっと落ち着いた俺は、今日の出来事をみんなに話していった。
「会議は明日に持ち越されたよ、混乱していてまだまだかかりそうだ」
俺は明日も王城へ行くことをみんなに伝えた。
観光に来たつもりが大変なことに巻き込まれてしまった。
明日からの王都観光は、俺を除いて行ってもらうしか無い。
会議の内容は秘密事項なのですべて話すことは出来ない。
どこに帝国の耳が潜んでいるかわからないからな。
その事をみんなに言うと納得してくれて、深く聞いてくることはなかった。
「みんなに伝えなければならないことがある」
俺がそう切り出すと一同真剣な表情になる。
リビングが緊張で静まり返った。
「昨夜の襲撃事件での国王陛下救出の功績で、男爵に陞爵した」
みんな動きが止まり驚いている。
「どうした? 喜ばないのか?」
あまりに無反応に思わず聞いてしまった。
「凄いわ! ああレイン! 男爵なんて大変な出世よ!」
セルフィアが思いっきり抱きついてくる。
柔らかい何かが押し付けられとても気持ちいい。
「流石ですレイン様! やはりレイン様はイシリス様の使徒様です!」
アニーがセルフィアを俺から剥がし抱きついてくる。
大きな何かが俺の顔を覆い息が出来なくなった。
「お兄ちゃん凄いね!」
リサは俺の腹に頭をグリグリと押し付けて興奮している。
「ちょっとアニー! 離れなさいよ、そこは私の場所よ!」
「いいえ、ここは私の場所です。レイン様も嬉しがっています」
セルフィアとアニーが俺を挟んでじゃれ合い出した。
サンドイッチ状態の俺は彼女たちの気持ち良い感触で、疲れを癒やすのだった。
「レインの旦那、おめでとうございやす。あっしは嬉しくて泣けてきやす」
ワンさんは号泣して顔が涙でべたべただ、俺の出世がワンさんの最大目標なので、今回の陞爵は何より嬉しいのだろう。
号泣するワンさんの横でモーギュストはひとり冷静にしている。
(モーギュストは俺が出世したのを嬉しくないのかな?)
「どうしたモーギュスト、嬉しくないのか?」
少し不安になって聞いてみる。
「嬉しくないはず無いじゃないか、とても嬉しいよ。でもこれで迷宮探索も終わりだと思うと少しさみしいよ」
「え? どうして終わりなんだ? 俺はそんなこと一言も言ってないぞ」
俺はみんなを見渡す、女性陣は何が何だか分からないという顔をしてるが、ワンさんだけはわかっているようだ。
「ワンさんはわかっているのか? 説明してくれよ」
「わかりやした」
涙で濡れた顔を俺が使った濡れた布でゴシゴシと拭きまくる。
さっぱりとした顔で復活したワンさんは淡々と語り始めた。
「準男爵と男爵の違いはただ偉さだけじゃありやせん。一番の違いは領地を持つか持たないか、これでやんす」
ワンさんの説明に一同理解する、若干まだわからない者もいるが、少なくとも俺は理解した。
「男爵になった旦那は、近いうちに領地を陛下から拝領しやす。そうなると領地経営で大変忙しくなり、迷宮どころではなくなると思いやす」
「そうだよね、だから僕は嬉しいけど寂しいって言ったんだよ」
「モーギュスト、旦那の出世を喜ぶのが家臣でやんす。思っていても言葉にしては駄目でやんすよ」
「そうだね……ワンさんの言うとおりだよ、ごめんなさい。レインさん男爵に陞爵おめでとう」
モーギュストは笑顔になって俺を祝ってくれた。
「ねえ、どこに領地もらったの?」
「まだ決まってないよ、陞爵だけが決まっただけで、その他は後日決めると言われたんだ」
王国は昨日の惨事でゴタゴタしている。
俺の領地の決定はもう少し先のことだろう。
「さあ、これから忙しくなりやすよ、旦那の陞爵を祝うパーティーをしやしょう。そして貴族の事を勉強しやしょう。観光なんかしている暇なんてありやせんよ」
「そうね、今日から準備と学習で忙しくなるわね!」
みんな嬉しそうに語り始める。
(そうか、俺だけ観光できないわけではないんだな)
仲間はずれにされないことを俺は嬉しく思うのだった。