148.会議……、そして
ギリギリのタイミングで謁見の間に突入した『白銀の女神』は、なんとか国王陛下の安全を確保した。
「君のせいで国王を殺しそこねたよ、どうしてくれるんだい?」
帝国兵の中から黒いローブを着た男が前に出てくる。
男の身からにじみ出る強者の気配に俺は警戒して刀を構えた。
「そんなに警戒しなくてもいいよ、僕はもう引き上げることにするからね」
随分と馴れ馴れしいやつだ、しかし俺はこの雰囲気を知っているような気がする。
「しかし帝国兵は使えないな、足止めすら出来ないなんて情けないよ」
「お前が王城を襲撃した首謀者か? 一体お前は誰だ!」
「僕が誰かだって? 教えてもいいけどそれじゃあ面白くないな。そうだ、帝国へ攻めてきなよ、そうすれば僕と戦える。その時教えてあげるよ」
黒ローブの男は杖を高々と掲げた。
次の瞬間に空間に黒い渦が姿を現す。
呪文詠唱も魔法陣も一切ない、高度な魔法構築だと魔術素人の俺でもわかった。
「さて、そろそろおいとまするよ、もっと強くなって僕を楽しませてくれ」
「待てお前にはまだ聞きたいことがある!」
渦の中に帝国兵たちが消えていく、最後にローブの男が残った。
「帝国領で待っているよ、そろそろ時間だ、また会おうレイン」
黒ローブの男はあっさりと渦の中に消えた。
男がいなくなると同時に渦も消え失せる。
謁見の間は静寂に包まれ、襲撃は終わったことを告げていた。
ー・ー・ー・ー・ー
帝国兵の襲撃から一夜明け、王都の被害の状況が少しずつ分かってきた。
まず最大の被害を受けたのがオルレニア城で、放火、施設の破壊活動、兵士や城勤めの使用人の死亡、そのほか至る所に破壊の爪痕が生々しく残っていた。
王城外の施設や市民への襲撃は限定的で、今回の襲撃の目的が王室の破壊、王族の殺害、その二点に絞られていたことは明白だった。
日が昇るにつれて王都詰めの貴族や武官、文官たちが続々と登城してきた。
王城内は蜂の巣をつついたような混乱状況で、みな事態の重大性に驚き責任のなすり合いをし始めていた。
俺は王城の一室、比較的被害の少なかった広間で、国の重鎮たちの会議に出席していた。
国王陛下の安全が確保され、帝国兵が引き上げた段階で、俺も王城から宿へ帰還しようとした。
しかし、陛下や宰相の強い希望で城にとどまるように言われ、その命令に従ったのだ。
王室の一大事に貴族で唯一駆けつけ、事態をすみやかに収拾したことを陛下は甚く感動され、また俺達の戦力の高さに驚かれた。
そして俺の意見を会議の場で聞きたいと言われ、末席ながら重要な会議に出席したのだ。
もちろん仲間たちは宿に帰し俺一人だけの出席だ。
人見知りのセルフィアたちがこの場にいたら、きっと気絶してしまうに違いない。
長テーブルを部屋の中央に置き、みな椅子に座らず立ったままの緊急会議。
武官はもちろんだが、文官や貴族まで鎧を着込み、臨戦態勢で会議に臨んでいた。
陛下が一番奥に陣取り、斜め右に宰相が、そして爵位の順に貴族たちが並んでいく、貴族たちの正面には武官、文官が並び対面していた。
俺はテーブルの右側の一番うしろ、陛下の表情がかろうじて見える末席に立っていた。
「まずは国王陛下及び王妃殿下、皇太子さまの無事が確保されました、これは大変喜ばしいことです。不幸中の幸いと言って良いと思います。城の惨状は我々の失態、責任は全ての武官文官、貴族の方々にあります」
宰相、ネルソン・ボドワンが会議の口火を切った。
国王陛下は厳しい顔をして集まった重鎮たちを睨んでいる。
その怒りの矛先はもちろん帝国なのだが、睨みつけられた者たちは陛下の怒りに身を縮ませていた。
「王城への襲撃という悲劇に見舞われたのは大変不幸なことだが、我々王都詰めの貴族に責任があるというのは聞き捨てなりませんな」
宰相の横、爵位の高い貴族が意義を申し立てる。
でっぷりと腹の出た肥満体の身体で横柄な物の言い方に、俺は好感が持てなかった。
「そうですね、城の警備は武官が仕切っているわけですから、今回の責任は全面的に武官にあると思いますね。警護を怠った罪は大きいですぞ」
肥満体貴族の横、目のつり上がった細身の長身貴族が、援護射撃をする。
他の貴族たちは大きくうなずいて細身の貴族の意見に賛同していた。
その発言に対面している武官たちが一斉に反応して怒りをあらわにした。
「全面的というのは聞き捨てなりませんな、我々は日々警護を完ぺきにこなしております。今回の襲撃は我々の予想を大きく上回る災害です。だいいち兵士には多数の死傷者がでているのです。警護を怠ったという言動は撤回していただきたい!」
貴族たちに対面している武官、一番陛下に近い位置にいる強面の武人が大きな声を張り上げる。
体格ががっちりとしている中年の偉丈夫、顔はいかつく立派な髭が生えている。
(貴族の権威が大きい王国で、これほど貴族にものを言える彼はもしかしたら爵位持ちの可能性があるな)
「将軍、侯爵閣下たちも少し落ち着いて下さい。今は内輪もめをしている場合ではありません。帝国は陛下のお命を直接狙って来たのです、帝国への報復をしなければいけません」
宰相のこの意見には一同みな同意見らしく、満場一致で反対意見は出なかった。
「戦争消極論が国内には多少ありましたが、今回のことで皆わかったと思いますよ。帝国は速やかに滅ぼさなくてはいけない王国の宿敵です」
武官の一人が意見を言う、その場の大多数はその意見に賛同したが、一部の者達は居心地悪そうにしていた。
居心地悪そうにしているのは、戦争に反対していた者たちなのだろう。
(王国内も色々派閥とかありそうだな、帝国に対して一枚岩では無いのか……)
俺が考え込んでいると話題は他に移ったようだった。
「皆さん、今日の会議には知らない顔があると思います。彼はレイン・アメツチ準男爵、今回の王城襲撃事件でいち早く駆けつけ、国王陛下のお命を救った英雄です」
宰相が俺のことを紹介している。
一斉にその場の人々が俺を見た。
その顔は概ね好意的で、敵意を向けてくる者はいない。
それだけ陛下のお命は大事で、陛下を救った俺は救国の英雄というわけだ。
誰からともなくぱらぱらと拍手が沸き上がった。
国王陛下も俺に向かって拍手している。
拍手はどんどん大きくなり会議室を埋め尽くした。
俺は戸惑いながら頭を下げる、緊張して胃が痛くなってきた。
「アメツチ卿、こちらへお越し下さい」
宰相に促され国王の横まで移動する。
俺はこれから何が起こるのかわからず棒立ちする。
国王陛下が手を上げてみなの拍手を止める。
ぴたっと拍手は止まり静寂が場を支配した。
「レインよ、余の窮地に駆けつけたこと嬉しく思うぞ。そなたの忠義、見事である。余はそなたに報いなければならない、よってそなたを男爵に叙する。褒美の方は後日決定する」
場がどよめき騒然となった。
俺は動揺して頭が真っ白になってしまった。
まさか陞爵するとは思ってもいなかったのだ。
ただ王城が燃えているのを見て、何も考えずに駆けつけて帝国兵を蹴散らした、それだけで位が上がってしまった。
「アメツチ卿、誓いの言葉を述べよ」
宰相の言葉に意識を取り戻した。
「謹んでお受けいたします。この生命を陛下と国に捧げる所存でございます」
片膝をついて口上を述べる、割れんばかりの拍手が会議室を包み込んだ。
その後会議で何が話し合われたかはあまり覚えていない。
男爵になったが実感がわかないまま宿へ帰還した。