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15.悲劇

『低階層』最終層、ボス魔物サラマンダーを討伐すべくボス部屋の石の扉の前に立つ。


「準備はできたな? いくぞ!」




 重い石の扉をゆっくりと開けボス部屋の中へ侵入する。

 中に入ってすぐ立ち止まり警戒しながら内部を観察した。


 ボス部屋の内部は大まかなところは五階層のコボルドナイトの部屋と同じで、四方の壁が天然の岩石になっていること以外何も変わらなかった。


 中央に霧が湧き出てきた。

 今回の霧はなかなか大きくてボスの体の大きさがコボルドナイトの比ではないことがうかがいしれた。

 ゆっくりと霧が晴れていく、霧の合間から長い尻尾がのたうっているのが垣間見える。

 警戒を強め四人一塊になって目の前を凝視する。

 霧の晴れた空間に大きなトカゲが出現した。


 体長は十メートルぐらい、しっぽを入れると二十メートル近くあるのではないだろうか。

 色は赤と黒の縦縞模様たてじまもよう、体高は低く腹を地面につけている。

 頭はそれほど大きくはなく、口の間から細かな歯が無数に見えていた。

 絶えず紫色の長い舌が出入りしていて、シュウシュウと威嚇音いかくおんを発していた。

 腕や足は意外と小さいが、指先の鉤爪かぎづめはあり得ないほど長く鋭かった。

 しっぽを左右に勢いよくしならせていて、気性が荒いことが容易に推測できた。


 サラマンダーはこちらを凝視してその場を動かない。

 ここでも五階層のときと同じで、ボスに近づかないと攻撃して来ないようだ。




「結構大きいわね……」


「体の色が気持ち悪いですね」


「あんなでかい魔物初めてみやした」


 三人が思い思いの感想を言ってきた。


「今から戦闘に突入する、セルフィアはウィンドカッターを叩き込んだあと俺のサポートをしろ」


「わかったわ」


「アニー、パーティー全員にバリアをかけろ、それが終わったら後方待機、負傷者が出たら速やかに回復しろ」


「わかりました」


 アニーが俺、ワンさん、セルフィアの順番でバリアをかけていく。

 最後に自分にかけたあと少し下がってセルフィアの隣に行き、メイスを構えた。


「ワンさん、盾でセルフイアとアニーを守れ、守りに徹して攻撃はしないように」


「わかりやした!」


 体が入るほどの大きな盾を構え、女性陣の前に陣取る。



 俺は抜刀し、しっかりとつかを両手で握り込んだ。


「準備はいいな!? 戦闘開始!」


 気合とともに号令を発した。




 戦闘開始の合図とともに全速力でサラマンダーに突撃する。

 サラマンダーも俺を敵だと認識して前に出てきた。


「ウィンドカッター!」


 初級風魔法が、風切り音を上げてサラマンダーの頭部に突き刺さった。


 グゲゲゲッ


 頭を左右に振り暴れまわるサラマンダー。

 そのすきを突いて一気に懐に入り込み、刀を頭めがけて振り下ろした。

 暴れまわるサラマンダーの鱗に弾かれて刃が通らない、力任せに二度三度打ち下ろし強引に攻撃する。


 サラマンダーが俺に噛み付こうとして口を開けて迫ってきた。

 間一髪横飛に避けて攻撃を回避する。

 目線だけはサラマンダーから離さずに、その場を転げ回りながら攻撃を回避していった。


 セルフィアのウィンドカッターが断続的にサラマンダーに突き刺さる。

 しかし致命傷には至らず相変わらずサラマンダーは俺に対して攻撃を仕掛けてきた。

 何度めかのサラマンダーの攻撃のすきをついて柔らかそうな脇腹に近寄る。


 気合を込めて刀で腹を斬りつけた。

 浅い傷が十センチほど付いてサラマンダーが苦悶くもん咆哮ほうこうを上げる。

 いけるなと思い、なおも執拗しつように斬りつけた。


「レイン様よけて!」


 アニーが悲鳴を上げた。

 体の横に何かがうなりを上げて飛んでくる。

 正体を確かめようと横を向いた瞬間、俺の身体がサラマンダーの太いしっぽに強い力で叩かれて体ごと大きく吹き飛ばされた。



「ヴッッ」


 肺の中の空気が奇妙な声と共に体の外へ吐き出される。

 かけられていたバリアが砕け散り、ボス部屋の壁付近にまで飛ばされてしまった。

 回転しながら地面を転がる。

 壁にぶち当たりようやく止まる事が出来た。




 誰かが遠くで叫んでいるような気がする。

 身体をつかまれ強引に引きずられている。


(やめてくれ、今は静かに寝ていたいんだ)


 苦情を言おうと口を開くが、漏れ出すのは意味のないうめき声だけだった。


「キュア!」


 何度めかの回復魔法をかけられ、意識が戻ってきた。


「アニーか……、俺は吹き飛ばされて……、みんなはどうなった」


「今ワンさんがサラマンダーの攻撃を牽制しています。セルフィアがサポートしているので、何とか持ちこたえています」


「そうか、俺の刀はどこだ?」


「ここにあります、もう少し寝ていて下さい。胸の所が陥没しているんです」


 泣きながらアニーが俺のほおをさすっている。


「アニーもう一度キュアをかけられるか?」


「かけられますよ、キュア……、もう効かない……」


 俺の顔に大粒の涙が落ちてくる。


「ありがとう、もう大丈夫だ」


 アニーの肩をつかんで上体を起こす。


「レイン様! 安静にしていてください!」


 慌てたアニーが俺に抱きついてくる。


「大丈夫、なぜかわからないが体が動くようになった」


 しっかりアニーを見つめ嘘を言ってないと証明する。

 最初は疑っていたアニーも俺の生気ある目を見て、驚きながら俺の上半身を触り始めた。


「うそだぁ、さっき胸が潰れていたのに! 直っちゃった!」


 冷静さをなくしたアニーが田舎娘のように驚いている。

 俺はアニーを優しくどかして、刀を拾うとしっかりした足で立ち上がった。


「ありがとうアニー、まだ負けてはいない、行ってくる!」


 いびつに壊れた革鎧を脱ぎ去り、サラマンダーめがけ突進する。

 アニーが背中に向ってバリアを唱えた。



「ワンさん! 俺も戦線復帰する、俺一人ではさばけないので連携してあたろう。セルフィア、もう心配ない、アニーのそばに戻って俺たちをサポートしてくれ」


「旦那! 生きていたんでやんすか! てっきり駄目かと思いやした!」


 心底驚いているワンさんが、驚きながらも俺の提案を受け入れ二人でサラマンダーを牽制し始めた。


「すごいわレイン! あんなの食らって立ち上がれるなんて! アニーのところから呪文撃ちまくるから期待してて!」


 嬉しそうに声を弾ませてセルフィアが後方へ戻っていく。

 十分にセルフィアが離れた所を見届けて、サラマンダーに全神経を集中させた。




 攻撃と防御をお互いにしながら俺たちとサラマンダーの戦いは長期戦におちいっていた。

 俺の刀がサラマンダーの身体にクリーンヒットして浅くない傷を作る。

 その傷にワンさんが大型のダガーをねじ込み確実にダメージを稼いでいた。


 後方から頻繁にウィンドカッターが放たれ、右後ろ足はすでに皮一枚で繋がっているだけで機能していなかった。


(セルフィアのやつ右後ろ足にウィンドカッターを集中してダメージを稼いでいたのか、やるな!)


 俺も負けじと顔に刀を叩き込む、サラマンダーの額がパックリと割れて大量の鮮血が吹き出した。

 サラマンダーは目に血が入り、瞬膜しゅんまくをしきりに開閉して気にしている。

 視界が悪くなり俺の動きに反応できなくなってきた。


「よし! 動きが鈍くなってきたぞ、攻撃は有効だ。最後まで気を抜かず今までどおりの攻撃に徹しろ!」


「ガッテンでやんすよ!」


 手応えがあるのだろう、ワンさんの声にも嬉しさがにじみ出ていて弾んだ声を返してきた。


 ウィンドカッターがうなりを上げて連続で左後ろ足に突き刺さる。

 セルフィアは返事の代わりに呪文を連射してきた。


(こいつはすごいな、セルフィアは一段上の魔力制御に開眼したかもしれない)


 攻撃に関しては蚊帳の外と思われがちなアニーも、俺たちのバリアがサラマンダーに破られると即座にかけ直して、回復も絶妙なタイミングで飛ばしてくる。

 全員が乗りに乗っていた。


 開幕直後はどうなるかと思ったが、連携が決まるとこちらに分があるようだ。




 どのくらい戦っていただろう、サラマンダーの体はうろこがれ、おびただしい傷がつけられていて、床は一面血の海だ。

 誰もが終わりの時が近付いているのを感じていた。


 一瞬のすきを突いてサラマンダーが後方へ飛んで逃げた。

 初めての攻撃パターンだったので対応が遅れる。

 次の瞬間口を大きく開けたサラマンダーが後方の二人めがけて火炎弾を放った。


「アニー! 盾を構えろ! セルフィアも盾に隠れるんだ!」


 灼熱に輝く高熱の弾丸が、唸りを上げて二人を襲う。

 火炎弾は呪文のファイアーボールと違って物理攻撃なので、速度はそれほど速くない。

 目視できるほどの速度で、放物線を描いて盾を構えている二人の横に着弾した。


 鈍い着弾音が響き、火の粉が宙を舞う、盾を構えていた二人は何とか直撃をまぬがれ、遠目に見ても無傷のようだった。



 サラマンダーが一瞬固まる。

 火炎弾を発射してエネルギーの大半を使い果たしたようだ。

 ここが勝負と見た俺は、気合を入れて正面から突進した。


(斬れないなら突けばいい)


 脇を締め両手で刀の柄を握り込み、全身全霊を込めてサラマンダーの眉間みけんに向かって刀を突き出した。



刺突しとつ



 無意識の内に剣技のスキル『刺突』に開眼してサラマンダーに使用した。

 瞬間的に身体が加速する、体重が乗ったやいばが顔の中央に深々と突き刺さりサラマンダーは身を震わせた。

 震えが刀を通じて俺の腕に響いてくる。

 その震えがだんだんと小さくなり命が消える瞬間が訪れた。




「やったのか……」


 サラマンダーの顔に足をかけ、刀を力任せに引き抜く、そして静かにサラマンダーのにごった目を見た。

 微動だにしない眼球はサラマンダーが死んだことを明確に示していた。


「うおおおお、やったでやんす! ボス魔物を倒したでやんすよ」


 ワンさんが喜び勇んで俺に飛びついてくる。

 後ろの二人も歓喜の声をあげながら駆けてきた。




「ワンさん! あぶない!」


 サラマンダーを見ていたのはその時俺一人で、他のメンバーは気を緩めていた。

 そのすきを突いてサラマンダーの最後の攻撃が繰り出された。

 サラマンダーは一度しなりを付けて勢いを増した十メートルの丸太のようなしっぽの先端を、ワンさんの背中めがけて唸りを上げて突き刺してきた。


 身体が自然に反応してワンさんを体で突き飛ばす、代わりにワンさんの居た場所に俺が入ることとなり、まともに攻撃を受けることになった。




「ウッグッ……」




 下腹に熱い感覚がして口の中に何かがこみ上げてくる。

 下腹をのぞき込む、そこには赤黒く太いしっぽが深々と突き刺さっていた。


「ゴホッ……」


 口から鮮血を吐き出す。

 ワンさんが倒れた場所から顔だけをこちらに向けて目を見開いている。

 後ろでは二人の悲鳴がボス部屋に響き渡った。


 サラマンダーは今度こそ命を燃やし尽くし光の粒子になって消えていった。

 ささえをなくした俺がその場に崩れ落ちる。

 頭が地面に打ち付けられる前にワンさんが滑り込んでささえてくれた。




 身体が寒い、凍えるようだ。

 三人が俺を覗き込んで叫んでいる。


(二度も同じ様なやられ方してしまってかっこ悪いな)


 すごく眠くなってきた。


 少し眠らせてくれ……





 迷宮主の最後の一撃を受けて倒れ込んだ俺は、意識を手放しやみの中へ落ちていった。

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