145.王都燃ゆ
大変だ王都が燃えている!
大声で仲間たちを叩き起こす。
最初に飛び出してきたのはワンさんで、既に身支度を整えていた。
「何事でやんすか!?」
「ワンさん、外を見ろ! 王城が燃えている!」
俺に促されてワンさんがバルコニーへ飛び出していく。
「確かに王城方面でやんす、どうしやすか? 指示をくだせぇ」
「気配を消して偵察してきれくれ、敵は王都へ簡単に忍び込んだ輩だ、決して侮ってはいけないぞ。一人で戦闘することは禁止、十分以内に安全に帰ってこい」
「わかりやした」
『気配消失』を全開に展開して姿を急激に消していく、『縮地』で加速したワンさんは、バルコニーから屋根伝いに王城方面へ消えていった。
「どうしました? 何が起こっているんですか?」
「どうしたの? まだ夜中だよね?」
ワンさんの次はアニーとモーギュストか。
「王城の方角が燃えているんだ、今ワンさんに偵察に行ってもらっている。
とりあえず戦闘の準備をしろ」
巾着袋からアダマンタイト合金の鎧を出していく。
モーギュストは慌てて鎧を着込んでいった。
「アニー、セルフィアとリサはどうした? 起こしてきてくれ」
「わかりました」
急いでアニーが寝室に消えていく、入れ替わりのようにエレオラが姿を現した。
完全武装で兜までつけている。
バイザーを上げて目元だけ見える格好だった。
ドラムもエレオラのあとから空中を浮遊してくる。
ゆっくりと俺の肩に降りたドラムは小さく鳴き声を上げた。
「レイン様、王城へは行かれるのですか!? できれば私もお供させて下さい!」
「今ワンさんに偵察に行ってもらっている。すぐ戻るように言っているからしばし待て」
「かしこまりました」
アニーがセルフィアとリサを連れて部屋から出てくる。
まだ眠そうな二人は装備こそちゃんとしているが、まだ半分夢の中にいた。
一陣の風が室内に吹き荒れる。
次の瞬間ワンさんが姿を現した。
「只今戻りやした、王城大炎上でやんす! 敵は数十人規模、帝国の印の付いている鎧を着ているのを確認しやした!」
「よし! 総員戦闘態勢! これから王城へ向かう! 敵は帝国兵士、絶対に王城を落とさせるな!」
「「「「「「「了解!」」」」」」」
扉を開け放ちリビングから廊下へ飛び出る。
従業員が驚いた様子でこちらを見てきた。
「我ら『白銀の女神』は王城へ救援に向かう! お前たちは安全な所へ避難しろ!」
階段を駆け下りながら従業員たちに指示を出す、驚いた彼らは王都の一大事に蜂の巣をつついたように騒ぎ始めた。
(高級宿の従業員でさえこれだけ混乱しているんだ、早く事態を収集しないと王都は大混乱に陥るぞ)
宿屋の外へ出ると既に大通りは混乱状態に陥っていた。
人々が逃げ惑い無秩序に馬車が走り回る。
そこかしこで馬車同士の衝突事故が起き、けが人も多数出ていた。
「みな『身体強化』を発動しろ! 王城まで一気に駆け抜ける! ワンさん、先行して安全を確保してくれ! みんな遅れを取るな!」
全員が体に魔力を流していく、内包する魔力が飽和状態になり体の中を駆け巡った。
一瞬のうちに加速した俺達は、逃げ惑う人々の間を縫うように王都を駆け抜ける。
ついてこれるか心配したエレオラも、なんとかはぐれずについてきていた。
数分の後、王城の正門に到着する。
そこかしこで戦闘が起こっていて、王国、帝国双方の騎士たちが入り乱れて乱戦の様相を呈していた。
「旦那、敵は王城内部にまで侵入していやす、今の所王国騎士たちがなんとか食い止めている状況でやんす。帝国の騎士の中には凄腕が多数紛れているようでさぁ。早く加勢しないと国王の身も危なくなりやす」
「よし! 王国旗とアメツチ家の旗を掲げろ! 同士討ちは避けなくてはならない! 一気に城内に潜入して国王陛下の安全を確保するぞ。アニー『神聖防壁』を展開、『バリア』も忘れるな!」
巾着袋から王国旗とアメツチ家の紋章が書かれた旗を取り出す。
モーギュストの鎧に取り付けると跳ね橋に向かって走り出した。
「アメツチ家当主レイン・アメツチ、王国騎士に助太刀する!」
高らかと名乗りを上げて王国騎士に自身の存在を教える。
混乱した戦闘では同士討ちは日常茶飯事で、どれだけ味方に認知させるのかが生き残る鍵だった。
「おお! 援軍だぞ、みなふんばれ!」
ちらほらと騎士詰め所で見知った顔が見える。
俺たちは防壁内の女性陣と、防壁外の男性陣に分かれて帝国騎士を急襲した。
「オラオラオラ!」
モーギュストのアダマンタイト合金の短槍が、唸りを上げて帝国騎士に襲いかかる。
一振りごとに帝国兵の首が紅蓮に染まる夜空に打ち上がる。
あまりにも早い槍筋に帝国兵達はなすすべもなく屍を晒していく。
全身鎧に身を包んだ帝国騎士を短槍が貫いていく。
モーギュストの槍捌きの前では鎧の装甲など紙でできた服同然で、一瞬にして細切れにされてしまった。
「新手の王国兵だ! 手練が混じっているぞ! みな固まって盾で防げ!」
帝国兵は各個撃破されていくのを見かねて密集隊形に移行する。
丸盾をモーギュストに向けて固める、彼の槍を防ごうとしたのだ。
「オッス!」
壁楯を前面に押し出し、固まった兵士たちに叩きつける。
動かず固まっていた帝国兵は『シールドチャージ』の格好の的になり、まともに受けてしまう。
ズドンッ!
地面を揺るがす地響きがして、衝撃波がモーギュストの周りを中心に発せられる。
周りの石壁から細かい土埃が舞い上がり、近くの王国騎士は尻餅をついてしまった。
土埃が収まると辺りは帝国兵士の死骸で凄惨な様相を呈していた。
『シールドチャージ』をまともに受けた数人の兵士は、爆発の圧力でバラバラに弾け飛び四肢を撒き散らして死亡した。
一面鮮血で真っ赤に染まり、臓物が石壁に張り付いている。
「ひゃほ~、脆すぎるぞ帝国兵! 我こそはという猛者はいないのか!?」
残虐スイッチの入ったモーギュストは、短槍を頭の上でブンブン振り回しながら、新しい獲物を求め走り去っていった。
モーギュストが暴れまわっている頃、俺とワンさんは跳ね橋を渡り城門付近に到達していた。
辺りでは剣が交わる金属音が鳴り響いている。
王国兵と帝国兵は力が拮抗していて膠着状態に陥っていた。
「ワンさん、城門が敵兵に乗っ取られている。バリケードを築かれているぞ」
「見えやした、あれでは中へは入れやせんね、あっしが行って排除しやす」
「頼んだぞ、俺はその間に周りの敵を一掃する」
「わかりやした」
ワンさんが『縮地』を使ってバリケード内に突入した。
「ここを押さえている限り城内へ援軍は送れまい、国王の首を打ち取るのも時間の問題だな」
城門で十数名の重装歩兵を指揮している巨漢の指揮官が、余裕の表情で高笑いをしていた。
兵士たちはみな屈強な大男で全身鎧をつけ大盾を装備している。
全身鎧は普通の鎧より装甲が厚く二重構造になっていて、鎧の弱点である関節攻撃すら防げる構造になっていた。
そして手に持つ大盾は魔法鉄鋼をふんだんに使っていて、かなりの硬度を誇っていた。
その大盾を門に一列に並べて隙間を塞ぎ、蟻の子一匹入れない鉄壁の守りを築いていた。
彼らの任務は王城内外の分断だ、既に王城内部には帝国の精鋭が侵入していて戦闘を行っていた。
ここを死守すれば王国兵士の援軍を内部に入れることを阻止できるので、作戦を容易に進めることが出来るのだった。
余裕を噛ましている兵士たちの頭上を一陣の風が通過する。
一人の兵士の首が血しぶきを上げてごろりと転がった。
頭を失った兵士は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
大盾が音を立てて石畳の床の上に転がり落ちた。
「なんだ!? 何が起きている!」
巨漢の指揮官の怒声が辺りに響く、その問いに答えられる人間は誰も居なかった。
帝国の兵士たちには見えないが、その場には紛れもなく血に飢えた小柄なコボルドが双剣を構え佇んでいた。