143.狂った美食
エレオラに連れられて謎の食べ物屋に来た『白銀の女神』は、どんな料理がでてくるのか戦々恐々としていた。
スライム酒は意外と美味しいお酒だった。
何事も経験してみなければわからない、今回は勉強になったな。
余談だがスライム酒に使われているスライムは、水スライムという種類らしい。
水スライムを酒に入れると酒を体にとりこんでいく。
人体に入っても無害で、コアを破壊すると魔物なので消えてなくなる。
魔石はごく小さな砂粒ほどしか無く、そのまま体外へ出されてしまうらしい。
スライムが消えると体に取り込んでいた酒だけが残り、美味しく飲めるのだそうだ。
始めから変わったものが出てきた。
あとに続く料理はどんな物が出てくるだろう。
期待と不安が、いや、不安しか無かった。
「お待ちどう様です」
ゲテモノ魔物料理が運ばれてきた。
大皿料理のようで皿から湯気が立ち上りいい匂いがしている。
「子オークの姿造りです。死なないうちにお召し上がりください」
店員がさらっと怖いことを言ったぞ、嫌な予感しかしない。
皿の上にはオークの頭が乗っていた。
首から下は調理されていて、こんがりと丸焼きにされていた。
言ってみれば小豚の丸焼き、しかし魔物なので死んでしまえば消えて無くなってしまう、予想通りに頭だけは生きていてかすかに動いていた。
(やっぱり来たか……、なんとなく来るような気がしていたんだ。魚の活造りは食べたことがあるが、オークなんてやばすぎだろ!)
「うわ! 美味しそうだね、エレオラさん早く取り分けてよ」
モーギュストがよだれを垂らしながらオークを見ている。
ミノタウロス族なので、牛らしく粘り気のあるよだれを糸のように垂らしていた。
「モギュっちよだれたれてるわよ、拭きなさいよ」
セルフィアが手ぬぐいをモーギュストに渡している。
モーギュストはお礼を言ってよだれを拭き取っていた。
「どうぞレイン様、熱いうちにお召し上がりください」
エレオラが俺の前に小皿に入ったオークの肉を差し出してきた。
小皿に入った肉は何の変哲もないただの豚の焼き肉で、見た目はとても美味しそうだ。
「美味しいです、脂が乗っていますよ」
「本当ね、やみつきになるわ」
「うまいでやんすね~」
周りの仲間達は既に美味しく頂いているようだ。
リサも食べたそうに肉をじっと見ていた。
「リサ、食べるか?」
「うん! 食べたい!」
リサは口を大きく開けるとひな鳥のように俺を見た。
フォークで一口大の肉をそっとリサの口に運ぶ、待ちきれないとばかりにリサがかぶりついてきて、あっという間にリサの口の中に肉は消えていった。
モニュモニュモニュ……。
リサが咀嚼する音が聞こえてくるようだ。
笑顔で食べ終えたリサはまた大きな口を開けて俺を見てきた。
「もっと食べたい!」
再びフォークで肉を刺しリサの口へ運ぶ、ぱくっとかぶりつくと満面の笑みを浮かべながら肉を味わっていった。
(美味そうに食べるな……、俺もひとくち食べてみようかな……)
フォークで肉を刺す、オークの顔をなるべく見ないようにして一口頬張った。
黙って咀嚼していく、肉汁がじゅわりと溢れ出し香ばしい皮がぱりっとはじける。
(うまい、うまいぞ!)
一度食べてしまえばその後は罪悪感もなくなる。
リサに食べさせ俺も食べ、リサが食べたら俺も食べる。
交互にどんどん食べていき大変満足な一皿だった。
大盛況のうちに大皿の肉が食べつくされた。
体を食い尽くされたオークの子供はブモーォと一声鳴くと光の粒子になって消え去った。
後にはタレにまみれた小さな魔石が、コロンと音を立てて皿の上に転がった。
余談だが、どうやってオークの子供を殺さずに焼くのか、そしてどうして身体から肉を切り取っても無くならないのか、店の人に聞いたが「秘伝の製法です」と言って教えてくれなかった。
次の料理が運ばれてきたようだ。
さっきまでお腹いっぱいに食べたはずなのに、もうお腹は空になってしまった。
きっと子オークが消え去った時に、お腹の中のお肉も一緒に消えてしまったのだろう。
地球でダイエットしている女の子たちにはとても受けそうな料理だな。
「マグマフィッシュとベビーサラマンダーの素揚げです」
またしても大皿に乗った料理が運ばれてきた。
この店は大皿料理が好きだな。
皿の上には見覚えのある魔物がうねうねと動いている。
(途中からわかっていたけど、この店はすべて活造りだな)
マグマフィッシュに関しては大して抵抗はなかった。
日本でも活造りの魚は食べたことがあるので大して変わりはないと思う。
頭を残して体を食べると骨だけなのに生きている。
しばらくお腹の中に身が溜まるので大満足の一品だった。
活造りにだいぶなれてきたので、ベビーサラマンダーのしっぽからかじりつく。
鶏の唐揚げのような味で結構美味しかった。
ワンさんがサラマンダー戦のことを思い出し泣きながら俺に謝ってきた。
だいぶお酒が回ってきて涙腺が緩んできたらしい。
エレオラに『ミドルグ迷宮』の事を話してやる。
サラマンダーに殺されかけた下りを説明すると、とても驚いてセルフィア達の献身的な看病に感動していた。
セルフィア達も俺の下の話を嬉しそうにエレオラに聞かせている。
「セフィー、アニー、リサも居るんだからあまり下ネタはやめろよ」
「別にいいじゃない、それだけあたし達の絆が深いということよ」
「恥ずかしがらないでください。私の大切な思い出なんですから」
うっとりとしているアニーは、その後も俺の体の話題を事細かに話していった。
途中恥ずかしい話題が出てしまったが、満足のうちに料理を食べ終えた。
少々グロテスクだったが、味はよく大満足だ。
一つ不満があるとすれば、食べ終わるとお腹の中も空になってしまうことぐらいだな。
途中で俺は巾着袋から軽い料理を出してみんなに配っていた。
それをつまみながらゲテモノ料理を食べたので、お腹はそれほど空いてはいなかった。
「デザート頼みますか?」
エレオラがみんなに聞いてくる。
もちろん食べるというと、店員を呼んで人数分頼んだ。
扉がノックされ店員がグラスに入った光る物体を運んできた。
「人魂のシロップ漬けでございます」
透明なカクテルグラスに小さな光球が数個入っている。
ふわふわと少しだけ浮いているような気がした。
「冷たいうちにお召し上がりください、温まりますと逃げてしまいますのでご注意願います」
食べ方を説明すると店員はお辞儀をして部屋を出ていく。
残された部屋には人数分の光るグラスがテーブルを飾っていた。
「すごくきれいね、食べるのがもったいないわ」
「戦ったときは思いませんでしたが宝石みたいですね」
「とっても綺麗ね」
リサはにっこりと微笑み、おもむろにスプーンで人魂をすくうと、大きく口を開けてぱくりと食べた。
プシャッ。
リサの口の中で人魂が弾ける。
楽しい食感にリサはご満悦のようだった。
プシャ、プシャとみんな無言で人魂を食べていく。
甘いだけの味なのだが、食感がとても楽しく満足の行くデザートだった。
「いかがでしたか? これ以上珍しいお店は無いと思いますよ」
「そうだな、最初は引いたけど楽しい食事だったよ」
「それは良かったです、楽しんでいただけて嬉しいです」
エレオラは満足そうにお辞儀をした。
世にも珍しい魔物料理、グロテスクだがいい思い出になったな。