141.エレオラは仲間になりたそうにこちらを見ている
身の潔白は証明された、今度は俺のターンだ!
騎士詰め所の応接室はピリピリした空気に支配されていた。
エレオラの所業を問いただすため、俺が場を設けたのだ。
「さて、騎士エレオラの処遇をどうしたものかな……」
「恐れ入りますが、意見を具申させていただけますでしょうか」
上級騎士が恐る恐る発言してきた。
「許可しよう」
「騎士エレオラは初動の身元確認を怠って、貴族であらせられるアメツチ準男爵様を恐れ多くも騎士詰め所まで連行してしまいました。更によりにもよって小部屋へ監禁をし、無礼な言動で恫喝をし、更に死罪を言い渡すという前代未聞の無礼を働きました。よって本人の打首、そして三親等までの親族の処刑を持って罪を償わせることが妥当と進言します」
(なんだって……、この騎士さらっと恐ろしいことを言い始めたぞ……、これが貴族の恐ろしさなのか……)
「そ、そうか、他の者も上級騎士の意見に賛成か?」
部屋にいる騎士たちに意見を聞くが、みな一様にうなずいて賛成の意思を示す。
「エレオラ、なにか言いたいことはあるか?」
「はっ! 私の処刑に関しては異議はございません。しかし、家族への処分はどうか今一度考え直していただけないでしょうか?」
後ろ手に縛らて土下座状態のエレオラは、床に頭を擦り付けながら必死に家族に罪が及ばないように嘆願している。
「エレオラ! 無礼だぞ! 貴様の置かれている立場をわかって言っているのか!」
真っ赤な顔をして上級騎士が立ち上がる。
手元は腰の剣に伸びていて今にも手打ちにする剣幕だ。
「まあ待て」
激昂する上級騎士を手を上げて制止する。
俺の命令に上級騎士は、素早く元の位置へ戻った。
「エレオラお前は家族思いだな、家族を助けられるというのならどんなことでも出来るか?」
「はっ! レイン様の命令はこの身に代えても実行します。ですからなにとぞ家族だけはお助けください」
(う~む、どうしてもクッコロに持っていくことが出来ないぞ、このままじゃエレオラが処刑されてしまう。なんとかしなければ……、あ! 良いこと思いついた!)
俺は脳裏に素晴らしい考えが浮かび、笑顔になるのを必死に堪えた。
「騎士エレオラ、何でもすると言ったな? なれば俺の下僕に成り下がることも出来るな? 王都に滞在している間、小間使いのように地べたを這いずり回って俺に奉仕するか? そうすれば此度の罪を不問にしよう」
(よし、プライド高いエレオラはきっと「くっ、殺せっ!」て言ってくるぞ)
俺はわくわくしながらエレオラの返事を待つ。
「ありがとうございます! レイン様の下僕にならせていただきます!」
少し興奮しながらエレオラが喜んでいる。
(え!? なんで喜んでいるんだ? 下僕だぞ、這い回るんだぞ?)
「アメツチ様、それでは罰になりませぬぞ、エレオラは大罪を犯したのです。褒美を与えてどうするのですか」
上級騎士がにじり寄りダメ出しをしてきた。
「え? でも下僕だぞ、奴隷みたいなものだぞ。誇りある騎士には辛いんじゃないの?」
「何をおおせになられますか、貴族様に仕えられるということは、どんな役職でも一介の騎士には大変名誉なことなのですよ」
(え? そうなの? 俺、間違ったのか?)
興奮し喜んでいるエレオラに今更無しだとは言えない、なにか煮え切らないがエレオラは俺の下僕になることになった。
エレオラの手を縛っていた縄が騎士の手によって断ち切られる。
両手が自由になったエレオラは俺の前にひざまずく。
「レイン様、騎士エレオラ・ルペチェンコは誠心誠意、貴方様にお仕えすることを誓います」
「まあ頑張ってくれ」
頭を垂れるエレオラに力なく答える。
こうしてワンさん、モーギュストに続く三人目の家来が誕生してしまったのだった。
エレオラを伴い騎士詰め所を出る。
宛もなく大通りを歩いて行くが、当たり前だがエレオラが付いてきた。
立ち止まって振り返りエレオラを見る。
エレオラは期待のこもった眼差しで俺に微笑みかけていた。
(なんか犬みたいだな、忠犬エレオラ、語呂が良いな)
すでに空は茜色に染まっていてもうじき夜が訪れる。
王都観光の初日はこれで終わりだ。
途中変なことに巻き込まれたのが失敗だった。
まだ王都を全然観光していない、明日から遅れを取り戻さなければ。
「エレオラ、お前は王都は詳しいのか?」
「はい、レイン様! 王都の地理を知ることも騎士の努めです。どこへでも案内できますよ!」
「そうか、それなら明日からエレオラを王都観光の案内係に任命するぞ」
「ははっ、承知いたしました」
深々と頭を下げるエレオラはとても嬉しそうだった。
ー・ー・ー・ー・ー
「誰なのその女!」
宿に戻りリビングで寛いでいると、セルフィアたちが食べ歩きから帰ってきた。
ソファーで俺の横にぴったりと寄り添い、甲斐甲斐しく世話をしている長身の美女をセルフィアが見咎めた。
「エレオラだ、王国の騎士だよ。俺の専属の武官だ、王城へ行ったら一人つけてくれたんだよ、王都にいる間だけだそうだ」
俺を逮捕した騎士などとは口が裂けても言えない、エレオラと適当に口裏合わせをした俺は、でたらめな説明をセルフィアたちにした。
エレオラはさっと立ち上がるとセルフィア達に向かって大きくお辞儀をした。
「へぇ~、貴族になるとそんな特権があるのね。セルフィアです、よろしくおねがいしますエレオラさん」
すっかり騙されたセルフィアはエレオラにお辞儀をして挨拶する。
「アニーです、よろしくおねがいしますね」
「リサです……」
いきなり知らない人が居たのでリサは人見知りしてしまったようだ。
俺の膝の上に登ると顔を俺の胸に埋めて隠してしまった。
「騎士エレオラ・ルペチェンコです、以後お見知りおきを」
ぴんと背筋を伸ばしてエレオラがかしこまる。
その凛々しい姿にセルフィアとアニーは大いに喜んだ。
エレオラとセルフィア達は、すぐに仲良くなって色々話し始めた。
人見知りしていたリサも、今では笑顔でエレオラにくっついている。
王都に詳しいエレオラのいろいろな面白いエピソードを聞きながら、ワンさんたちが戻ってくるのを待った。
モーギュストが戻りエレオラに顔合わせをする。
気さくなモーギュストはすぐにエレオラと打ち解けて全身鎧の話題で盛り上がっていた。
そろそろ夕飯に街へ繰り出そうと思い始めた時、ワンさんが宿に戻ってきた。
ワンさんの表情はいつもより若干曇っていて、何か良からぬ情報を仕入れてきたようだった。
「遅くなりやした、だいぶ話が立て込んでしまいやした」
「なにかわかったんだな?」
「はい、後でお話しやす、ところでその女性は誰でやんすか?」
ワンさんが目ざとくエレオラを見つけ鋭い視線を送る。
「申し遅れました。私はレイン様の家臣でエレオラ・ルペチェンコと申します。ワンコイン様は筆頭家来だと教えられました。以後よろしくおねがいします」
エレオラが慌てて立ち上がり直立して敬礼する。
ワンさんは何が何だか分からないという顔をして俺を見てきた。
「ワンさん、ちょっと来てくれ」
俺はワンさんを隣の部屋へ呼ぶと、騎士詰め所での事を全部話した。
ワンさんは静かに聞いていたが、俺が逮捕されたことを知るとすごく悔しがり後悔していた。
「あっしがついていれば旦那につらい思いをさせなかったでさぁ、申し訳ありやせん!」
土下座する勢いで崩れ落ちるワンさん、ワンさんの目からは大粒の涙がぼろぼろと流れ落ち宿の絨毯を濡らした。
「大丈夫だよ、俺も少し楽しんで捕まったんだよ。一度捕まってみたかったんだよ」
ワンさんに言ったことは本当のことだった。
異世界と言えば牢屋に入ってからの脱出が定番だろうからな。
「気を使ってくれてありがとうございやす、このワンコイン二度と旦那を辛い目に合わせないと誓いやす」
しばらくワンさんをなだめながら、エレオラの事を相談する。
「本来ならエレオラを膾切りにするところでやんすが、旦那の家来になったのならそれも出来やせん、せいぜい旦那に一生懸命に仕えるように指導しやす」
「お手柔らかに頼むよ、本当の家来じゃないから適当でいいからな」
「いえ、家来になったからには旦那に絶対の忠誠を誓わせやすよ、上辺だけではいけやせん」
鼻息荒くワンさんは立ち上がると、みんなの待つリビングへ戻っていった。
ああ、上手く行かないな、エレオラにはクッコロしてもらえればいいだけなんだけどな。
大きなため息をして俺もリビングへ戻っていくのだった。