140.この○○○が目に入らぬか!
俺は捕まってしまった。今は尋問を受けている。
バン!
いきなり机が叩かれ燭台が飛び上がりローソクの炎が揺れた。
エレオラが激昂して立ち上がる。
俺の余裕な態度にエレオラはつい頭にきてしまったようだ。
興奮した彼女の上気した顔がとても色っぽい、怒りで微かに唇が震えていて思わず生唾を飲んでしまった。
しばらく黙って俺を見下ろしていたエレオラは、フーと息を吐くと静かに腰を下ろした。
「少し取り乱してしまったな、騎士たるものいつも冷静であれと教えられているのに無様だ、しかしお前はなぜそんなに冷静でいられるのだ」
力なく座り、まじまじと俺を見た。
「お前は考えなしに暴力を振るう輩とは違うような気がする。本当のことを言ってみろ、悪いようにはしないぞ」
「暴力を振るったのは事実だ、だが俺から仕掛けたのではないとだけ言っておこう。降りかかる火の粉は払わなければならないと言うからな」
「と言うことはお前はあの冒険者達が先に手を出してきたと言うのだな?」
「まあそういうことだ、本当なら皆殺しにしてやっても良かったんだが、これでも手加減したほうだぞ?」
「いやいやお前、あの数を殺害したらどんな理由でも有罪だぞ、それこそ貴族でもない限り罪は免れないな」
「そうか、それなら安心だ、俺は貴族だからな」
いい加減面倒くさくなってきた俺は、これ以上面白そうなことなど無いこの小部屋を出ていくことにした。
少しの間、小部屋を静寂が支配した。
「アハ、アハハハハ、お前……、何を言い出すかと思えば、ハハハ、もう少しまともな嘘をつけ」
ひとしきり笑ったエレオラは、急に怖い顔をして立ち勢いよく上がり俺に言い放った。
「レイン・アメツチ、貴様はおのれを貴族だと偽り、貴族の名誉を侵す大罪を犯した。罪は明白である! 中庭で打首に処す!」
長剣を鞘から抜き放つと、俺の鼻先にかざし高らかと言い放った。
「立て! すみやかにここを出るのだ! 衛兵!」
扉が開き衛兵たちがなだれ込んでくる。
両肩を乱暴に掴まれた俺は、小部屋から中庭に引き立てられていった。
中庭は騒然となった。
貴族を騙る不届き者が処刑されるのだ。
すぐに処刑台が用意されて周りを衛兵で囲まれた。
異世界の処刑方法は斬首だ、木の丸太に首を乗せ長剣ですっぱりと首を切る。
切られた生首は、籐のカゴにゴロリと転がり、恨めしそうに空を見上げるのだ。
血糊がまだ新しい丸太が中庭の真ん中に置かれる。
俺は丸太の前に移動させられ最後の時を待った。
「レイン・アメツチ、最後の申し開きを許す。身の潔白の証拠があるならここに見せよ」
エレオラは高らかに宣言する。
罪人に最後の命乞いをさせるのも騎士の努めだった。
「俺の罪は二つだったな、一つは暴行容疑そしてもう一つは貴族の名を騙った罪、間違いないなエレオラ?」
大勢の衛兵の前で呼び捨てにされたエレオラは激昂しかけたが、罪人の最後の戯言と静観を決めたようだ。
「最初の罪は認めよう、たしかに冒険者達をいたぶったのはこの俺だ。しかし二つ目の罪は言いがかりだぞ、俺はたしかに貴族だ。俺の爵位は準男爵、レイン・アメツチ準男爵、アメツチ家の初代当主だ!」
俺は巾着袋から貴族の証し、認証状を取り出し中庭に集まった衛兵たちに見せつけた。
中庭にいた騎士や衛兵たちからどよめきが沸き起こり騒然となった。
もちろんエレオラにも認証状は見せる。
まがい物ではない国王陛下の印が押してある認証状を見たエレオラは、青い顔をしてその場でよろけた。
中庭の騒ぎに騎士詰め所の中から上級騎士が顔を出す。
衛兵たちから事情を聞くと大慌てで俺のもとに駆けつけた。
「し、し失礼します、認証状をお見せください!」
震える手で認証状を触ろうとする。
「控えろ! お前ごときが触って良いものではないぞ! 恐れ多くも国王陛下の直筆の書状だ、その場から確認するのだ!」
貴族の認証状というものは当主とその筆頭家来だけが触って良い代物だ。
代々伝え家宝にしていく大事なものなので、おいそれと他人が触って良いものではなかった。
「も、申し訳ございません! お許しください!」
とうとう上級騎士は土の上にひれ伏して土下座状態になった。
上級騎士と一緒に詰め所から出てきた紋章官が、片膝をついて認証状を確認する。
紋章官というのは国内外の貴族の紋章を全て覚えている職業だった。
その紋章官にかかれば認証状の真贋がはっきりしてしまう。
「確認いたしました! レイン・アメツチ準男爵様、間違いございません!」
大きな声で高らかに宣言する。
その場にいた衛兵や騎士たちは一斉に片膝を着き頭を垂れた。
「お前たちは俺のことを罪人扱いして狭い部屋で取り調べをした。そして恫喝までして罪を認めさせようとした。何をしているかわかっているのだろうな?」
「お待ち下さい! 我々は何がなんだかわかりません、アメツチ準男爵様がここにおいでになられていることさえ今知ったのです!」
ガバっと起き上がった上級騎士は取り乱し泣きそうな顔で弁明する。
俺を尋問した張本人のエレオラなどは、ブルブルと大きく震えながら地面に頭を擦り付けている。
「騎士エレオラ! これはどういうことだ! なぜアメツチ準男爵様を尋問などしているのだ!」
青い顔で脂汗を流しながら上級騎士がエレオラを問いただす。
「申し訳ございません! わ、私はわからなかったのです!」
「わからなかったで済むと思っているのか!? この御方は準男爵様だぞ! もうおしまいだ!」
今にも気を失いそうになりながら、上級騎士はその場にへたり込んでしまった。
「とりあえずみな楽にしろ、地面に這いつくばっていては辛かろう」
俺はその場に衛兵や騎士たちを座らせ静かに語り始めた。
「まず俺が貴族だとわかったのなら、暴行の罪は問われないだろうな?」
「はい! もちろんでございます!」
「そしてそこの冒険者たち、こちらに来い」
衛兵に捕らえられてブルブルと震えているチンピラたちを中庭の中央に引っ立てる。
「お前たち、俺に言うことはあるか?」
「す、すいやせん! 俺らどうかしてたんだ、堪忍してくれ!」
「嘘ついてました! 俺らが先に手出ししたんです!」
「もうしない! おれあやまる!」
「俺は反対したんだ、なんでこんな事になったんだ。見逃してください!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
五人のチンピラたちはこの世の終わりのような様子で、完全に混乱状態にあるようだ。
「これでわかったな、俺から手を出したわけではないぞ。コイツラの処遇はお前に任したぞ」
「かしこまりました! 衛兵! すぐに引っ立ててこやつらの首を刎ねろ!」
かなりの剣幕で上級騎士が命令を下す。
命令された衛兵たちは、悲鳴を上げているチンピラたちを中庭の隅に引き立てていった。
しばらくするとカゴに入ったチンピラたちの生首が、俺の前に持ってこられる。
貴族に逆らった罪の代償は命で払わされたようだ。
俺に最初に突っかかってきた大男のところにも、今頃衛兵が処刑に向かっているだろう。
残酷すぎると思うかもしれないが、この世界で貴族に逆らうということはそういうことなのだ。
下手に温情で生かしてしまえば、貴族の地位を貶めたとして俺が罰せられてしまうのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
騎士詰め所の応接間、豪華なソファーに俺は座らせられていた。
床には上級騎士と紋章官、そして中庭に居合わせた騎士たちが正座している。
そして俺の前には、ロープで後ろ手に縛られたエレオラが土下座していた。
さて、エレオラをどうしようか、このままじゃ処刑されてしまいそうだな。
なかなかの難題に、俺は頭を痛めていた。