137.モーギュスト強化計画その二
王都の高級武器防具屋に来た『白銀の女神』は、パーティーの戦力強化のため店内を物色していた。
「い、良いんじゃないか、強そうな鎧だな」
「ちょっと! 値段がすごいわよ! いくらなんでも高すぎるわ!」
値札を見たセルフィアが悲鳴を上げている。
俺は恐る恐る値札を見たが、あまりにも高い値段に気を失いそうになった。
今まで迷宮で見つけてきた金貨と同じくらいの値段だったのだ。
もちろん魔石やその他の財宝を売れば、その数倍の金額は稼いでいたが、すぐに使える現金はモーギュストの鎧に消えそうだった。
「大丈夫ですかレイン様!」
ふらっとした俺を慌ててアニーが支えてくれる。
脇腹に柔らかいものが当たって、なんとか気を取り戻すことが出来た。
「もう大丈夫だよ、ありがとうアニー」
アニーから離れると巾着袋を開き、中のお金を数えていく。
頭の中にどんどん金額が浮かんできて合計金額が出た。
(よし、なんとか足りるようだな、こうなったら買ってやろうじゃないか)
「モーギュスト、その鎧買っていいぞ、強くなるためには必要な経費だからな」
「ありがとうレインさん! 僕嬉しいよ!」
飛び上がって喜ぶモーギュストと、金額に開いた口が塞がらない仲間たちが、七色にひかる鎧を取り囲んでいた。
店の人を呼び鎧を売ってくれるように頼んだ。
呼ばれた店員は腰を抜かしてその場尻餅をついてしまった。
そのまま後ずさりをして慌てて店の主人を呼びに行く店員。
すぐに店主が飛んできて鎧の売買交渉に入った。
アダマンタイトの全身鎧は店の看板商品で、売れるとは思っていなかったようだ。
そもそもこの鎧は迷宮からの出土品で、現代の職人には作れない代物だそうだ。
王都で秋に開催されるオークションで落札したもので、店に箔をつけるための物だったようだ。
店主もあまり売りたくなさそうで、売買交渉に乗り気ではなかった。
この手のものは値引きなどすると笑いものになってしまう。
店の言い値で買うのが常識で、値札のままの値段で買うことにした。
「お客様、買っていただけるのは嬉しいのですが……、大変言いにくいですがその方では装備できないと思いますよ」
店の主人は俺の顔色を見ながら進言してくる。
体の小さなモーギュストでは装備しても動けないと言っているのだ。
「とりあえず着せてみてくれ、それから買うか決めるから」
「まあよろしいですけど、怪我しても当店では責任取りませんよ」
鎧の重さに、モーギュストが潰されてしまうことを恐れているようだ。
(面倒くさい客が来たと内心思っていそうだな)
もちろん俺はモーギュストなら問題なく装備できることはわかっていた。
ドラゴンの前足の一撃を吹き飛ばす彼に、この程度の重さの鎧が着られないはずがないのだ。
屈強な男たちが店の裏から現れた。
超重量の鎧のパーツをケースから取り出し、モーギュストに装着するためだった。
まずは左右の足の部分がモーギュストに取り付けられた。
一点ずつ装着されていく鎧、モーギュストに着せるたびに鎧が縮んでいく。
魔法がかかっている鎧は、モーギュストの体のサイズにピッタリに収まっていった。
次は胴体、すっぽりとモーギュストの体が隠れてしまう。
しかし次の瞬間には鎧がギュッと縮まって、ちょうどよい大きさになってしまった。
「面白いね、魔法がかかっているのかな?」
初めて見る鎧の光景にリサが興味津々だ。
魔法で収縮する事を教えてあげると、感心しきりでじっと鎧を見つめていた。
腕が取り付けられ、更に兜がすっぽり頭に収まる。
全身鎧に包まれ、アダマンタイトの塊がその場に立ち上がる。
「いかがですか? 装着できたことだけでもすごいことですが、動けませんでしょう?」
脂汗をかいた店主がモーギュストに意地悪な質問をする。
「モーギュスト、少し動いてみてくれ」
「オッケー、危ないから少し離れててね」
周りの人を周囲からどけると、おもむろに屈伸をし始める。
始めはゆっくりだったが、徐々に加速していき目にも止まらないスピードになっていった。
ガシャンガシャンと音を立てながら黒い塊が上下に伸び縮みする。
周囲の床が振動で波打ち、崩壊の危険性が出てきた。
これ以上やると床が抜けてしまうので、適当なところでやめさせた。
「次は腕立て伏せをやるよ」
床に腹ばいになったモーギュストは、腕で体を持ち上げると腕立て伏せを始める。
鎧の重さは数トンはあり、常識では動くことすら出来ない。
しかし、『身体強化』をしているモーギュストは、余裕で腕立て伏せをこなしていた。
「次は片手だよ」
片手だけで体を支え、更に動きを加速させていく。
終いには腕一本だけで逆立ちをして屈伸し始めた。
「もうそのへんでいいんじゃないか?」
「わかったよ、今立ち上がるよ」
ズドンと振動を起こしながら二本足で立ち上がる。
床は今にも抜けそうなほど振動していた。
「どうだ? うちの盾職は力持ちだろ?」
モーギュストの事を侮っていた武器屋の主人に聞く。
「ははは、はい、も、申し訳ございませんでした。私が間違ってましたお許しください」
すっかり怯えて青い顔になった主人は、脂汗をダラダラと流しながら頭を深く下げて許しを請うのだった。
支払いを済ませ正式に鎧はモーギュストのものになる。
鎧の大きさを固定する呪文を鎧にかけてもらい、モーギュストの体の大きさに鎧を合わせた。
巾着袋の中には貨幣が残り少なくなってしまう。
魔石を換金したほうが良いかもしれないな。
「レインさんありがとね、これで少しは強くなったよ。でもこれだけではバンパイア・ロードの攻撃は受けられないと思うんだ。今度はこの鎧を魔法で強化しようと思うんだ、錬金術師の店に行きたいからついてきて」
モーギュストが仰天発言をする。
彼は更に鎧の強化を行うようだ。
俺は観念してモーギュストの後をうなだれながらついて行くのだった。
強化には大賛成だが先立つ物が無い。
俺たちは魔石を換金するために換金所へ向かうのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
魔石換金所、大きな街にはかならずある施設だ。
冒険者は魔物を狩って魔石を入手すると必ずここへ持ってくる。
王国が運営する換金所は換金率が良く、いつも一定の金額だった。
俺の巾着袋の中には魔石や魔結晶石が山のように入っていた。
ミドルグの換金所で換金をしていたのだが、最近は換金しすぎて自重するようにいわれていた。
そんなわけで大量の魔石を袋にためたまま王都へ来たのだ。
今回王都へ来た目的の一つに魔石の換金も含まれていた。
魔石自体では何も買うことは出来ないので、硬貨に替えておこうと思ったのだ。
換金所のオヤジに魔石の入った小袋を渡す。
中を確認したオヤジは、魔石の質の高さに驚いたようで、咥えていた煙草をカウンターの上に落とした。
「旦那、こんな純度が高い魔石、一体どこで手に入れたんですか?」
客の情報を聞くのはご法度なはずなのに思わず聞いてきた。
「ミドルグだ、それなりに深く潜っている」
「ミドルグですか! おみそれしました! 今換金します!」
超一流の冒険者が集まる迷宮、『ミドルグ迷宮』。
その場所なら納得だとオヤジは金貨を山のようにカウンターに積んでいった。
俺は魔石を次から次へと換金しまくった。
「旦那、もう勘弁してください。店の金がもう無くなってしまいます」
換金所のオヤジが泣き言を言ってきた。
王都の換金所は規模がでかい、その換金所の金が枯渇するほど魔石を換金して、巾着袋の中には金貨が唸るほど蓄えられた。
「まだまだあるのだが、これくらいにしといてやるか」
うなだれているオヤジに見送られて換金所を後にするのだった。