136.モーギュスト強化計画その一
王都へ到着した『白銀の女神』は、観光を楽しむのだった。
腹ごなしに街をぶらつきながら武器屋へ向かう。
ミドルグの武器屋も品揃えが豊富だったが、やはり王都の武器屋は別格だろう。
国内外からありとあらゆる兵器が集まっているはずだ。
高級商業地区の中央付近にひときわ大きな店構えが見て取れた。
石造りで三階建て、剣と斧が交わった看板が目印の王都最大の武器防具屋だ。
ミドルグの武器屋の主人も取引をしているそうで、手広く国内で商いしているようだった。
扉を開けて店内に入る。
六人と一匹が一度に入店しても店内は広々としていて快適だった。
店内の棚や壁には、ありとあらゆる武器や防具が飾られていて、圧倒されてしまう。
種類ごとに分けて展示されているので、とてもわかり易かった。
「あっしは短剣のコーナーを見てきやす」
「僕は槍と鎧だね、後でね」
ワンさんとモーギュストが仲良く店内に消えていく、残された俺達も移動することにした。
「セルフィア達は武器を見なくてもいいのか?」
「そうね……、私は今の杖でいいわ、この杖で戦いたいの」
愛おしそうに杖を握りしめセルフィアが答える。
「私も今の錫杖で満足しています。そもそも信仰こそが私の武器なのです」
「リサもいらないわ」
アニーの言うことは一理ある、武器を替えたところで信仰が伴わなければ、僧侶系の呪文は威力は上がらないのだ。
リサの場合はそもそも親の形見の弓なので、おいそれと手放すわけにはいかなかった。
それに古代の失われた技術で作られたミスリルの弓は、現代の物より数段威力が高く、買い換える理由もなかった。
三人とも俺から離れようとしない、結局両手をセルフィアとアニーに抱え込まれ腰にリサが張り付くという格好で店内を見て回ることになった。
俺の頭の上に浮かんでついてくるドラムは、眠そうな顔をしていて全く武器に興味がなさそうだった。
三人連れ立って刀剣のコーナーへ移動をした。
周りにはありとあらゆる剣が並んでいた。
まず目についたのはピカピカに磨かれたロングソードの列だ。
ソードラックと呼ばれる木で出来た剣置きに、整然と並べられていて見ていて飽きない。
一本引き抜いて構えてみると、なかなかバランスが良くて取り回しが良かった。
「ミスリルの合金か、さすが軽いな切れ味も良さそうだ」
「なかなか良さそうね、一本買っておいてもいいんじゃない?」
「いや、刀に比べれば切れ味は劣るよ、やはり刀がいいな」
セルフィアと色々話しながら見ていく、久しぶりの買い物で彼女も上機嫌だった。
「お兄ちゃん、あっちに刀あるよ」
リサが俺の腕を引っ張りながら店の隅の方を指差している。
刀という単語を聞いて反射的に指されている方向を見た。
さすがは王都の高級店、刀のコーナーも設けられていて、少なくない本数の刀が壁にかかっていた。
一本適当に手に取り、鞘から引き抜いてみる。
丁寧な手入れが施された刀身は、曇り一つなく鏡のように光っていた。
「う~む、悪くはないんだけどなぁ」
バランスもよく切れ味も良さそうだ。
文句のない出来の刀だが、なにか違う気がする。
「お気に召しませんか?」
アニーが寄り添ってきて刀を見てくる。
「うん、どうも違う気がするんだよ。俺の刀よりいいものはないな」
一通り見て回ったが、買いたいと思うものは見当たらなかった。
店においてある刀はどれも一流で素晴らしいものだ、しかし俺の刀は別格中の別格で、到底代わるものなど置いてはなかった。
(もう迷宮で宝箱から出てくるのを待つしかないのかな……)
もう一つの武具入手法である宝箱、その方法からしか俺の納得のいく武器は入手することは出来なそうだ。
「モーギュスト達の所へ行ってみようか、なにか気に入ったものが見つかったかもしれないからな」
俺は武器の購入を諦め、ワンさんやモーギュストを探しに店内を移動した。
「なにかいいものあったかい?」
ワンさんを短剣のコーナーで見つけ声をかける。
「駄目でやんすね、もっと強度がある短剣が欲しいんでやんすが、ここには置いてありやせん」
残念そうに報告してくる。
ワンさんの『身体強化』に耐えうる短剣はこの店でも見つからなかったようだ。
「あっしも色々技を考えてはいるんでやんすが、強度の足りない短剣では練習もできやせん。正直困っているんでさぁ」
「そうなのか……、俺もいい刀がなかったんだよ、困ったね」
せっかく王都へまで来て買うものがないのでは、来た意味がなくなってしまう。
モーギュストが何も買わなければ、誰も何も買わないことになってしまいそうだった。
「レインさん! こっちに来て!」
どこからかモーギュストの声が聞こえてくる。
あたりを見渡すが姿は見えなかった。
「上だよ! 二階の防具売り場、早く上がってきてよ」
見上げると建物は吹き抜けになっていた。
そして手すりの隙間からモーギュストが手を降っているのが見えた。
「今いくよ」
軽く手を振ってから仲間たちと二階に上がっていく、二階の踊り場には嬉しそうなモーギュストが、俺たちが来るのを待っていた。
「なんかいいものあったか?」
期待を込めてモーギュストに問いかける。
「うん、前からほしいと思っていた鎧があるんだ。こっちに来てちょっと見てよ」
俺の手を引きながら奥へと歩いていく。
周りには全身鎧が整然と並べられていて、なかなか見応えがあった。
鋼鉄で作られた鎧や、モーギュストが身に着けていた魔法鉄鋼の鎧もある。
様々な素材でできた鎧の中をどんどん進んでいった。
壁際の一番目立つ場所に、ガラスケースに入れられたひときわ豪華な鎧が見えてきた。
ケースの周りにはポールが立てられていて、太いロープが張り巡らされている。
「おや、警報装置が設置されてありやすね」
罠の専門家のワンさんが、ひと目で厳重な警備体制を見破った。
「僕これ買うよ、前から欲しかったんだ」
モーギュストが嬉しそうに言い放った。
よくよく見るとその黒光りした鎧は、どこかで見たことがあるような気がした。
黒光りした頑強そうな装甲、継ぎ目らしきものは見えず、どうやって着るのかさえわからない。
曲面と突起で構成された表面は、店内の照明に当たって虹色に光っていた。
更に鎧の横には壁盾も飾ってある。
同じ素材で作られているのは一目瞭然で、鎧と盾のセット販売のようだった。
「この鎧、モーギュストの着ている鎧に色がそっくりだな」
「確かに似てるわね、光の反射したところが虹色に輝いているわ」
「綺麗だね、宝石みたい」
「みんな鋭いね、この鎧は僕の鎧と材料が同じなんだよ、しかもこの鎧はアダマンタイトだけで作られているんだ!」
モーギュストが鎧の正体を言い放った。
その場にいるみんなが一瞬思考を停止する。
「今なんて言ったんだ? アダマンタイトだけだって?」
「そうだよ、全てアダマンタイト鋼で出来ているんだ。そんじょそこらの防御力じゃないよ。それにとても重いから装着できる人だって限られるんだよ」
興奮して説明するモーギュストは、とても誇らしく嬉しそうだった。
アダマンタイト、青黒く光る鉱石を特殊な製法で製錬して作る超硬質の金属である。
純度が高まるほど硬さは増していくが、武器や防具に加工するのが難しくなっていく。
そのためとても高価で、同じ重さの金の十倍の価格で取引されていた。
俺は頭の中でアダマンタイトに関する知識を確認していた。
(一体いくらになるんだ……、お金は気にするなと言ったけど想定外の事態だな……)
モーギュストは遠慮するつもりはないようだ。
こうなったら彼の思うように買わせてあげよう、俺は覚悟を決めるのだった。