134.王都到着
パーティーのリーダーをしていると悩みも多くなる。
いろいろ考えてしまったが、今はすべて忘れて楽しもう。
ミドルグを出発して十三日目、とうとう『オルレランド王国』の首都、オルレニアに到着した。
白樺の林の中を馬車はゆっくりと走っていく。
木々の間からオルレニア城の尖塔が見え隠れして、久しぶりの王都へ来た実感が湧いてきた。
林を抜けると目の前に麦畑が広がる、そして小高い丘の上に巨大な城壁に囲まれた首都オルレニアが姿を現した。
『千年王都オルレニア』、人口二十万人を有する『オルレランド王国』最大の都にして王国の首都である。
王都の歴史は千年以上前の魔神戦争に始まる。
原始の神『十六柱の神』が、『女神イシリス』と『冥王ザーティン』の二つの陣営に別れて壮絶な戦いを繰り広げ、その争いに女神陣営として加勢した人族の長が、戦争終結後に起こしたのが発端とされていた。
オルレニアの周りは大穀倉地帯だ、まだ熟していない麦の穂が春のそよ風にふかれてサラサラと揺れている。
空は快晴、雲一つない空の下どこまでも広がるグリーンの絨毯の中を、馬車は軽快に走っていった。
馬車がオルレニアの入場門を止まること無く市内へ入っていく。
ミドルグ同様、貴族の馬車は門で検問されることはないのだ。
「懐かしいわ! またオルレニアに来られたのね!」
セルフィアはオルレニア市に行くことが憧れだと昔語っていたことがある。
一度俺の叙爵のため来て以来の上京だった。
「あまり変わってないわ、いつ見てもにぎやかで楽しそう!」
馬車の窓に張り付きながら外を見てはしゃいでいる。
「そうだな、でも少し物騒になっていないか?」
俺は反対側の馬車の窓から車外を見ながら違和感を覚えていた。
「え? どこかおかしなところある?」
セルフィアが勢いよく俺の背中に抱きつきながら窓の外を覗き込んだ。
「わからないか? 通行人の中に武器を携えた傭兵たちが、たくさんいるじゃないか」
「本当ですね、前来たときはあまり居なかったように思います」
アニーが俺のそばに寄ってきて窓の外を見る、狭い車内なので顔が近くてドキドキしてしまった。
「お兄ちゃんあそこ見て、軍人さんがいっぱい居るよ」
リサが俺の懐に下からせり上がってきて窓の外を指差す。
指された方向を見ると広場があり、整然と整列した男たちが見えた。
「リサ、あれは傭兵団だよ、装備がバラバラで武器だっていろいろなものを装備しているだろ、王国兵ならもう少し整った武装をしているはずだ」
「ふ~ん、そうなのね」
リサを抱き寄せ膝の上に乗せる、優しく説明してあげると納得してくれたようで、大人しく窓の外を眺め始めた。
(戦争の影が見え隠れしているな、後で情報を仕入れてみよう)
今日から当面の間泊まろうと思っているのは、一度泊まったことがある高級宿『金色の真鮒亭』だ。
ネーミングセンスはいまいちだが、従業員の教育が行き届いていてサービスはピカイチだった。
宿に到着すると二人の馬丁が足早に近づいてきて馬車に向かってお辞儀をする。
ワンさんとモーギュストが降りて馬丁と何やら話し始めた。
宿屋には『王室御用達 金色の真鮒亭』と金ピカの文字で書かれている大きな看板が掲げられている。
懐かしさで見上げていると宿の扉が大きく開き、上品な初老の紳士が現れた。
「アメツチ様、お久しぶりでございます。また当店へお越しいただけて大変嬉しく思います。ささ、どうぞこちらへ」
初老の紳士はこの宿の主人、前回泊まったことを覚えていたらしく、俺の名前まで覚えていた。
「今日から暫く泊まることになる、よろしく頼む」
小袋に入った金貨を主人に渡す、その重さから金額の多さを悟った主人が満面の笑みでお辞儀をしてきた。
「ありがとうございます。最高級のお部屋を用意していますよ。どうぞごゆっくりしていってください」
主人に案内されて階段を登っていく、通されたのは前と同じ階で広々とした豪華な部屋がたくさんあった。
「この階はアメツチ様御一行様の貸し切りにいたします。どうぞ好きなお部屋へお泊まりください」
宿の最上階、吹き抜けに廊下がぐるりと取り囲っている。
一つ一つが大きく広い部屋が合計で七つ、一つは大きなリビングになっていて他は寝室がついている部屋だった。
主人が丁寧に部屋の説明をしていく、専属のメイドが三名つくといわれたが、落ち着かないので丁寧に辞退した。
説明が終わるとお辞儀をして主人が部屋から出ていく。
リビングのソファーに腰掛けて一息ついた。
「ふ~、緊張したわ、こういう高級な所あたし慣れないわ」
「そうですね、私も慣れません」
「姉さんたち、たまには贅沢しても罰は当たりやせんよ。それにレインの旦那は貴族なんでやんすから、今のうちに慣れておかなければいけやせん」
「なんであたしたちが慣れておかなければいけないの?」
「そりゃあ、旦那のお嫁さん候補でやんすからね、もう少し自覚してくだせぇ」
「ちょ! ちょっと何言ってるのよ!」
セルフィアが赤い顔をして慌てている。
「まあ、うふふふ、そうでしたね、ワンさん良いこといいますね」
アニーはまんざらではないようだ。
「リサもお兄ちゃんのお嫁さんになる~!」
リサが興奮して俺に飛びついてくる。
部屋の中はにぎやかな笑い声で満ちあふれ、楽しい時間が過ぎていった。
次の日の朝、明るい部屋で目を覚まし、ふかふかのベッドの上で伸びをする。
旅の疲れがさっぱりと無くなって清々しい朝を迎えた。
隣を見るとドラムがまだ眠っていて大きな寝息を立てていた。
「よし! 起きるか、みんなはもう起きたかな?」
勢いよくベッドから飛び降り朝の身支度を開始する。
飛び降りた時にドラムが起きてしまい、目を少しだけ開けて眠そうに一声上げた。
「ごめんなドラム、好きなだけ眠っていていいぞ」
毛布をドラムにかけてあげると、すぐに寝息を立ててドラムは夢の中へ旅立っていった。
俺は裸になると備え付けの風呂場へ足を運んだ。
高級宿には風呂が完備してあり、いつでもお湯が出るようになっていた。
魔道具で温められたお湯は、配管を通って宿の隅々にまで届けられていた。
いつもはアニーに頼んで『クリーン』の魔法をかけてもらっているが、風呂に入れるなら是非とも入ってみたい。
大きな桶にお湯を溜めるとゆっくりと体を沈める。
体を拭く程度で風呂の習慣があまりない異世界で、湯船に浸かる贅沢を満喫した。
しばらく湯に浸かって旅の疲れを癒やす。
桶から出ると冷水を頭からかぶり身を引き締めた。
上等な服を着て身支度を整える。
刀を腰に差すと、寝室からリビングへ移動した。
寝室のドアはリビングにつながっている、ドアを開けると早起きのアニーが声を掛けてきた。
「おはようございます」
「おはようアニー、よく眠れたか?」
「はい、ぐっすり眠れましたよ、ベッドが気持ちよすぎてセルフィアとリサはまだ眠っています」
「そうか、好きなだけ眠らせてやろう、お腹が空いたかい? なにか食べようか」
俺は巾着袋から何か軽い食べ物を取り出そうとした。
「それでしたらみんなを起こして街へ行きませんか? 王都の美味しいご飯を食べに行きたいです」
「それもそうだな、今日は観光初日だ楽しみだね」
アニーと手分けしてみんなを起こしに行く、俺はワンさんとモーギュストそしてドラムを、アニーはセルフィアとリサを起こしに行った。
一時間後、宿の前に集合する『白銀の女神』の一行が見て取れた。
「みんな王都を楽しもう、まずは腹ごしらえだ、行くぞ!」
「「「「「了解!」」」」」
嬉しそうな返事が王都の空に響き渡った。