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133.葛藤

 救出活動を終えた『白銀の女神』は、再び王都への旅を再開した。




「のどかでやんすね~」


 馬車は早春の穀倉地帯を緩やかな速度で王都へ向けて走っていた。

 俺は御者台で手綱を握り馬車を操縦している。

 隣にはワンさんが座り、のんびりと周囲の景色を楽しんでいた。


「だいぶ上手になってきやしたね、旦那は筋がいいでやんす」


「そうかな? まだ速度も出せないし怖いよ」


「すぐ慣れやすよ、誰でも初めはそんなもんでさぁ」



 王都への旅路も中程に差し掛かり、暇になった俺は馬車の運転に慣れるために、運転技術を教えてもらっていた。

 始めワンさんは貴族である俺は、馬車など運転しなくていいと言っていた。

 しかし、もしもの時に動かせなければ戦術の幅が狭まると俺が説得して、なんとか納得してもらい教えてもらえることとなったのだ。


 運転してみるとなかなか難しく、ノロノロ運転でしか動かすことが出来なかった。

 しかし動かせないのと下手でも動かせるのでは、雲泥うんでいの差なのでかなり意味のある訓練になった。


「ワンさん、そろそろお昼だからどこかに馬車を止めよう。あの辺なんてどうかな?」


 少し行ったところにある小高い丘の上を指し示す。


「行きたい方向へ軽く手綱を引いてくだせぇ、後は馬が勝手に動いてくれやす」


「それだけでいいのか?」


「馬は賢い動物でやんす、案外あっし達の会話も理解しているかもしれやせんよ」


「ははは、また冗談だろ」


 俺はワンさんの冗談を笑ってあしらった。

 しかしよく考えたら魔物の言葉がわかるのだから、馬の言葉もわかるかもしれない。


「ワンさん、馬にも言葉ってあるのかな? もしかしたら俺、馬の言葉話せるかもしれないよね」


「どうでやんすかね、馬は人型じゃないから駄目だと思いやすよ」


「ちょっとやってみようかな、おい! 止まってくれ!」


 馬に向かって話しかけてみる。

 しかし馬は聞こえているはずなのに一向に止まる気配はなく、ゆっくりと歩みを進めていた。


「もしもし、止まってくれますか? お願いしますよ」


 もしかしたら下手に出れば言うことを聞いてくれるかと思って、丁寧にお願いしてみる。

 だが馬は完全に無視して歩いていた。


「やっぱり駄目でやんすね、言葉は通じていやせん」


「ははは、馬耳東風とはよく言ったものだな、『異世界言語』も万能ではないらしいな」


 出来ないことがわかっただけでも実験の価値はあったと思うしか無かった。





 道端に馬車を止め、見晴らしのいい丘の上で昼食をとることにした。

 ちょうどピクニック日和の快晴で、青空には雲一つ浮かんでいない。

 新緑の季節には少し早いが木々には新芽が芽生え始めていて、丘の上には下草がびっしりと生えていた。


「ん~、やっぱり外は気持ちがいいわね。狭い馬車の中は息が詰まるわ」


「そよ風が気持ちがいいです、お昼寝したいですね」


「お腹空いたわ、お兄ちゃん早く食べよ」


 車内から出てきた女性陣はみな背伸びをしている、リサは元気よく丘を駆け上っていった。




「お兄ちゃ~ん、ここらへんが良いみたいよ~」


「ああ、今行くよ」


 丘のてっぺんでリサが俺を呼んでいる、俺は笑顔で応えしっかりとした足取りで上っていった。

 巾着袋から大きめの絨毯じゅうたんを取り出しその場に広げた。


「リサ、絨毯の端を広げてくれ」


「わかったわ」


 リサは俺と作業するのが嬉しいらしくニコニコと笑っている。


(リサの心の傷は少しは癒えただろうか、もっと子供らしいことを経験させてあげなくてはいけないな)


 両親を亡くしたリサを俺はいつも気にかけていた、彼女の親代わりになれているだろうか。



 絨毯を敷き終わると更にテーブルや椅子を取り出し並べていく。

 日差しを遮る大きな傘をセットすると即席の食卓が完成した。



 食卓の設置が完了する頃、仲間たちが遅れて上がってきた。

 馬の世話や馬車の点検で少し遅れてきたようだった。


「もう少し待ってくれ、今食べ物を並べるからな」


「慌てなくていいわよ、風が気持ちいいから景色を眺めているわ」


 セルフィアが大きめの岩の上に立って、きれいな金色の髪をそよ風になびかせている。



 みんなの好物をテーブルに並べていく、白パンに串焼き肉、ナンコツの焼き鳥。

 ワンさんには『ラーミン』を後で出してあげようかな。

 あっという間に豪華な料理でテーブルがあふれかえった。




 食後はみな思い思いに過ごす。

 アニーは静かにイシリス様に祈りを捧げている。

 セルフィアは瞑想めいそうをして体内に魔力を巡らせ、魔力アップの鍛錬をしていた。

 ワンさんとモーギュスト、リサの三人は近くの森に腹ごなしを兼ねて狩りに出かけている。


 俺はドラムを枕して草原に寝そべり青い空を眺めていた。

 眺めながら今後のことを考える。

 いつも頭から離れないのは奈落の王、バンパイア・ロードのことだ。

 二十階層のボスであることが予想される最強の魔物。

 考えれば考えるほど勝ち目のない戦いだと思われた。


 今までボス魔物と戦ったのは三回、五階層のコボルドナイト、十階層サラマンダー、そして十五階層の大司教だ。

 みなその時の俺達の実力では強敵で、サラマンダーに俺は殺されかけた。

 しかし、今までのボスは先達せんだつたちが攻略してきたボスで、情報が少なからずあった。

 その情報を元に戦略が立てられ、なんとか勝利してきたのだ。


 では今回のボス、バンパイア・ロードはどうだろうか。

 図書館などに古い資料として奈落の王の情報はあった。

 しかしそれはおとぎ話の中の出来事で本当のことではない。

 現代に生きる探索者達は、誰ひとりとして奈落の王と戦ったことがないのだ。

 どんな攻撃をしてくるのか、威力はどれほどのものなのか、俺達はやつの姿すら見たことがないのだ。

 どのくらいの戦力で挑めばいいかなんてわかるわけがなかった。


 現状考えられる限りの戦力アップをして挑むしかないが、六人と一匹、五体満足で勝利することなど出来るはずがなかった。


(この辺が潮時かもしれないな……)


 冷静な俺の部分がミドルグでの探索の終了を提案している。

 しかし、もうひとりの俺が、未知の探索をあきらめたくないと言っていた。

 二つの相容れない考えが頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。

 仲間たちに相談しても結局俺に判断を委ねるだろう、俺に仲間たちを死に追いやる事ができるのだろうか。




(待てよ……、奈落の王の事を知っている人は本当にいないのだろうか?)


 頭の中にひらめきに近い考えが芽生えた。

 例えばアトラスさん、彼は十九階層にある『城』のことを知っていた。

 深くは聞かなかったが、もしかしたらボスと戦ったことがあるかもしれない。

 そしてもう一人、大事な人を忘れていた。

 いつから探索しているかわからないほど、長く生きている伝説の探索者。

 アルフレッド・メイウェザーとして魔術を極めた大魔導師。

 常に単独で迷宮を探索する伝説の『単独迷宮探索者スカベンジャー』、ショーン・ギャラクシー。


 同じ地球出身の、間違いなく俺より強い男。

 彼なら奈落の王を倒したことすらあるかもしれなかった。



(王都へ来たのは失敗だったかもしれないな、もう少しミドルグに残って情報を集めたほうが良かったかな)


 しかしもうミドルグとはだいぶ距離が離れてしまっている。

 引き返すのは現実的ではないし、王都へ行く目的はそれだけではないのだ。

 俺たちには息抜きが必要だ。

 パーティーを組んでからここまで、ろくに休息も取らず探索してきた。

 仲間たちも表面的には変化はないが、相当に疲弊ひへいしていることだろう。

 当分『ミドルグ迷宮』のことは忘れて、心身ともに休息を取ることが必要だ。





 俺は結論が出ない考えを頭から追い出し、午後の心地よい日差しに身を任せる事にした。

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