132.旅はまだ続く
知らぬ間にダンジョン攻略を果たしてしまった俺は、思わぬお宝を手に入れた。
「うわ~! 凄いわ! こんなきれいな石見たことないわ!」
「なんて美しいんでしょう……、見ていて飽きませんね……」
「綺麗だね! きらきらよ!」
急遽引き返し連れてきたセルフィア達は、とても喜んでダンジョンコアを取り囲んでいる。
俺は洞窟から脱出すると、草むらに隠れているセルフィア達に駆け寄った。
内部の状況を話していくと、とても驚いて心配してくれた。
トロルとの戦闘を説明するとセルフィアはとても悔しがり、一緒に行かなかったことをとても後悔していた。
セルフィアは、「あたしのインフェルノだったら一発で倒せたわ」そう言っていた。
確かにセルフィアの強力な地獄の炎ならトロルも消し炭になっていただろう。
更にアニーの『神聖防壁』があれば、ドラムのブレスも問題なかったはずだ。
今回の戦闘でいかにパーティーのバランスが大事かということが思い知らされ、『白銀の女神』がどれほど完成されたパーティーかということが痛いほどよくわかった。
ちなみにドラムに焼き殺されそうになったことは、彼女たちにはナイショにした。
反省したドラムが、セルフィア達にまた説教されるのは可哀相だと思ったからだ。
ドラムに甘いと思うかもしれないが、卵から育てた可愛い子供みたいなものだからしかたがない。
「よし、そろそろダンジョンコアを取り外そうか」
いつまでもダンジョンコアの周りを離れないセルフィア達に声をかける。
「え~、もう少し見ていたいわ。ゆっくりと回る所を目に焼き付けておきたい!」
セルフィアが駄々をこねるが、いつまでもここに置いておくわけにも行かない。
あと数日したらダンジョンとともに崩壊して消えてしまうのだ。
「旦那、台座ごと切り離してみやしょうか? もしかしたら回転も止まらず手に入れることができるかもしれやせんよ」
ワンさんが良い提案をしてくる。
「それいいアイデアね! ワンさん冴えてるわ!」
セルフィアが嬉しそうに言い、他の二人も大きくうなずいている。
「それはいいけど出来るのか?」
「旦那の刀で切ってくれやせんか? 切れ味抜群の刀ならいける気がしやす」
「なるほどな、やってみるか。みんな少し離れていてくれ、ワンさん、失敗したときはダンジョンコアが地面に落ちる前に受け止めてくれよ」
「わかりやした、いつでもいいでやんすよ」
俺は間合いからみんなを避難させると、腰を低く構え刀に手をかけた。
『身体強化』を強め、剛力の小手に魔力を込めていく。
刀身にも魔力を込め、必殺の一撃を台座に向かって放つため意識を集中した。
「いくぞ!」
シュッと空気の切り裂く音がして刀身が台座をすり抜けていく。
石でできた台座は中程から切れ目が入り、わずかに横にずれた。
「お見事でさぁ、台座は綺麗に切り取れやしたよ」
ワンさんが切り取られた台座をゆっくりと持ち上げた。
台座の切断面はなめらかで傷一つついていない。
日本にいた頃テレビで見た、石切り場のウォーターカッターより鋭利に切れていて驚く。
肝心のダンジョンコアも、何事もなかったかのようにゆっくりと回転していた。
異世界のスキルは、使い方次第でとんでもない性能を秘めていることが改めてわかり、更にそのスキルを俺が使いこなしていることに今更ながら驚いた。
「さあ、もうここには用はない、さっさと脱出しよう」
ダンジョンコアを巾着袋に収納する。
しばらくしたら崩壊をし始めるダンジョンから速やかに脱出した。
朝日が眩しく山の木々を照らしている。
洞窟の奥で行われた死闘のことなど関係ないというように、鳥たちがさえずり朝を告げていた。
「またせたな、村に戻るぞ」
「レイン様、お疲れさまでした。この御恩は一生忘れません」
ゴメスさんと村娘たちが地面に頭を擦り付けてお礼を言ってきた。
「娘たちも無事で良かったな、もう立ち上がるんだ。帰るぞ」
「はい! ありがとうございます!」
貴族らしい言動を心がけるのが内心疲れてきた、早く村に帰って眠りたいと切実に思った。
「村が見えてきたわ、みんなこちらを見ているみたいよ」
お昼になる前に村に到着する。
村娘達の歩くペースに合わせて帰ってきたので、思いの外遅くなってしまった。
娘たちが村の門を見た途端元気に走り出した。
「「「お母さん!お父さん!」」」
村娘達は泣きながら家族達と抱き合った。
村の入口は彼女たちの無事を喜ぶ村人たちでごった返している。
俺達が到着すると一段と大きな歓声が辺りに響き渡った。
「ありがとうございます!」
「貴族様! ありがとうございます!」
「救世主様!」
人々が感謝の言葉を言ってくる。
しばらく村人の歓迎を受けていると、人々をかき分けながら村長が姿を表した。
「レイン様、この度は村の娘達の救出ありがとうございました。村を代表してお礼申し上げます」
村長は深々と頭を下げる、村人たちも一斉に頭を下げた。
「無事で良かったな、怪我もしていないし乱暴もされていなかった。不幸中の幸いだったな」
「ありがとうございます。お疲れでしょうから宿へ移動しましょう、今夜は祭りをしますので、それまでお休みください」
村長の好意で宿の一番いい部屋へ通される。
お世辞にも豪華な部屋ではないがベッドで眠れるだけましだった。
軽食をとった後、疲れた体を癒やすため仮眠を取った。
その夜、村人たちの祭りに招待された俺達は手厚い歓迎を受けた。
娘たちが無事戻ったことがよほど嬉しかったようで、夜遅くまで祭りは続き大いに盛り上がった。
村一番の酒豪とワンさんの飲み比べや、セルフィアとアニーが参加した大食い大会は、見ていてとても面白く大盛況だった。
飲み比べの勝敗の結果は、もちろんワンさんの圧勝で、村の酒豪は飲み過ぎで倒れてしまい担架で運ばれていった。
俺も代わる代わる村人に酒を飲まされて意識を失ってしまった。
楽しいひと時を過ごした次の日、村を旅立つことにした。
宿屋の前に黒塗りの馬車が到着した、御者はもちろんワンさんだ。
昨日の祭りで大量の酒を飲んだにもかかわらず、二日酔いにはなっておらず涼しい顔をしている。
「レイン様、本当に報酬の方はよろしいのですか?」
村長が革袋を抱えて、俺に聞いてくる。
お礼を受け取ってくれと昨晩言われたが、俺はその申し出を断ったのだ。
「旅のご無事をお祈りしております。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げて村長が挨拶してくる。
馬車の周りには大勢の村人たちが見送りに来ていた。
「では、みな達者でな」
村人たちの前では俺もワンさんみたいに涼しい顔をしていたが、内心は気持ちが悪くて吐きそうになっていた。
祭りで酒をたくさん飲まされ意識を失った俺は、宿屋のベッドで目を覚ましたが見事に二日酔いで世界が回っていた。
気持ちが悪いのを我慢しながら馬車に乗り込む、貴族たるものみっともない姿は見せてはいけないのだ。
同じく二日酔いでフラフラのセルフィアがアニーに抱えられて馬車に乗り込んできた。
「セルフィア……、もっとゆっくり乗り込んでくれ、頭が痛いし吐きそうなんだよ……」
「……」
青い顔をしたセルフィアは俺に答える気力もないようだ。
肩を貸しているアニーが苦笑いをして、静かに座席に座らせた。
「お兄ちゃん大丈夫? リサのお膝に頭を乗せていいよ?」
「ありがとう……、でも大丈夫だよ」
最後の力を振り絞り窓際に座ると村人たちに手を振る。
村人たちから歓声が上がり、口々に御礼の言葉を言ってきた。
「ありがとうございました~」
「この御恩は一生忘れません!」
「また来てください~」
昨日救出した娘たちも元気に手を振っている。
「出発しやす」
ワンさんが小窓から知らせてくる。
「ああ行ってくれ」
ゆっくりと馬車が動き出し、村人たちからひときわ大きな歓声が上がった。
徐々に速度を上げた馬車は村人たちが見守る通りを抜け、村の入口を通過する。
子どもたちが手を振っているのがみえる。
いつまでも見送っている村人たちを背に、黒塗りの豪華な馬車は王都へ続く道を軽快に走っていくのだった。