129.不死
ゴブリン掃討作戦に移行した俺達は、洞窟の奥で思わぬ強敵に遭遇していた。
前方からゆっくりとした足取りで巨大な何かが近づいてくる。
身をかがめながら近づいてくるが、天井に頭を擦り付けるようにして窮屈そうだ。
「トロルでやんす、あっしも見るのは初めてでさぁ」
俺達の目の前に現れたのは筋骨隆々の巨人だった。
黄緑色の体は真っ裸で腰布もつけていない、あまり知性を感じさせない風貌でだらしなくよだれを垂らしていた。
異様に顔が大きくコブだらけだ、大木で作った棍棒を持っていてかなりの威力がありそうだった。
「トロルって人里近くに自然発生するものなのか? なんであんな奴がこんなところにいるんだ……」
「なかなか骨がありそうな魔物だね、やる気が出てきたよ」
モーギュストはトロルと力比べをするために一歩前に出る。
「モーギュスト、相手をなめてかかるな、あいつの再生能力はかなり高いぞ。通常攻撃では倒しきれないと思え」
「オッケー、足止めに専念するよ。攻撃はよろしく」
トロル、地球では北欧の国などで伝承されているモンスターだ、異世界にも少ない数だが生息している地方もあるらしい。
再生能力に特化した怪物で、切り刻んでも一瞬のうちに再生してしまう。
その体躯から繰り出される攻撃は、人間ならひとたまりもなく潰されてしまうだろう。
知能が低いのが唯一の救いで、傲れば痛い目にあう強敵だった。
非常に厄介な魔物が現れてしまった。
しかし『オルレランド王国』の、しかもど真ん中に、なぜトロルがいるのかがわからなかった。
普段はもっと山奥の人の手が届かない辺境の地で、ひっそりと生息しているはずだ。
俺達が話し合っている間に距離を詰められ、すでにトロルの射程圏内に入っていた。
「ゴォォォォン」
咆哮を上げながらトロルが棍棒を振り下ろしてくる。
モーギュストが槍を合わせて打ち合った。
ドゴンと鈍い音がして棍棒が弾かれる。
モーギュストも後ろに少し弾き飛ばされて、たたらを踏んでいた。
「かなり重い一撃だったよ! でも大したことはないからまかせておいて!」
嬉しそうに報告してくるモーギュストは、体勢を立て直すとまたトロルに向かって進んでいった。
「よし、左右から攻撃してみるか、ワンさん俺に合わせてくれ」
「わかりやした! いつでもいいでさぁ!」
双短剣を握りしめて嬉しそうにうなずく。
俺はモーギュストを避けながら左回りにトロルに近づいていった。
「ゴォォォォン」
トロルが俺の動きを見て咆哮を上げる。
なにか仕掛けられるのがわかって騒ぎ出したようだ。
(見かけより頭がいいのかもしれないな……)
慎重に横に回り込むと気合を込めて刀で切りつけた。
狙うは膝の後ろ、ここを切られれば立っていることが出来ず倒れ込むはずだ。
気合の込めた太刀筋は見事に膝裏を切り裂きトロルの姿勢が崩れる。
同時にワンさんも右足首を攻撃したようで膝をついて崩れ落ちた。
「ゴォォォォン」
苦痛に呻き手をついて四つん這いになる。
「もらったぁ!」
モーギュストが気合を込めて槍をトロルの鼻先に突き立てた。
深々と突き刺さった穂先を素早く引き抜く、引き抜く際にひねりを加えたようで、鼻から口にかけて大きな穴が開いた。
(結構あっけなかったな……)
急所である頭部を深々とえぐられては、いくら生命力の強いトロルだろうと無事ではいられないだろう。
(後は首でも落として楽にしてやろう)
そう考えていた時、顔の傷と膝裏に異変が起きた。
「旦那! 様子がおかしいでさぁ、離れてくだせぇ」
いち早く異変に気づいたワンさんが声を掛けてくる。
「モーギュスト、一旦距離を取れ」
「オッケー」
三人同時に後方へ飛び退き、異変の正体を見極める。
トロルの傷から泡状の肉がボコボコと湧き上がり傷口を覆い始めた。
「再生してやすね……、かなりのスピードでやんす」
みるみるうちに傷はふさがり、元通りの顔が現れた、膝裏も既に再生完了していて、ゆっくりとした動作で立ち上がる。
「凄いや! 完全にもとに戻ってしまったよ!」
モーギュストが嬉しそうにはしゃいでいる。
しかし俺は喜ぶことが出来なかった。
図書館で調べたトロルに関する資料の中に書いてあった、「トロルは『超回復』する」という一文が脳裏をかすめたからだ。
さっきまで眉唾ものだと思っていた資料の文言が、急に信憑性を帯びてきた。
「ゴォォォォン」
怒りの咆哮を上げて再び前進を開始したトロルは、棍棒を振り上げて血走った目で俺達を睨んでいる。
「厄介な魔物でやんすね……」
凄まじい回復力を持つ強敵だといち早く悟ったワンさんが小さくつぶやく。
「もう一度攻撃してみよう、次は致命傷を与えるぞ。狙うはトロルの首、首を刎ねれば然しもの奴も死ぬはずだ……」
指示の最後の方は『超回復』を頭から振り払うかのように、自分に言い聞かせるように呟いた。
三人で気合を入れ直すと再びトロルとの戦いを開始する。
先ほどと同じようにモーギュストが正面でトロルの気を引き、側面からワンさんと俺が攻撃する布陣で臨んだ。
「おっす!」
壁盾でトロルの顔面を殴りつける。
頭を揺らされたトロルは脳震盪を起こしてフラフラと体を揺らした。
「うわっ、僕の『シールドチャージ』でもダメージを与えられないのか、なんてタフなやつなんだ」
少し嬉しそうにつぶやく、気を取り直した彼は短槍を小刻みに突き出しトロルの体を突き刺していった。
「ゴォォォォン」
チクチクと槍で刺されたトロルは、太い腕で体をかばいながらジリジリと後退した。
「よし今だ! 顔ががら空きだぞ、ワンさん攻撃を合わせてくれ!」
「わかりやした!」
『縮地』を使いワンさんと連携してトロルに肉薄する。
ワンさんはトロルの両足に必殺の一撃を加えた。
半ば切り離されそうな勢いで膝から下が大きく切り裂かれる。
立っていられなくなったトロルは、地響きを立てて尻餅をついた。
俺は左斜め上に飛び上がり、上空から一撃を入れることにした。
『縮地』を発動中は視界がゆっくり進んでいるように見える。
緩慢な動きのトロルの首めがけて刀を振り下ろした。
「死ね! 『兜割り』!」
刀に魔力を込めて振り下ろす一点集中型のスキル『兜割り』、全身の力を刀身に込めて思いっきり振り抜いた。
ピュッと小気味良い音がしてトロルの首が両断される。
ゆっくりと首が地面に向かって落ちていった。
「やったか!?」
地面に着地した後、腰を深く構えて二の太刀をトロルに入れる体勢を整えた。
「旦那、トロルの首が消えていきやす、倒したみたいでさぁ」
ホッとした表情でワンさんが近寄ってくる。
俺も消えていくトロルの首を見て、ゆっくりと構えを解いていった。
「レインさん! トロルの体を見て! 首から泡が出てるよ!」
討伐したはずのトロルの体に異変が起こる。
まだ倒しきれていないのか?
『超回復』の凄まじさに背筋がぞっとする。
迷宮外での初めての強敵に俺はかなり焦っていた。