127.仕置、仕り候
ゴブリンの巣穴に到着した『白銀の女神』は、村娘達の救出活動を開始するのだった。
「ワンさん、見張りを排除してくれ」
「わかりやした」
静かに返事をして滑るように移動を開始する。
姿は見えていないが俺のセンサーにはワンさんがどこにいるかよく分かる。
ワンさんは見張りのゴブリン達の背後見回りこむと、一気に短剣を突き出した。
全く気づかなかったゴブリンは、その華奢な首から短剣を生やして絶命する。
更に短剣をもう一匹のゴブリンめがけて投げつけた。
音など一切せずにスッと眉間に吸い込まれるように突き立った短剣は、ゴブリンの命を一瞬で刈り取る。
ワンさんが仰向けに倒れるゴブリンの体を、地面に倒れる前に捕まえゆっくりと下ろした。
「よし、排除完了だ。前進する」
慎重に前に進んでワンさんと合流する。
ゴブリンの魔石をワンさんが手渡してきたので、巾着袋に無造作に放り込んだ。
「楽勝でやんすね、このままあっしだけで中に入って殲滅してきやすか?」
「村娘がいなければそれでもいいんだけど、今回は慎重に行こうと思う。モーギュスト、先頭に立って洞窟へ入ってくれ。ワンさんは引き続き周囲に溶け込んで不意打ちを警戒してくれ」
「オッケー」
「わかりやした」
モーギュストが嬉しそうに前に出る。
今回は狭い洞窟ということで短槍ではなく、昔使っていたナタのような分厚い刃の短剣を装備していた。
そしてこれも同じ理由だが大きな壁盾ではなく、ワンさんから貸してもらった大きめの盾を構えていた。
薄暗い森の中で鈍く光る短剣を抜き身に構え、慎重に洞窟の中へ入っていく。
洞窟内は以外に幅広でゴブリンの巣にしては大きすぎるように感じた。
なだらかに下っている洞窟の中を慎重に進んでいく。
時折天井から滴り落ちる水滴の音が聞こえる以外は静寂に包まれていた。
ゴブリン達はどこにいるのだろう、あまりにも気配がしないので、少し不安になってきた。
立ち止まって考えを整理しようと思った時、俺の『気配探知法』に複数の動くものが引っかかった。
「モーギュスト止まれ」
小声で停止するように命令する。
モーギュストは静かに停止すると盾を構え直した。
「前方の通路に部屋があるようだ、そこに複数の動くものを感じた。恐らくゴブリンが数体、そして少し大きな個体が三体、数からして村娘の可能性がある」
俺の報告に一同に緊張が走る。
「室内を確認して村娘たちだった場合は速やかに保護をする。その後は一度外へ撤退する、では行くぞ」
仲間たちを見渡しながら指示を出していく、俺の指示を受けた仲間たちは大きくうなずいた。
ゆっくり進み洞窟の一角に広がる空間の手前まで来る。
先程から空間の方から騒がしい奇声が聞こえてきていた。
威嚇するような大声や、嘲笑する声、そして抵抗する悲痛な声も微かにしている。
慎重に空間を覗き込むと、壁際に松明が焚かれていて微かに明かりがあるようだった。
空間の一番奥、村娘たちが壁際にひとかたまりになってゴブリン達と対峙している。
一人の手には手頃な石が握られていて、それを振りかぶりながらゴブリンたちを牽制している。
「ギャギャギャギャ」
ゴブリン達は興奮した声を発している、確認できただけで五匹いるようだった。
「いやっ、来ないで!」
「誰か助けて!」
「ううっ……」
村娘達は必死に抵抗しているが、衣服はすでに剥ぎ取られていて何もつけていなかった。
辺りには剥ぎ取られた衣服がボロボロの状態で散乱している。
頭から血を流して意識が朦朧としている娘が壁にもたれかかっている。
まさに陵辱される一歩手前の状態で、深刻な状況になっていた。
「ワンさん、村娘たちの前に移動してゴブリンから彼女たちを守れ、モーギュストと俺はワンさんの移動の後、ゴブリンたちを急襲する。セルフィアとアニーは周囲の警戒、リサは俺達の援護をしろ。行け!」
ワンさんが指示を受けて前方へ飛び出す。
またたく間に村娘とゴブリン達の間に入り、安全を確保した。
「よし! 隠密行動はここまでだ! 一気に殲滅するぞ、突撃!」
俺とモーギュストが『縮地』を使い一気にゴブリン達に近寄る。
近寄りながら村娘の顔や体を見ると、至るところが痣だらけになっていて、ゴブリン達に暴行されたことがよくわかった。
(このやろう、ゴミ魔物の分際で少女たちを嬲るなんて、ダダでは済まさないぞ!)
「助けに来たぞ! もう大丈夫だ! 村からの救助隊だ!」
俺は声を張り上げ村娘達に合図する。
村娘達は突然の出来事に固まった後、事態を理解してその場にへたり込んでしまった。
「大丈夫でやんすよ、もう安心でさぁ」
『気配消失』を取り消してワンさんが姿を表す。
「ひっ」
突然現れた獣人の男に村娘達は、大いに驚いて抱き合って顔を伏せた。
「モーギュスト! ゴブリンたちを楽に殺すな、娘たちにした暴力をそのまま返してやるぞ!」
「ひゃっほ~! そう来なくっちゃ! ゴミども、楽に死ねると思うなよ!」
俺の指示に別人格になったモーギュストが楽しげに雄叫びを上げる。
勢いをそのままにゴブリンに近づくと、アダマンタイト合金のブーツを勢いよく踏みしめる。
「ギョェ~!」
一匹のゴブリンが甲高い声を上げて暴れだした。
モーギュストの足元を見ると、ゴブリンの小さな足がブーツに潰されて弾けていた。
その場に縫い付けられたゴブリンはあまりの痛さに暴れまわるが、足が邪魔をして逃げられない。
「おらっ!」
ナタのような短剣の柄でゴブリンの肩口を殴りつける。
ゴキッと鈍い音がして肩口がごっそりと潰された。
「ギョギョギョェ~、ヒュ~」
潰された肩口から肺が飛び出て空気の抜ける音がする。
虫の息になったゴブリンを軽く蹴り飛ばしたモーギュストは、新たな獲物を求めその場を後にした。
(やるなぁ、俺も負けていられないぞ!)
一番近いゴブリンに狙いを定めると腰を低く構えて刀を振り抜いた。
ピュッっと空間を切り裂く音とともに、ゴブリンの両足が膝下で切断される。
一瞬間を開けてその場に崩れ落ちたゴブリンが、自身に起きた変化に気づき大声を上げながらその場でのたうち回る。
「うるさいやつだな、黙れ!」
硬いブーツのつま先でゴブリンの腹を蹴り飛ばす。
ボコッと鈍い音がしてブーツが腹にめり込む。
「ボッハッ」
腹の中のものを全部吐き出し、更に血反吐を撒き散らしゴブリンが静かになった。
「旦那~、そいつ死んじまいやしたよ、もう少し加減してくだせぇ」
ワンさんが眉を八の字にして薄笑いしている。
そんな簡単な事もできないのかと呆れているようだ。
いつもの温和なワンさんではなく、スイッチが入ってしまった凶悪なワンさんだった。
ワンさんの腕は一匹のゴブリンの首を鷲掴みにしていて、ゴブリンの顔は風船のように腫れ上がっている。
短剣の柄頭で執拗に殴りつけたようだ。
かろうじて生きているようで、肩が小刻みに痙攣していた。
首を強く掴まれているので顔は紫色をしていて、眼球が今にも飛び出そうになっていて血がとめどなく流れている。
上手くいたぶるものだなと感心してみていると、ワンさんはゴブリンの目玉を引きずり出して足で踏み潰した。
「旦那、こいつはまだ死んでいやせん、まだまだいたぶれやすよ」
目玉が無くなったゴブリンをグイッとこちらに見せつけてニヤッとわらう、ワンさんの凶暴な一面を久しぶりに見て背筋がゾクッとしてしまった。
「ゴォォォォン」
村娘達にした暴行の報いをゴブリン達にしていると、洞窟の奥から咆哮が聞こえてきた。
「どうやらこの洞窟に巣食っているのはゴブリンだけではないようだな」
ゴミのようなゴブリンに物足りなさを感じていた俺は、ワンさんとモーギュストを見ながら残忍な笑みを浮かべていた。