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13.命の水

 パーティー内の意識改革に成功した俺は、九階層『山岳』を攻略する前にメンバー達の迷宮の知識の底上げをはかるため図書館に来ていた。




「もう頭に入らないわ、パンク寸前よ」


 頭から湯気が出そうなほど顔を真赤にしたセルフィアが俺に慈悲を乞う。

 しかし俺は心を鬼にして迷宮の魔物図鑑をセルフィアの前に置き話しかけた。


「魔物を知ればおのずと弱点が見えてくるものだ、セルフィアの魔法一撃で魔物が倒れるのを俺は見たいんだ。頑張ってくれ」


 ぶ厚い魔物図鑑を目の前にして、現実から逃れるために無意識の領域に旅立ったセルフィアは、目を開けたまま気絶をしていた。

 一方でアニーはなぜか教会と迷宮の関係を一生懸命勉強していた。

 その知識がいつか役に立つことを俺は願っているよ。




 ワンさんの姿が見当たらない、館内を静かに回りながら捜索をしていった。

 図書館の片隅に本がうず高く積み上がっている。

 その本の影にワンさんを見つけた。

 声をかけようか迷ったが、好奇心には勝てず静かに話しかけた。


「おつかれさま、随分熱心に勉強しているけど、何を学習しているんだ」


「旦那でやんすか、あっしが今学んでるのは罠開け技術でさぁ。もう一度基礎からみっちりと頭に入れ直して失敗をしないようにするんでさぁ」


「ワンさんでも基礎を復習するのか? ベテランだからやらなくていいんじゃないか?」


 人の勉強に口をだすのは嫌いだが、おもわず聞いてしまった。


「あっしは『山岳』の件で目を覚ましやした。今の罠開けの技術に満足しないで一段階高度な罠開け技術を習得したいんでやんす。基礎からもう一度学んで罠解除の技術を独自の解釈で構築しようと思いやす」


 雨降って地固まる、この言葉を地で行くワンさんを頼もしいと思った。




「レインさん今日も調べ物ですか?」


 メアリーさんがニコニコしながら近づいてきた。

 俺は休みのたびに図書館を訪れ調べ物をしたり、メアリーさんと話したりしていた。

 その甲斐あってかメアリーさんは口調も最初の時より砕けた感じになってきて、軽口を叩けるくらいまで親しくなっていた。


「そうですね探索者のパーティーの人数が、どうして六人が最適解なのかを調べてます」


「そうですか勉強熱心ですね」


 うず高く積まれた本を避けながら俺の書いたメモを興味深そうに覗き込んだ。


「この字はまだ習っていませんね」


 メモの隅に書いてある漢字を指さして物欲しそうに俺を見た。

 

(漢字を教えて欲しそうだな、息抜きに教えてあげようかな)


「メアリーさんは古文書の解読の方はどうなんですか、進んでいますか?」


「そうですね、少しは解読できた気がします。しかし何か微妙に単語の意味が違うような気がしているのです。もしかしたらレインさんに教えてもらった意味では解読できないのかも知れませんね」


 なかなか鋭いな、確かに現代の言葉と違うところがあるから、解読は大変だろう。

 自分の研究を考察するメアリーさんは真剣で、流石さすがは図書館の館長だと思った。

 当然古文書が古語で書かれていることは内緒にして話をにごした。


「今から少し文字の読み書きを練習しませんか? ちょうど調べ物が一段落したので教えてあげますよ」


「是非お願いします! いま紙とペンを持ってきますからその場所を動かないで下さい!」


 俺の申し出に恐ろしい勢いで食いついたメアリーさんは、俺の返事を待たずに行ってしまった。


 結局図書館が閉館するまで日本語を教え、丁寧なお礼を言われて解放された。



 ー・ー・ー・ー・ー



 いつものように朝食を食べながら世間話をしていたが、俺は頃合いを見て一つの発表をした。


「みんな聞いてくれ、きのう魔道具の店で『水神の障壁』の掘り出し物をついに手に入れる事ができた。これで九階層の『山岳』の探索を始める事が出来るようになったよ」


「いよいよね、待ちくたびれたわ」


「ついに探索が再開されるのですね」


「待ってやした! 腕が鳴りやす」


 三人共やる気がみなぎりいい笑顔だ、今回は知識も頭に入ってピクニック気分は無くなっている。

 パーティーの質が一段階上がったような気がした。


「前にも言った通り『山岳』は事前の準備を、きちんとすればそれほど難しいフロアではない。この前ワンさんに『山岳』の特徴を発表してもらった。フロア内の魔物の種類は各自わかっていると思う」


 三人が強くうなずく。


「『山岳』を突破した後はボス戦だが、ボスの特徴と弱点をセフィー言ってみてくれ」


「ええと、ボスはサラマンダーよね、平たいトカゲで赤と黒の縞模様が特徴ね、火魔法が効かず主に物理攻撃と水魔法での攻撃が有効、しかし水魔法は威力が弱いから、実質物理攻撃しか効かない、こんなところかしら?」


「いい感じだな、補足するとサラマンダーは火炎攻撃をしてくる。魔法のファイアーボールではなくてブレス攻撃に分類される火炎弾だ、盾で防ぐ事が出来るし『水神の障壁』を身に着けていれば直撃でも即死はない」


 みんな真剣に話を聞いている、頭の中で話を組み立てて分析をしている顔だ。

 俺は顔がニヤけるのを必死に抑え、普通をよそおった。

『草原』での仲間への隠し事は正直賭けだった。

 パーティーから離脱者が出てもおかしくない暴挙だったからだ。

 それほどまでにパーティー内の迷宮情報の秘匿ひとくは嫌悪されていた。

 しかし結果は花丸を付けられるくらいに好転した。

『山岳』を突破してボスを撃破し、『低層階』を踏破する。

 今の俺達なら必ず成し遂げる事が出来るという確信があった。




 図書館通いの間にみんなの装備の強化もした。

 セルフィアは杖を新調し魔法の威力を大幅に高め、同時に風魔法を取得していた。

 アニーはローブの下に革の胸当てを装備して防御力をアップした。

 革の胸当てを装備することで俺の左腕が気持ちよくなくなってしまったが、それは仕方がない事だと諦めた。


 ワンさんは今回の『山岳』フロアとボス戦だけ、少し大きめの盾を装備してもらうことになった。

 女性陣をサラマンダーなどの火炎弾から守ってもらうのが主な役目で、そのかわり攻撃には基本的に参加せず、俺が一人で頑張ることにした。

 キャンプの方法は基本的に『草原』と同じ、『コロニー』が『丘』から『洞穴どうけつ』になったことぐらいだろう。


 少し変わったことと言えば、ギルドに九階層『山岳』及びボスであるサラマンダーに挑む事を報告しに行った時に、エントランスにいる探索者達が動揺して唸り声を発していたのが面白かった。


 バカにしていた『単独迷宮探索者スカベンジャー』がいつの間にかつるんでパーティーを組み、中堅探索者の試金石である『低層階』突破に挑む。

 置いてけぼりを食らってしまうザコ探索者は気が気ではないようだった。




『ミドルグ迷宮』正面広場、今日の注目は俺たちのパーティーだ。

 初めて迷宮に挑んだ時の嘲笑ちょうしょうあざけりはもはや過去のもので、広場を支配しているのは期待と嫉妬しっとそして憧れだった。


 初めて潜った時の迷宮衛兵の役人が俺たちを迎えてくれる。


「レイン・アメツチと他三名、九階層突破及び十階層のボス撃破の為、本日より迷宮に潜ります」


「武運を祈る」


 力強く一言言って道を開ける。


「ありがとうございます。行ってきます!」


 多くの探索者に見守られながら一階層につながる暗い階段をゆっくりと四人で降りていった。




 一階層の石碑から九階層の石碑へ移動する。

 そこは一度来た事がある暴風の吹き荒れる断崖だんがい突端とったんだった。

 前に来た時より天候が悪化していてまともに立っていられない。

 悲鳴のような風の音が四方から聞こえる、風が強すぎて目もまともに開けていられなかった。

 足を踏ん張って三人の肩をつかんで円陣を組み、みんなの顔を俺に近づけさせる。


「みんな聞こえるか!? 『山岳』の中に移動するぞ、中は高温の灼熱地獄だ『水神の障壁』を着けるのを忘れるな!」


 暴風に負けないように大声で叫ぶ、みんなネックレスに加工した『水神の障壁』を襟首から出し俺に見せる。

 俺は手で大きく丸を作り、俺も首にかかっている『水神の障壁』をみんなに見せた。

 三人が俺の真似をして大きく丸を作る。


 正面の地割れから中を覗き込み後ろを振り返り大きくうなずく、一歩足を踏み入れるとムッとした熱気が顔を打った。

 二十メートルほど坂になっている細い割れ目を下って行くと、開けた場所に出て辺りが見渡せるようになった。

 暴風は鳴りを潜め低い地鳴りのような音が辺りにこだましている。

 

「ちょっとだいじょぶなの!?」


「怖いです」


「すごい光景でやんすね」


 事前の知識でわかっていても目の前で見ると迫力が凄くて怖じ気づいてしまう。

 地割れから出た先は崖になっていて、傍らには手すりのないスロープ状の坂が螺旋を描きながら山の頂上に向って伸びていた。

 ときおり岩の内部に道が続いていて、思ったよりも複雑な地形をしている。


 そして崖下には光り輝くオレンジ色のドロリとした溶岩が、激しくうねりながら対流を繰り返していた。

 灼熱の溶岩溜まりからはたまに鈍い爆発音を響かせて溶岩が吹き上がっていた。

 そして溶岩の滝が崖の所々から流れ落ちていて、溶岩の池もそこかしこに点在していた。


「みんな熱くはないか? 『水神の障壁』が上手く作動していれば真夏の炎天下並ぐらいに押さえられているはずだ」


 すでに汗が一筋こめかみから頬を伝って落ちてきている。

 焼け死ぬことはないが十分に殺人的な熱さだった。


「私は大丈夫です、きちんと作動しています」


「あたしも問題ないわ、でもこの熱さ何とかならないかしら」


「これはあっしにはいささかきついでやんす、自分の体毛がうらめしいでさぁ」


 軽口が言えるくらいにはまだ大丈夫なのだろう。

 日本の炎天下での作業で毎年死者が出ているのを知っている俺は、熱中症の怖さを知らない三人に気を配らなければと心に思った。


 巾着袋から竹筒に入った水を四本取り出す、それをみんなに配り中身を飲んだ。


「これは水の中に塩と砂糖と果物の汁を入れた俺特製の飲み物だ、一時間に一本は確実に飲んでもらう、もちろんもっと飲みたいなら声をかけてくれ。これを飲まなければ死ぬと思っていい、俺を信じて従ってくれ」



 図書館で調べた『山岳』内部の探索者の死亡原因トップが熱中症だった。

 熱中症のメカニズムを知らない異世界人は、重い水を極力持って行かず水を飲むのを極力我慢して探索していた。

 その結果、九階層『山岳』の死亡率は、実に四割に達した。

 これが『低層階』最難関と言われる原因だった。


 あまりの死亡率の高さにルーキー探索者の多くが八階層で『ミドルグ迷宮』の探索を終了し、それぞれ別の町などに活動の拠点を移していった。

 そんな中、九階層踏破者及びボス討伐者は尊敬の対象となり、中堅探索者として認められるようになった。



 恐る恐る竹筒の中の水を飲む三人、次の瞬間には喉を鳴らして飲み始めた。


「プハーッ、なにこれ美味しいんだけど!」


「生き返るようです、これはまさに命の水ですね」


「正直死ぬ覚悟で来たんでやんすが、なんだか生きてボスの所まで行けそうな気がしてきやした」


 おれもゆっくりと手作りスポーツドリンクを飲む。

 味はぼう製薬会社の物より数段まずいが、異世界の飲み物に比べたら確実にうまいだろう。

 この探索が終わったら本気で売り出してみようかな。

 馬鹿なことを考えながら周りの景色を眺めた。





 一人の脱落者も出させない。

 俺は固い決意のもとに三人の顔を見て密かに誓うのだった。

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