126.救出作戦開始
王都へ向かう道中に立ち寄った村で、魔物による村娘誘拐事件が発生した。
お人好しの俺は村娘たちの救助活動に乗り出した。
「おかしいな……」
先程からゴメスさんがしきりに首を傾げている。
手には矢をつがえた弓を握ってきょろきょろとあたりを見渡していた。
「やっぱりおかしい、レイン様、森が静かすぎます。夜の森はもっと魔物が徘徊しているものなんですが、気配すらしません。戻ったほうがいいかもしれませんよ」
不安そうに提案してきた。
「大丈夫だ心配ない、俺の部下が先回りをして危険な魔物を駆除しているんだ。ゴメスは心配しないで道案内だけに集中しろ」
「え!? もしかしてさっき消えた獣人の方一人で魔物と戦っているんですか!?」
「戦ってはいないぞ、駆除しているんだ。このへんの魔物など脅威ではないからな」
俺が言っていることをゴメスさんはあまり理解できていなかった。
泣きそうな顔をして必死に考えているようだ。
当たり前の話だが、俺達が日々骸骨騎士や吸血鬼たちと戦っていることをゴメスさんは知らないので、この辺の魔物が俺達にとって雑魚以下なのがわからないのだ。
俺は理解させることを諦めて、森の中を探知することに気持ちを切り替えた。
『気配探知法』にワンさんが引っかかる。
迷宮ではない普通の森の中なので、本気で隠れるつもりはないようだ。
そのため俺のセンサーは、ワンさんがどこで何をしているか手に取るようにわかった。
(おっ、また魔物を狩ったようだな、あれは四足歩行型かな?)
ワンさんは俺達の周りを高速で移動しつつ、邪魔な魔物や猛獣たちを刈り取っているようだっだ。
「レイン様! 前方に狼の死体が転がっています! く、首が刎ねられていますよ!」
ゴメスさんが慌てて報告をしてくる。
『ライト』に照らされた前方の地面に狼の亡骸が横たわっていた。
迷宮の狼より二回りほど小さな体は、首から上が綺麗に切り取られていて何もなかった。
更に周囲を見渡すと、恨めしげに目を見開いた狼の頭が無造作に転がっている。
「ん? ああ、問題ないぞ、さっき言った通りそれは仲間が仕留めたものだ。この辺りにはもう危険な生き物はいないぞ」
答えながら巾着袋に狼の体と頭をしまう、その様子を見ていたゴメスさんはぎょっとした顔をしたが、それ以上なにか言うことはなく怯えた視線をして俺達を見た。
しばらくするとワンさんがゆっくりと木々の間から姿を現した。
「旦那、駆除作業終わりやした」
「お疲れ様、引き続き周りの警戒を頼む」
「わかりやした」
ワンさんはうなずくと今度は姿を消さず、隊列の後ろに回って辺りを警戒し始める。
俺は注意をゴメスさんに移した。
ゴメスさんはそわそわしながら前方を歩いている。
そろそろ山の麓につく頃なので、緊張しているのだろう。
「ゴメス、後どれくらいでゴブリンの巣に着くのだ」
「はい、そろそろ山に着く頃なので、そこから十分くらい上った洞窟です」
しっかりとした口調で答えてくる。
さすが地元の猟師、暗い夜の森の中でも迷うことはないようだった。
山をしばらく登っていくと、ゴメスさんが立ち止まり前方の岩を指差した。
「止まってください。レイン様、あの大きな岩の後ろにゴブリンの巣があります。俺が見つけた時には見張りが二匹いました。気を付けてください」
「そうか、ゴメス案内ご苦労、ここに留まって指示を待て。救出は俺達だけでやる」
俺の提案にゴメスさんがほっとした表情をした。
夜の森で暗い洞窟へ魔物退治に行くなんて、普通の人間には正気の沙汰ではないのだ。
俺達の道案内に指名された時点で、死を覚悟していたのかもしれない。
「よし、ワンさんは『気配消失』を発動しろ。相手はゴブリンだが村娘に危害が及んではまずい、なるべく気付かれないように刈り取っていくぞ。セルフィア、『ライト』の呪文を解除しろ。みんな俺から離れるな、洞窟内に入ったら順次指示を出していく」
「「「「「了解」」」」」
ワンさんがみんなの前から姿を消していく、俺の『気配探知法』にぎりぎり引っかかるくらいまで気配を消して、ゆっくりと大岩の方へ歩いていった。
「光よ消えろ」
軽いキーワードをセルフィアが唱える。
途端に辺りに暗闇が広がる、ゴメスさんの持っている松明だけでは暗い森の中を充分に照らすことは出来ないようだった。
「ねえレイン、新しい魔法を試してみてもいいかしら?」
目を暗闇に慣らしている時、セルフィアが話しかけてきた。
「ん? 新しい魔法ってなんだ?」
「いいから見てて、びっくりするわよ」
自信有りげにささやくと短い呪文を唱えていく。
「闇よ消え去れ、『ナイトアイズ』」
杖をくるっと振りかぶる。
その途端、暗かった森の中が昼間のような明るさになり、お互いの顔がはっきりと見えるようになった。
「なんだ! セルフィア明かりを消せ! ゴブリン達に気づかれてしまうぞ!」
俺は慌ててセルフィアに命令を出す。
「慌てないでよ、ゴブリンたちには気づかれないわ、呪文であたし達の目が暗視状態になっただけよ」
「本当か? どうやって証明するんだ?」
「よくあたしの目を見て、赤く光っているでしょ、これが暗視状態の目の色よ」
セルフィアの目を注意深く見る。
彼女の瞳は赤い光で淡く光っていて、たしかにいつもと違うようだ。
「あれ? モーギュストの目は光っていないな、なぜなんだ?」
仲間たちの目を一通り見渡していくが、リサやアニーの瞳は赤く光っているのにモーギュストだけは元のままだった。
もちろんワンさんは姿を消しているので確認はできない。
「それはモギュっちが獣人だからよ、夜目が効く彼らには効かない呪文なの」
「そうか……、じゃあ本当に今でも暗いままなんだな?」
「そうよ、ゴメスさんに聞いてみてよ、彼には呪文をかけてないからね」
セルフィアは嬉しそうに言い放つ。
「ゴメス、今この場は暗いか?」
「はい、松明の明かりだけです。とても明るいとはいえません」
「そうか……、セルフィアを信じるよ。でも今度からはいきなり呪文をかけるのは止めてくれ、心臓に悪いよ……」
「わかったわ、ごめんなさい」
いたずらが成功したことに満足したようでにっこりしている。
(こいつ絶対反省してないな……、後で説教してやるぞ……)
今は時間が惜しいのでそれ以上の追求はしないでおこう、全て終わったら全身くすぐりの刑にでもしてやるぞ。
「では、行って来る」
「気を付けてください」
一騒動あったが気を取り直して救出作戦を開始する。
心配そうなゴメスさんに見送られて森の中へ分け入った。
俺はワンさんの後をついていく、仲間たちもひとかたまりになって移動し始めた。
大岩の陰から覗くと切り立った崖があり、たしかに洞窟の入り口があった。
洞窟の前にはゴブリンが二匹地面に座っている。
注意深く観察すると二匹は大した装備を身に着けていないようだった。
申し訳程度にぼろぼろの腰巻きを身に着け、錆びたナイフを手に持っている。
手に持つナイフの扱いもたどたどしく、まともに扱えそうにない。
「ワンさん、見張りを排除してくれ」
「わかりやした」
足音一つ上げずにワンさんがゴブリンの見張り達に近づいていく、きっと残忍な笑みを浮かべているに違いない。
俺はワンさんの顔を浮かべながら薄っすらと笑うのだった。