123.強敵
ギルド長への報告を済ませた。
久しぶりのギルド長は俺達の帰還をとても喜んでくれた。
次の日、お昼前に宿屋を出て『迷宮都市図書館』へ向かった。
街の中央付近、ミドルグ城が間近に見える広場の一角に図書館の建物が見えてくる。
立派な建物は探索者ギルドと同じ石造りで、二階建てでかなり巨大だった。
そして蔵書は王都にある『オルレニア王室図書館』に匹敵する量で、『オルレランド王国』で二番目の規模を誇っていた。
受付でメアリーさんを呼び出してもらう、受付の司書は丁寧な対応で俺の名前を聞いてきた。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? 館長は多忙なので、急な来客とは面会をしないことになっています。面会のご予約などはございますか?」
いつも面会を断っていて慣れているのだろう、遠回しに断っているようだった。
「レインだ、レイン・アメツチ準男爵が来たと伝えてくれ」
俺が名乗ると急に顔色を真っ青にして深々と頭を下げる。
「し、失礼しましたっ! ただ今呼んでまいりますっ!」
大慌てで司書がメアリーさんを呼びに行く、貴族の肩書がどれだけ効果的か久しぶりに実感した。
程なくしてメアリーさんが微笑みながら姿を現した。
「お久しぶりですレイン様。司書が失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした」
メアリーさんと司書が揃って頭を下げる。
司書は今でも顔面蒼白で泣きそうな顔をしていた。
「久しぶりですね、館長に聞きたいことができたので寄らせてもらいましたよ。司書の方を責めないでください、いきなり来たこちらが悪いんですから」
「そう言っていただけるとこちらとしても助かりますわ、何分忙しい身なので面会の予約のない方はお引取りしてもらっているのです。もちろんレイン様は例外です、司書に伝えておかなかった私の不手際でした。ではこちらへお越しください」
メアリーさんは微笑みを絶やさぬまま奥の応接室へ案内してくれる、受付に残された司書はホッとした表情でいつまでも俺に頭を下げていた。
図書館の応接室でメアリーさんと向かい合ってソファーへ座る。
メアリーさんは相変わらず少女のような容姿でとても館長には見えなかった。
「改めまして、お久しぶりですレイン様」
「お久しぶりですメアリーさん、なかなか来られなくて申し訳ないです」
前に研究を手伝うという約束をしていたが、探索が忙しくてろくに手伝えていなかったので謝った。
「いえいえ、研究の方は順調にすすんでいますよ、レイン様が教えてくれた古代語の基礎がとても役に立っております」
俺は時間があれば図書館を訪れて基本的な古代語をメアリーさんに教えていた。
尋常じゃないほど頭がいいメアリーさんは、その少ない情報を元に古代語を学習して、今では簡単なものなら一人で解読できるまでになっていた。
この頃は古文書の解読が忙しく、研究室に閉じこもりっぱなしらしい。
先程の司書の対応もしかたがないことだった。
「実は今日来たのは、ある伝承に書かれている人物について、調べなくてはいけなくなったからなんですよ」
「そうなんですか、それでしたら調べ物のお手伝いをさせてください」
「そう言ってもらうと助かりますよ、この図書館は大きくてどこに目当ての本があるかわからないですからね」
メアリーさんの言葉に内心ほっとした、自分だけで調べるにはこの図書館は広すぎるのだ。
「それで誰をお探しなのですか?」
「奈落の王、バンパイア・ロードの事を詳しく知りたいんですよ」
俺がバンパイア・ロードの名前を出すと微かに眉を動かし静かに語りだした。
「なるほど……、相当古い時代の統治者のことですね、いくつか資料はございますが全て昔話のたぐいですよ」
「そうですか……、実は今度対決することになった迷宮のボスが、そのバンパイア・ロードの可能性が出てきまして、急いで情報を集めているのですよ」
俺の言葉にメアリーさんが固まってしまう。
「信じられないかもしれませんが本当なんです。どんな情報でもいいので教えてほしいんですよ」
心の動揺が鎮まるまでしばらくメアリーさんは黙って俺を見ていた。
少し経つと落ち着いてきたらしく、少しずつ話し始めた。
「申し訳ありません……、あまりに驚いてしまいまして……、レイン様を疑うわけではありませんが、それが本当ならばとんでもない強敵だということになりますね……。あの……、資料になりそうな書物をお持ちしますので少々お待ち下さい」
青白い顔をしたメアリーさんが応接室を出ていった。
しばらく待っていると大きな本を何冊か抱えながら、メアリーさんが戻ってきた。
「お待たせいたしました。よく知られている奈落の王に関する資料を持ってまいりました。とりあえずこちらを見ていただけますか」
慣れた手付きで本を開き俺に見せてきた。
開いたページは奈落の王を解説していて、細かな字で書かれていた。
俺は黙ってそのページを読んでいく、延々と奈落の王の偉業が書き連なっていた。
『王は不死の存在である、何人たりとも傷つけることは出来ない』
『王は年を取らず若々しいままで、幾千年もの長きに渡り地上に君臨していた』
『王が一振り手をかざすと、大地が割れて死霊たちが地上に溢れた』
『王の怒りは地の底より突き上げ、一瞬にして街を滅ぼした』
『王はいくつもの言霊を操り、敵対者たちを葬り去った』
箇条書きで奈落の王のことが書かれていて、最後の方に挿絵が描かれていた。
どこかのお城だろうか、豪華な広間の奥の玉座に奈落の王が座っている。
全身が黒いローブに包まれているので顔などはわからない、しかし挿絵の中の奈落の王はとても強そうに見えて嫌な気持ちになる。
(こいつと戦うことになるのか……、かなり戦力を強化しなければ勝てそうにないな……)
他の資料も読んでいくが大して違いはなく、目新しい情報は無かった。
「奈落の王のことは大体わかりました。かなり厄介な敵ですね」
「レイン様、出過ぎたこととは思いますが、奈落の王とは戦わないほうがよろしいと思いますよ。とても人間に勝てる相手ではありません」
心配そうに俺を見つめてくる。
「そうですね、今すぐ挑むつもりはありませんよ、戦力が整わなければ探索を終了することも視野に入れています」
「そうですか、それは賢明な判断だと思います」
メアリーさんがほっとした表情を見せる。
「明日から王都へ行くんです、今まで探索にかかりきりでしたから、ゆっくりしてこようと思っています」
「それは素晴らしいことですね、レイン様には休息が必要と思いますよ」
微笑みを取り戻したメアリーさんがとても嬉しそうに言ってくる。
その後はとりとめのない世間話を少しして図書館を後にした。
図書館を出るとすでに日は真上に昇っていて、広場にはいろいろな屋台が並んでいた。
おなじみの串焼き肉がいい匂いを辺りに漂わせていた。
「旦那! どうです? 買っていきませんか?」
威勢のいい売り子の青年が俺に声を掛けてきた。
(そう言えば巾着袋の中の串焼き肉も残り少なくなってきていたな……)
「そうだな、一本もらおうか」
「毎度! 今焼きますから待っててください」
予め下焼きをしたものを炭火の上で焼いていく、何度かタレにくぐらせて香ばしく焼いていった。
「おまちどうさまです! 熱いので気を付けてください」
まだ肉汁がジュウジュウ音を立てている串焼き肉を売り子が渡してくる。
俺は一口頬張ると無言で咀嚼していった。
何の肉かはわからないが、柔らかくて脂が乗っている。
「うまいな」
甘辛いタレが肉によく染みていて臭みがまったくない、一口食べただけでとても気に入ってしまった。
「すまないがまた串焼きをもらえないか?」
「まいどあり! 旦那何本焼きましょうか?」
「そうだな、全部だ」
「え?」
「店の肉を全部焼いてくれ」
驚いている青年に銀貨を数枚握らせる、手を開いた青年は更に驚き喜んだ。
次々と焼かれていく串焼き肉を巾着袋に入れながら、ゆっくりと残りの串焼き肉を食べた。