122.ギルドへ
探索を一旦停止して王都へ行くことにした。
大通りを横切り一際大きな建物へ近づいていく。
外観は石造りの三階建で、立派な両開きの扉が中央にある。
『オルレランド王国』内の冒険者達が、一度は所属することを憧れる『迷宮都市ミドルグ』が誇る探索者ギルドの建物だった。
いつも入り口の周りには、探索者崩れのチンピラたちが屯しているのだが、人っ子一人見当たらない。
いつもと調子が違い少し面食らってしまった。
奴らの顔を見ると憂鬱な気分になるのだが、いざいないとなると少し寂しい感じがした。
午後の日差しが差し込む探索者ギルドへ入っていくと、エントランスは閑散としていた。
この時間は探索者達も迷宮に潜っていて、数えるくらいしかいない。
俺が入ってきたのを数人が気付き、慌てて頭を下げてきた。
軽く手を上げて挨拶に応え、ゆっくりとカウンターへ近づいていった。
「レイン様、無事のご帰還お慶び申し上げます。今日はどのような御用でしょうか?」
丁寧なお辞儀とともに受付嬢が聞いてくる。
「ギルド長はいるか? 探索の報告に来たと伝えてくれ」
「はい、おります。ギルド長からレイン様が来られたらすぐギルド長室へお連れしろと言われております。どうぞこちらへお越し下さい」
いつものように受付嬢に案内されて奥へ進んでいった。
受付嬢はギルド長室の前に来ると軽くノックをして中へ声を掛けた。
「レイン様がお越しになられました」
少し間があって中からくぐもった声が聞こえて来る。
「通せ」
ギルド長の声を聞いた受付嬢は、扉を少し開けてから俺に一礼するともと来た通路を戻っていった。
後は御一人でどうぞということらしい、これもいつものことで慣れている俺はゆっくりと室内に入っていった。
「ギルド長戻りましたよ」
「おおレイン、無事に戻ってきたか、こっちへ来てよく顔を見せてくれ」
ソファーの横に立っていたギルド長は、がっちりとしたビア樽のような体を揺らしながらこちらに近づいてくる。
俺の手を握りしめ見上げてくる顔は、満面の笑顔でとても嬉しそうに見えた。
「今回はいつもより心配していたんじゃ、未知の迷宮を探索することほど危険なことはないからな」
「確かに十九階層は危険な場所でした。しかし俺達も成長しましたからね、危なげなく探索できましたよ」
「流石じゃな、迷宮都市のトップパーティーらしい実力じゃよ。さあ、座って詳しい話を聞かせてくれ」
ギルド長は俺を促しソファーへ導く。
「ギルド長、もう話は聞いているかもしれませんが、今回の探索で二十階層のボス部屋らしき施設を発見しましたよ」
「その話は迷宮衛兵の方から連絡があったぞ、聞いた当初は驚いて声も出なかったぞ」
樽からグラスに火酒を注ぎながらギルド長が言ってくる。
「何はともあれ乾杯じゃな」
グラスを掲げ無事の帰還を祝ってくれた。
「今回の探索はとても幸運でしたよ、ワンコインが活躍してくれました」
「そうか、あやつの腕は超一流じゃからな、お主に紹介したワシも鼻が高いわい」
「そうなんですよ、ワンさんは本当に凄いシーフです。ギルド長には感謝していますよ」
俺は本心からギルド長にお礼を言った。
ワンさんをパーティーに紹介してもらえなかったら、今の快進撃はあり得なかっただろう。
「『城』の中は二重構造になっていましたよ。地下は迷宮らしい作りでしたが、地上部分は普通の豪華な城のようになっていて、少し勝手が違って戸惑いました。少し迷ったりしましたが、ワンさんが隠し通路を見つけてくれてボス部屋手前まで行けました」
「そうか、魔物の方はどうじゃったんだ? 面白いやつはいたかの?」
「そうですね……、アンデッド種が殆どですよ。中でも吸血鬼が大量に発生していました。そのことでギルド長に聞きたいことがあるんですよ」
「なんじゃ改まって……、ワシの知っていることなら何でも教えてやるぞ」
俺の言葉に少し神妙な顔をしてギルド長が言ってきた。
俺は火酒を一口飲み、口の中を湿らすとゆっくりと話し始めた。
「『そのもの吸血鬼の王、闇を統べる永遠の王なり、逆らうものことごとく飲み込み世界を広げる』……、ギルド長はこの詩の一節を知っていますか?」
「もちろん知っておるぞ、かなり昔の物語に出てくる奈落の王の一節じゃな。それがどうかしたのか?」
かなり有名な物語らしく、ギルド長は「何を言っているんだ」と言う顔をしている。
「実は次のボスはその奈落の王、バンパイア・ロードの可能性が高いんですよ」
俺の話を聞いていたギルド長は、手に持っていたグラスを危うく落としそうになり慌てて持ち直した。
一言も喋らず大きく目を見開いて俺を凝視している。
「それは本当なのか……?」
ようやく一言話し俺の言葉を待つ。
「ええ、城で徘徊している人型の魔物がいたので捕獲して尋問しました」
ギルド長には俺の秘密を全部話しているので、気兼ねなく話すことができた。
「俺はこの世界のあらゆる言葉を話し理解することが出来ます、その特技を生かして魔物への尋問をしてみたんですよ」
「まあ今更、女神イシリスの使徒であるお主のことじゃからいちいち驚かないが、よくそんな発想を考えついたな……、それで結果はどうじゃったんじゃ」
ギルド長は火酒をラッパ飲みして大きく一息吐き、深々とソファーにもたれかかる。
「力ずくで取り押さえて、ぐるぐる巻に拘束して色々聞いてみました。魔物たちは自分が魔物だということをわかっていませんでしたよ、みんなお城に仕えている普通の人間だと思っているようでした。いろいろな奴らから聞き出した情報から、奈落の王が次のボスの可能性が限りなく高いことがわかったんですよ」
「なんとまあ……、さらっと言うがその情報はかなり貴重じゃよ……、学者たちが聞いたら興奮して気絶してしまうぞ。残念じゃがわしは世間一般で知られていることぐらいしか奈落の王のことはわからんよ、この街でなにかわかるとしたら『迷宮都市図書館』の館長メアリー・アイスぐらいじゃな」
「そうですか、メアリーさんのところへは明日行こうと思います。」
「そうか……、お主たち奈落の王に勝てるのか?」
「いえ、現状の戦力では勝つことはできないと思います。ですから仲間たちで話し合った結果、戦闘の無期延期と戦力アップを図るため王都へ武具の買い付けに行くことを決めました。明後日の朝出発することになってますよ」
「そうか、ギルド長としてはこんな事を言うのはダメかもしれないが、無理して探索せずともいいんじゃぞ? お主達は十分強い、そろそろ探索者と違う道を歩んでもいい頃合いじゃぞ」
真剣な顔をして俺を見ながらギルド長が言ってきた。
「そうですね……、俺もそのことは少し考えています。王都でゆっくりと結論を出そうと思いますよ」
俺の話を聞いたギルド長は満足そうにうなずくとグラスを掲げた。
「とにかく無事に戻ってきてくれて嬉しいそ、もう一度乾杯しよう」
グラスを合わせ乾杯する。
その後は迷宮でのとりとめのない話を日が暮れるまで語り合った。
ギルドを出ると辺りは暗闇に包まれていた。
斜向かいの宿から明るい光が漏れている。
俺は上機嫌で石畳の大通りを宿に向かって帰っていった。