121.息抜きも大事
二十階層らしき隠し通路を発見した『白銀の女神』一行は、ボス戦を控え作戦会議を開くのだった。
迷宮より戻って来た夜、ベッドへ倒れ込むように眠ってしまった俺は、窓の外から聞こえる通行人の声で意識を覚醒させた。
回らない頭で必死にここがどこかを思い出し、定宿にしている『雄鶏の嘴亭』の自室だと気付く。
フラフラと起き上がりガラスなど、はまっていない窓へ近づき外を眺めた。
太陽はとうの昔に天高く上っていて雲ひとつない空で輝いている。
まだ眠り足りない体を無理やり動かしながら朝の身支度を整えた。
ドラムを伴って階段で一階に降りていく、カウンターに居るサムソンさんに朝の挨拶をした。
「おはよう、サムソンさん」
「おはよう、レインよく眠れたようだな、みんな食堂で待ってるぞ」
ニコニコと笑顔で挨拶を返してくれるサムソンさんにうなずいて、食堂へ入って行った。
「レインおはよう」
「レイン様、おはようございます」
「旦那、おはようございやす」
「レインさん、おはよう」
「お兄ちゃんおはよう」
食堂の入り口へ移動するとみんな一斉にこちらを見て挨拶してくる。
「おはよう、みんな。昨日は良く眠れたか?」
ドラムを抱っこして頭をなでながら朝の挨拶をする、ぐるぐると喉を鳴らしてドラムが気持ちよさそうにしている。
「遅いわよレイン、みんな待ちくたびれたわ」
セルフィアが嬉しそうに駆け寄ってきて俺の腕に抱きついた。
そのまま腕を抱えられながらいつもの席へ移動する。
「レイン様、疲れは取れましたか?」
にっこりと微笑みながらアニーが話しかけてくる。
「ああ、久しぶりにぐっすり眠れたよ、今の今まで一度も起きなかったくらいだよ」
「お兄ちゃん早く座って」
リサが俺の手を引っ張って椅子へ座らせようとする。
「おお、すまん。今座るよ」
椅子に座ると両脇にセルフィアとアニーが嬉しそうに座る。
そして俺の膝の上にリサが当然のごとく座ってきた。
「おまちどう、朝食兼昼食を持ってきたぞ」
サムソンさんがテーブルの上にスープとパンを置いていく。
いつもの塩スープではなく肉や野菜たっぷり入ったシチューのようなスープだった。
おまけにカゴいっぱいに盛られたパンは、いつも見慣れた黒パンではなく柔らかい白パンだった。
「あれ? サムソンさん食材が豪華になったね」
「ああ、いつも代わり映えしないメニューじゃ客が離れるから、たまには豪華にしようと思ってね。おかわりはいつも通りだから遠慮しなくていいぞ」
そう言うと機嫌よく食堂から出ていった。
昨日の夜から何も食べていないメンバーたちは、先を争うようにシチューと白パンを食べまくる。
俺も腹が減っていたのでいつもよりたくさん食べ、あっという間にパンが入ったカゴは空になってしまった。
「サムソンさん! おかわり持ってきて!」
セルフィアが大きな声でサムソンさんを呼ぶ。
奥から大きな声で了解の返事が返ってきて、すぐにかごいっぱいの白パンが運ばれてきた。
「スープのおかわりもお願いね、どんどん持ってきて」
「気に入ってくれたみたいだな、どんどん持ってくるからじゃんじゃん食べてくれ」
そう言って厨房へと消えていくサムソンさんの背中は、とても嬉しそうだった。
みんな十二分に食べ、落ち着きを取り戻してきた。
食後のお茶を飲みながらゆっくりとくつろぐ。
俺は巾着袋から王都で買ったデザートを取り出しみんなに配っていった。
おいしい食事をお腹いっぱい食べまくった仲間たちは、デザートは別腹だと飛びつくようにして食べていく。
その様子を満足してみていた俺は、今後の方針を語るため静かに立ち上がった。
膝から降ろされたリサは少し不満げだったが、おとなしくアニーの膝の上へ移動していった。
アニーもなれたものでリサを抱っこすると、優しく頭をなでてにっこりしている。
俺達以外いなくなった食堂の中央に立ち、俺はゆっくりと話し始めた。
「みんな昨日までの探索お疲れだったね、怪我人も出さず無事に戻ってこれて俺は嬉しい。そしてボス部屋らしき部屋を発見できたことはとても幸運だったと思う」
俺の話を静かに聞いていた仲間たちは嬉しそうに相槌を打っていた。
「みんなも知っている通り、今度のボスはおとぎ話にも出てくるバンパイア・ロードだ。これは魔物たちを尋問した情報を精査すると間違いないと思われる」
仲間たちは俺の口からバンパイア・ロードの話題が出ると、急におとなしくなって険しい顔になってしまった。
「バンパイア・ロードは間違いなく最強のボスだ。はっきり言って今の俺達では勝てない、そこでバンパイア・ロードと戦うかそれともここで探索を終了するかみんなの意見を聞きたいと思う」
ここで話を切ってみんなの顔をゆっくりと見渡していった。
女性達はなんとも言えない困った顔をして俺を見ていた。
ワンさんはいつもどおりすました顔をしてまっすぐ俺を見ている。
モーギュストもいつもよりかは控えめだが、やる気のある眼差しを俺に向けてきた。
「あっしは旦那についていくだけでやんす、旦那が決めてくだせぇ」
「僕の気持ちはいつも同じさ、強い魔物と戦いたいよ」
二人の意見は概ねいつもと同じだ、違うのはセルフィア達だった。
「セフィーはどう思う? 本心を聞かせて欲しい」
「そうね……、あたしは急がなくてもいいと思うわ。戦うにしても、もっと強くなってから戦ったほうがいいと思うの」
「私もセルフィアに賛成です、勝ち目のない戦いに挑むのは止めたほうがいいと思います」
アニーがきっぱりと言う。
リサの顔を見ると今にも泣きそうな顔をしていた。
「そうか、みんなの意見はよくわかった。今ここで早急に結論を出すのはやめよう。当面ボスに挑むことはしない、力をためつつボスの情報をもっと調べたいと思う」
俺がボス戦の無期延期を告げると仲間たちは安堵した顔になった。
戦いたいと言っていたモーギュストでさえ、こころなしかホッとした表情をしているような気がする。
「よし、そうと決まれば王都へ行くことにするぞ、王都へ行く目的は武具の新調、そしてバンパイア・ロードの情報収集だ。それから今回は観光もしようと思う、出発は明後日、日の出と共に出発する」
俺の号令に仲間たちが嬉しそうに立ち上がる、みんな王都へ行くのを楽しみにしていて、一気に顔つきが明るくなった。
「やったわ! また王都へ行けるわ!」
「楽しみですね、今から待ち遠しいです」
「うん! 観光楽しみね!」
「『ラーミン』でやんす、動けなくなるほど食べやすよ!」
「レインさん! 鎧を新調してもいいよね!? 僕狙っていた鎧があるんだよ!」
食堂の中が騒がしくなり、サムソンさんが顔を出した。
王都へ観光へ行くと説明すると、嬉しそうな顔になり何度もうなずいた。
日頃から迷宮に入り浸っている俺達が心配だったようで、王都へ観光に行くことが嬉しいらしい。
お土産を買ってくることを約束して食堂を後にした。
まだ日暮れには時間があるな、俺は宿の入口から外へ出ると斜向かいのギルドへ足取り軽く近づいていった。