120.今回の探索は疲れた
十九階層の探索はスムーズに行われ、次に戦うボスの情報も断片的にだが収集できた。
その回廊を見つけたのは午後の遅い時間、『詰め所』への撤退を考えていた時のことだった。
ワンさんが首をひねりながら羊皮紙に書かれた地図を、真剣な顔をしながら凝視していた。
「どうしたのワンさん、なにか気になることでもあったか?」
「いや、地図を見ていたんでやんすが、どうしてもこの先にまだ発見していない空間があるように思えるんでやんす」
そう言って地図を俺に見せてくるが、何が書いてあるかさっぱりわからない。
俺は地図を見ているふりをしてワンさんの話を聞いていた。
「そうか、撤退の時間にはまだ少し早いから、ワンさんがおかしいと思う所を重点的に調べてみようか、それでいいね?」
「ありがとうございやす、早速調べ始めやす」
張り切ってワンさんが辺りを調べ始める。
辺りを警戒しながら、ワンさんの作業を見守っていた。
何も進展がないまま時間切れになり撤退の合図をしようとした。
と、その時!
「旦那! ちょっと来てくだせぇ! 隠し通路を発見しやした!」
ワンさんが嬉しそうに振り返り報告してくる。
「やったじゃないか! みんな集まってくれ!」
少し広がり気味の仲間たちを呼び集め、ワンさんの前へ駆け寄る。
「罠はありやせん、これは『幻覚の壁』の亜種でさぁ、ただ幻の壁があるだけじゃなく意識をそらす魔術がかかっていやした」
ワンさんが罠の種類を説明してきた。
『幻覚の壁』とは幻で出来た壁のことで、見た目ではわからないまやかしだ。
壁の向こう側には高確率で部屋が存在して、宝箱があったり魔物などが潜んでいたりした。
「よく見つけられたな、俺の『気配探知法』にも引っかからなかったよ」
「あっしも罠はずしのプロでやんすから色々やり方はありやすよ」
少し自慢げに説明してくるワンさん、いつも謙遜するのに珍しかった。
それだけ難しい罠だったということだろう。
「よし、早速中へ入ってみよう、モーギュスト先頭を頼む」
「オッケー」
モーギュストが壁に向かってズンズンと進んでいく、その後をワンさんが進み女性陣が続いた。
最後に俺とドラムが一緒に壁へ突入する、視界が一瞬暗くなったが次の瞬間には目の前が明るくなった。
「これはまた豪華な通路だな……」
俺は誰に言うでもなくつぶやく、周りに佇む仲間たちも迷宮にいることを忘れてあたりを見渡していた。
壁を抜けた先は、俺達六人が一列に並んでも届かないほどの幅の一本道が奥へずっと続いていた。
床には赤い絨毯が敷かれ壁は黄金で出来ていた。
天井にはシャンデリアがぶら下がっていて、魔法的な光で辺りを照らしている。
『城』の一階部分も相当明るい場所だったが、ここは明るさを通り越して眩しいほどだった。
一定の間隔に休憩のためのソファーが置いてあり、小机が備え付けてある。
魔物の気配はまったくなく、ここが迷宮とは思えないほどだった。
俺は王都で貴族になるために登城したときのことを思い出していた。
ちょうど王国の首都にあるオルレニア城の、謁見の間へ向かう通路のようだった。
しかしこちらのほうが一段上の豪華さで、仲間たちが驚いているのも無理がないと思った。
「こりゃたまげやした! こんな贅沢な家具見たことありやせん!」
ワンさんが一脚の椅子を大事そうに持ち上げようとしている。
「ワンさんこの椅子持って帰ることが出来るかな? 迷宮の外に出たら無くなってしまうなんてこと無いよね?」
「もちろんでさぁ、もし無くなってしまうなら宝箱の中身だって同じく無くなりやすよ」
俺はおもむろに椅子を持ち上げ巾着袋の中に入れた、もちろん椅子は袋の中へ消えていく。
「ちゃんと袋の中に入るよ、片っ端から持って帰ろう」
ゆっくりと奥に向かって進んでいく仲間たちの背中を見ながらどんどん家具を巾着袋に入れていく、途中からはワンさんが壁に飾られていた絵画や魔法の燭台などを俺の袋へ放り込み始めた。
「王都へ持っていけば高値で売れやすよ、これを売って最高の装備を買いやしょう」
「ねえレイン、天井のシャンデリアも外すこと出来ないかしら、とてもきれいだからきっと高く売れるわ」
「ほんとに宝石みたいですね、キラキラしていて見たことがないほど輝いています」
天井のシャンデリアをうっとりと見ながらセルフィアとアニーが言ってくる。
「そうだな、後で取り外せるかどうかチャレンジしてみよう、それより一番奥が見えてきたようだぞ」
夢中になって上を見上げている二人に注意を促す。
慌てて視線を戻す二人が見た先には豪華な両開きの扉があり、その前には見慣れた石碑が建っていた。
「お兄ちゃん見て! 石碑よ!」
リサが大喜びで俺に報告してきた。
「おお! 本当だな、これで街へ帰れるぞ!」
「やったわ! これで宿のベッドで寝られるわ!」
「長かったですね、今回も色々あって疲れました」
「石碑があるということはここは二十階層かもしれやせんね」
「いつものボス部屋とは多少違うようだがその可能性は十分あるな」
「するとあの扉の向こうにボスが居るのかな?」
モーギュストの一言で、はしゃいでいたみんなが急に黙り込んでしまう。
二十階層のボスと言えば伝承に出てくるほど有名で強力な魔物、バンパイア・ロードのことだ。
今の俺達では勝てる見込みのない相手に全員元気をなくしてしまった。
「とりあえず石碑に触れて街に帰ろう、久しぶりに宿屋の食堂で騒ぐことが出来るぞ」
黙り込んでしまった仲間たちを励ましながら石碑に近寄る。
みんな石碑に手をかざしたのを確認して一階層へ転移した。
迷宮の出口の階段を登り『ミドルグ迷宮』を脱出する。
広場はすでに夜の帳が下りていて辺りにはまばらな人影しかなかった。
それでも『白銀の女神』の帰還に広場は大いに盛り上がった。
軽く探索者達に手を上げ声援に応える、すると更に大きな声が上がり広場に人々が集まり始めた。
「大事になる前に広場を脱出しよう、『雄鶏の嘴亭』まで気配を消して見つからないように移動するぞ」
迷宮衛兵にひと声かけた後、スキル『気配消失』で隠密行動を取る。
煙に巻くように俺達がいなくなり広場は騒然となった。
ひとかたまりになりこっそり広場から脱出する。
裏道をたどりながら定宿にしているサムソンさんの宿へゆっくりと進んでいった。
宿へ入ってから『気配消失』を解除する、いきなり現れた俺達にサムソンさんはビックリして声も出なかったようだ。
「サムソンさんただいま、驚かせてごめん」
苦笑いしながら俺はサムソンさんに謝る。
「ただいま、野次馬がうるさくて隠れてきたのよ、息が詰まるわ」
セルフィアは有名になりすぎて注目されるのが嫌で難しい顔をしている。
「昔が懐かしいですね、誰も私達のことを気にもとめていませんでした」
「まあ有名になった代償だと思って我慢するしか無いな、バカにされるよりはいいだろう?」
「そうだけど限度があるわ、休みでも声を掛けられるのよ気が滅入るわ……」
「王都へ行けばそれほど顔もばれていないからそれまで少し我慢してくれ」
「わかってるわ、少し愚痴を言ってみたくなっただけよ」
「まあ色々あるようだが、部屋はいつもの様にきれいにしてあるからゆっくりしてくれ、今回も無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」
疲れて愚痴っぽくなっている俺達を気遣って、サムソンさんがねぎらいの言葉をかけてくれる。
セルフィアもサムソンさんの一言で毒気が抜かれて穏やかな顔つきになった。
「今日はもう遅いからまた明日ね、アニー、リサ、部屋へ行くわよ」
嬉しそうな足取りで女性陣が二階へ上っていく。
「ワンさん、モーギュストゆっくり休んでくれ、明日の朝に食堂へ集合だ、でもゆっくりでいいからな」
「わかりやした」
「オッケー」
二人とも迷宮での警戒を解いてぐったりした様子だ、モーギュストは鎧を予め俺に預けていたので、更に小さくなって疲れた様子で二階へ上がっていった。
俺はサムソンさんに軽く挨拶すると、疲れた足を引きずるようにして二階へ登る階段へ近づく。
ドラムは気を使って背中から離れ、俺の横をゆっくりと浮遊していた。
部屋へ入るとベッドへ崩れ落ちるように寝そべる。
何も考えられないまま意識を手放し深い眠りへ落ちていった。