119.決戦の時は近い
メイド吸血鬼の捕縛に成功した俺は、彼女との会話を試みることにした。
椅子の上で暴れているメイドにゆっくりと近づいていく、俺が近づくと彼女は更に暴れて椅子を激しく揺さぶった。
縛り上げているワイヤーが、ギシギシと彼女の体に食い込み傷つけていく。
華奢な体に似合わない怪力を持っているメイドは、ロープを引き千切ろうとして自らの身体を傷つけていた。
傷つくと同時にメイドの体から煙が上がり傷がみるみるうちに治っていく、吸血鬼の回復能力がいかに凄まじいかがわかる現象だった。
「俺の言葉がわかるか? わかるなら返事をしろ」
感情を抑えてメイドに話しかける、更に興奮したメイドは身体がちぎれるほど暴れまわった。
「やはり無理でやんすね、理性があるような顔をしていやせん」
「まあ焦ること無いぞ、色々試すことはあるからな」
俺は言葉の調子を色々変えながらメイドに話しかけていった。
話しかけながら色々な拷問器具で魔物を痛めつける。
拷問器具を持つ俺をセルフィアが遠くから引いた目で見ていた。
(やはりセルフィアは俺を変態だと誤解しているな、この器具もたまたま買っただけなのだが……)
一通り試してみたが効果は現れず、未だ暴れるだけで試みは失敗に終わった。
拷問するのも体力がいる、少々疲れて休んでいるとアニーが近づいてきた。
「あの……、レイン様、私がお手伝いしましょうか? 教会には悪魔憑きを回復するすべも伝わっております。少々勝手が違いますが、悪魔も魔物も同じようなものでしょう」
アニーが遠慮がちに提案してきた。
『神聖防壁』を展開していた彼女には少し離れていてもらていた。
そうしなければ強力な結界にメイドが退治されてしまうからだった。
『神聖防壁』も消え去り自由に近づけるようになったアニーは、俺を手伝うために来てくれたようだった。
「おお、そんな事もできるのか! ぜひやってみてくれよ!」
彼女の提案を快く受け入れ、メイドに悪魔祓いの儀式をしてもらう。
アニーは静かにうなずくと腰の革袋から聖水と女神教のシンボルを取り出し両手に握った。
「では始めます、全能なるイシリス様。これより悪魔に取り憑かれし哀れな御霊を解放します、どうかお力をお示し下さい」
静かに祈りを開始する、今までと違う責め方に吸血鬼は更に暴れだし、慌てて俺とワンさんが押さえつけるために駆け寄った。
「悪魔よこの体から出ていくのです、お前に勝ち目はありません、イシリス様の名においてお前を滅します」
アニーは毅然とした口調で魔物に語りかけ聖水を浴びせかける。
「ギヤァァァァァッー」
今まで俺がいくら拷問しようと音を上げなかったメイドが絶叫をする。
身体からは勢いよく煙が上がり、聖水がかかったところがグズグズに崩れていった。
「レイン様、水を魔物にかけて下さい。このままでは溶けて消えてしまいますから」
「わかった!」
巾着袋から樽ごと水を出し、柄杓でくんだ水をメイドにぶっかける。
聖水は水で薄められ効果が半減したようで、今まで溶けていたメイドの肉体が泡立ちながら回復していった。
「悪魔よ! 出ていくのです! お前にこの御霊を好き勝手にはさせません!」
口調がだんだん激しくなっていく、普段の温厚なアニーの見せない凛々しい姿に俺は見とれてしまった。
魔物は口からよだれを吐きながら苦しんでいる、悪魔憑きと魔物は根本的に異なるので、どうなるか半信半疑だったが効果はあるようだった。
およそ一時間、たっぷり責められたメイドは、息も絶え絶えになって暴れることも無くなった。
アニーも玉のような汗を額に浮かべ疲労困憊だ。
セルフィアはアニーの隣に陣取って、清潔な布でアニーの顔を優しく拭いていた。
リサは魔物が暴れるのが怖くてモーギュストの後ろに隠れドラムを抱えている。
一番安全な場所はどこなのかよくわかっているリサは賢い子だった。
「もう抵抗は出来ないようです、もうしばらく責めれば更におとなしくなるでしょう」
自信ありげに言ってくるアニーはさすが司教クラス、いや大司教クラスの威厳を湛えていた。
「おい、もう一度聞くぞ、俺の言葉がわかるか?」
ぐったりと頭を垂らしているメイドに声をかける。
鬼のようだった顔つきはすでに元の顔に戻っていて、表情はないが人間らしくなっていた。
「俺は魔物の言葉がわかるんだ、なにか言ってみろ」
『あなたたちは……、何をしに……、来たのですか……』
か細くとぎれとぎれにメイドが話し始める。
「おお! おまえの言葉がわかるぞ!」
俺はメイドの言葉を聞いて一人で興奮する、仲間たちはメイドの言葉はわからずただ唸っているようにしか聞こえなかった。
『ここは……、 あなた達が……、 来るようなところではありません……、衛兵に捕まえてもらいますよ……』
「俺達は探索者だ、迷宮に潜るのが仕事だ」
『迷宮……? ここは王様が……、 住まわれるお城ですよ……、 無礼者は出ていきなさい……』
息も絶え絶えになりながら話す言葉はとても興味深いものだった。
メイドは自分が化け物だということをわかっておらず、迷宮のこともわからないようだ。
未だにどこかの城で仕えていると思っているらしく、自分を人間と思っているようだ。
「ここは何という城なんだ? お前は誰に仕えているんだ?」
『無頼の輩に教えるつもりはありません……、さあ殺しなさい……』
メイドはそれきり糸が切れたように動かなくなってしまった。
何をしても反応がないので首を刎ね完全に消滅させた。
「よし、実験は成功だ、やはり俺は魔物の話を聞けるようだ。これは大発見だぞ!」
「凄いわ! 迷宮の謎の解明が一気に進むかもしれないわね」
「アトラスさんは例外と思っていましたが、そうではなかったんですね」
「お兄ちゃん凄いね!」
女性陣は俺を囲って褒めてくる、今回はかなりの偉業だと思うので照れずに素直に受け止めた。
「魔物の話によれば王がこの城にいるみたいだな、多分それがボスだ。吸血鬼の王か……、さしずめバンパイア・ロードってところかな」
俺の何気ない一言に仲間たちがビクッとして固まる。
「旦那……、その魔物の王が本当に吸血鬼の王ならかなりやばいことでさぁ」
青い顔をしながらワンさんが言ってきた。
「古い伝承にこうあるわ『そのもの吸血鬼の王、闇を統べる永遠の王なり、逆らうものことごとく飲み込み世界を広げる』古い言い伝えにある奈落の王のことよ。次のボスがもしそいつなら勝ち目はないわ……」
セルフィアが説明してくれた。
詳しく聞くとこの世界の始まりの頃、世界を統治していた大王らしい。
強大な軍勢を操り、恐怖で世界をまとめ上げていたそうだ。
たしかにその大王がボスならかなり苦戦するだろう、なにか対策を立てなければならないな。
「とりあえずボス部屋を見つけないことには始まらないな、このまま探索を続け『城』の中をくまなく調べよう」
仲間たちから元気のない返事がパラパラと返ってきた。
ボスの正体がわかってきたことにより士気はどん底まで下がっていた。
それから城の内部を探索し、吸血鬼を捕まえては尋問を繰り返した。
あまり有用な情報は手に入らなかったが、ボスがバンパイア・ロードだということは聞き取りでほぼ確実になった。
そして数ヶ月の探索の後、とうとうボス部屋に通じると思われる回廊が目の前に現れた。
新発見にみんな嬉しそうな顔はしなかった。
これからのボス戦を考えると俺も憂鬱な気持ちになってきた。
仲間たちとともに豪華絢爛な回廊を進んでいく、扉の向こうには何があるのか、誰一人笑顔のものはいなくてみんな緊張した顔をしていた。