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12.作戦会議

 迷宮を探索する俺たちは『ミドルグ迷宮』の八階層、通称『草原』でキャンプを張り奥深くの探索に成功していた。




「やったわ! 九階層への階段よ、これでやっと宿屋に帰る事が出来るわ」


 セルフィアが喜び勇んで階段に駆け寄る。

 キャンプ初日から数えて三日が過ぎていた。


「あっしは旦那の手料理が食べられなくなるんで寂しいでやんす」


「私もその意見には賛成ですね、この数日の食事は質素倹約の聖職者には夢のような美味しさでした。田舎の司祭様にもぜひ食べていただきたいです」


 アニーは優しいな、こんなときに他人を気遣えるなんてなかなか出来ないぞ。


「下に降りて石碑に触ればすぐ地上に戻る事が出来る、みんな最後まで気を抜かずに行くぞ」


 三人が元気に返事をして俺を先頭に階段を降りていく。

 みんなの足取りは軽く、顔には笑みが浮かんでいた。

 反対に俺はこの後の事を考え、憂鬱ゆううつな気持ちになっていくのだった。




「何よここ……、これが次の階層なの……」


「こんなところだなんて知りませんでした……」


「まあ、あっしは知っていたでやんすよ」


 女性陣二人は階段を降りると目の前の光景に愕然がくぜんとして地面に膝を付けてしまった。

 一方ワンさんは余裕の表情をしていて最初から九階層の事を知っているようだった。


「二人とも立つんだ、いつまでも座っていても何も変わらないぞ、石碑に触って地上に帰ろう」



 二人が何をそんなに絶望しているかというと、九階層は通称『山岳』と言われている『ミドルグ迷宮』低層エリアの最難関フロアなのだ。

 眼の前には頂上が見えないほど高く切り立った断崖絶壁が立ちはだかり、体を吹き飛ばすほど強い風が吹きすさんでいた。

 順風満帆に攻略してきたセルフィアたちにしてみれば、過酷な階層をこれから攻略しなくてはいけないことが、かなりショックだったのだ。


「確かに九階層は過酷なところだ、しかしボス部屋への階段の位置は固定している。『草原』のように探し回る必要がないだけましだと思う」


「そうでやんすが、そこにどうやって行くかが問題なんでやんす」


 ワンさんは九階層が『山岳』なのはわかっていたが、攻略方法は知らないようだ。


「それを含めて帰ってから宿屋で作戦会議を開く、今ここでできることはないから早く帰るぞ」


 立ち上がった二人の手を取って石碑に近寄り手をかざす。

 ワンさんも手をかざしたのを確認して呪文を唱えた。

 こうして三日間の遠征は終わった。



 ー・ー・ー・ー・ー



「レインは知っていたの!? 次の階層があんな過酷な環境だってことを!」


 迷宮から帰還してから一言も喋らなかったセルフィアが、作戦会議のために俺の部屋へ入ってドアを締めた途端大きな声で俺を非難した。

 いつもならアニーが俺をかばって言い合いになるところだが、今回は黙って俺を見ている。


「知っていて黙ってたなんてひどすぎるよ! あたし達がどれだけショックを受けたかレインはわかってない!」


 感情が爆発して俺を非難する言葉が止まることがない。

 見かねたワンさんがセルフィアをいさめる。


「セルフィアのあねさん、少し言い過ぎでやんすよ。レインの旦那も考えがあってのことでありやしょうから、あまり興奮しないほうがいいでやんす」


「ワンさんは黙っててよ! あたしはレインが黙っていたことに怒っているんだから、説明しなさいよ!」


 探索パーティーの中では攻略に関する知識を秘密にするのはご法度になっていた。

 秘密にしていたことがバレればパーティー解散まで発展するほど重大な裏切り行為なのだ。

 セルフィアは俺が九階層のことを黙っていたことを怒っているのだった。


「私も何故黙っていたのかを知りたいです。レイン様の考えを聞かせて下さい」


 俺はしばし沈黙を守り三人の顔を見た。


「そうだね、説明をしなければ納得しないのはよく分かるよ、本当は自分たちで考えてほしいけど今回は俺の考えを教えるよ」


 三人を椅子に座らせて窓際に立ち外を見る。

 言葉を選びながら俺の考えを三人に聞かせた。


「まずなぜ九階層が『山岳』であることを言わなかったかだが、それは三人の迷宮に対する知識量を知りたかったからだよ。八階層を探索している時に、一切九階層の話題は出なかった。だから三人共知らないんだなと思っていたんだ」


 三人は静かに聞いている。


「でもワンさんは知っていた、これは良かったよ。でも攻略方法までは知らなかった、それはとても残念なことだ。俺が三人にしてほしかったのは、俺を頼らなくても自分たちで迷宮を探索できる知識を得ることだよ」


 そこまで言うと振り返り一人ずつの顔を見た。

 ワンさんは理解したようで恥ずかしそうに目を伏せる。

 他の二人はまだよく理解できずにただ俺を見ているだけだった。


「仮の話をしようか、もし『草原』で強い魔物たちに襲われて俺が死んでしまい、残されたセルフィアたちが九階層に逃げ込んだとしよう。本来ならそこから石碑で帰ってくればいいが、万が一石碑が使えなかったらどうする? 草原に戻れば確実に魔物に殺される、先に進む方法も知らないそれはもう詰みだよ」


 理解の悪い子供に教えるように我慢強く話しかける。


「たしかに旦那の言う通りに動いているだけで、あっしは自分の考えなんてありやせんでした。旦那は九階層の攻略法を調べて知ってるんでやんすか?」


「もちろん知っている、調べれば誰でもわかる簡単なことだよ」


「申しわけありやせん! あっしはシーフを名乗ってるのに情報収集をおこたってやした。面目めんもくありやせん、今からでも情報を仕入れてきやす」


 そう言うと俺の制止を振り切って部屋を飛び出していってしまった。

 ワンさんのことだからすぐ情報を仕入れて戻ってくるだろう。

 後はこの二人だな、下を向いて今にも泣きそうな二人を見た。


「どうかな俺の考えはわかったかい、何も俺を頼るなとは言わない、でも俺なしでも生還する方法は知っていてほしいんだよ」


「確かにレインの言う通りね、レインがいなければ何もわからないわ。十階層のボスの名前さえあたしは知らないもの……」


「またレイン様を疑ってしまいました。恥ずかしいです、消えて無くなりたい……」


 小さく縮こまって今にも泣き出しそうにしている二人の頭に軽く手を載せてゆっくりと撫ぜた。

 二人はほぼ同時に泣き出し、俺にすがりつきしばらく泣いていた。

 その間俺は二人の背中を優しく撫ぜながら、無言で好きなだけ泣かせるのだった。




 勢いよく部屋のドアが開かれる。

 一陣の風を伴ってワンさんが帰ってきた。


「攻略法を仕入れてきやした! ギルドの資料室の本にご丁寧に書いてありやしたよ」


「ワンさん仕事が速いね、みんなが落ち着いてから聞かせてくれ」


「わかりやした、いつでも声を掛けてくだせぇ、自室で待っていやす」


 来た時の勢いのままワンさんが立ち去る。

 俺に抱きついている所をワンさんに見られた二人は、顔を真赤にして向かいの部屋に消えていった。




 まだ昼食をとっていなかった俺達は午後三時になってようやく定食屋に行った。

 料理が出てくるまでの間、少しだけ話し合うことにした。


「これから九階層を攻略していくんだけど、その前に少し探索を中止してみんなで図書館で勉強をしようと思うんだけど、どうかな?」


 俺はみんなの顔を見ながら提案をした。


「私は特に反対はしないわ、しばらくの間大人しくレインのいうことを聞くことにしたわ」


 さっきの話を聞いていなかったのかい、おもわずつっこみをしそうになる。


「セルフィアあなたさっきの話を聞いていたの? レイン様はもっと自分で考えて行動しなさいって言ってたのよ」


 俺の言いたいことをアニーが全部言ってくれた、グッジョブです。


「まあいきなり全部自分で考えるのは流石にしなくていいよ、俺に質問できるくらいの知識を身に着けてほしいだけだから」


「そうでやんすね、あっしは九階層が『山岳』だと知っていたでやんす、それなら旦那にどうやって登るか聞いても良かったでやんすよ」


「まあそういう事だ、いつも次の一手を考えておく事は大事なことだからな」


「わかりやした、これからは疑問に思うことはどんどん質問するでやんす」


「ああそうしてくれ」



 俺とワンさんがお茶を飲みながら話している横で、いつの間にか仲良し二人組は大盛りの定食を競争するように食べていた。

 俺は少しだけ甘みのある乾パンをつまみつつ、香りの良いお茶を飲むことにした。



「食事が終わったら九階層の攻略のしかたを宿屋で話し合おうと思う。後で俺の部屋に全員集合してくれ」


「わかりやした」


わはっはわ(わかったわ)


 口いっぱいにパンを詰め込み大きな口を開けてセルフィアが返事をする。


「セルフィア、お行儀が悪すぎますよ」


 アニーの説教が始まりセルフィアがうるさそうな顔をした。




「まんぞくよ、もう食べられないわ」


「私もこの辺でやめときます」


 テーブルの上には四人前の大盛り定食の空の皿が積み上がっていた。

 細い体のどこに入っていったのかはなはだ疑問だ。


(今度お腹を触らせてもらおうかな)


 完全にセクハラな考えをしながら両隣の美人さんを交互に見る。


「どうしたの? 私の顔になにかついてるの?」


「ふふふ、レイン様にじっと見つめられて恥ずかしいです」


 二人とも手を握ってくるのはやめてほしい、お茶が飲めないだろ。

 その後お茶を飲ませてもらったり、デザートを頼むか頼まないかで仲良し二人組が言い合いをするのを眺めながら、午後のゆったりとした時間を過ごすのだった。



 ー・ー・ー・ー・ー



 カーン カーン


 時刻は六時になったばかりだ、この世界では教会が鐘の音で時刻を知らせてくれる。

 三時間に一回鐘がなり、六時と十二時に二回ずつなる。

 シンプルだが慣れるとさほど気にならなかった。


「せっかくだからワンさんが調べてきた九階層の攻略方法を披露してくれ」


「わかりやした」


 ワンさんが立ち上がりこちらに向き直り話し始める。


「ではまず基礎知識から。九階層は通称『山岳』と呼ばれてやす。フロアのほとんどが断崖絶壁の地形で強風が年中吹き荒れていやす。山の頂上に十階層への階段があり、ボスであるサラマンダーが十階層を守っていやす」


 そう言って机の上にある水を一口のみさらに話し始めた。


「『山岳』の絶壁を今まで誰一人登りきった探索者はいやせん。みんな強風にあおられ転落するか飛行型の魔物にやられて命を落としていやす。ではどうやって山頂にいくか、それは簡単なことで山の中から行けばいいんでやんす」


 得意げに知識を披露するワンさん、女性陣二人も納得顔で話を聞いている。

 俺はワンさんにうなずき先をうながした。


「山の中を通るのはそれほど難しくありやせん、しかし『山岳』は火山でやんすから内部は灼熱地獄でやんす。熱対策をしないと体が燃えて死んでしまいやす。そこで『水神の障壁』と言う魔道具を身に着けて熱さ対策を施しやす」


 自分の役目は終わったという顔を俺に向けて会釈をする。

 俺も軽くうなずき話の続きを話し始めた。


「今ワンさんが話してくれたことで攻略方法は合っている。何も付け足すことはない。そして残念な報告だが熱さ対策である『水神の障壁』は今手元に三個しかない」


 そう言いつつ巾着袋から『水神の障壁』を取り出した。

 テーブルに置かれた『水神の障壁』は涙型の青く透き通った宝石で、部屋のランプの明かりをキラキラと反射している。


「わぁ……、きれいね」


「本当に美しいです」


 二人が触りたそうにこちらを見たので小さくうなずき一個ずつ手に乗せてあげた。

 二人はうっとりとした表情でランプにかざしたり、胸元に持っていったりしながら静かに喜んでいた。


「さすがレインの旦那、もう入手していたんでやんすね。よく三個も揃えられやしたね」


「なかなか出物が無かったけどワンさんがパーティーに加入した頃から少しずつ買い足してなんとか三個は確保したんだ」


「さすが旦那は違いやすね、そんな前から九階層の事を考えていたんでやんすか」


 ワンさんが驚きの表情をして心底感心している。


「大したことはないぞ、ワンさんの腕を見て九階層に行けると確信したから買っただけだ」


「そこまであっしの腕を買ってくれてるなんて感激でやんす」


 また忠誠心が上がってしまったようだ。


「とにかく、あと一個いい出物が買えるまで図書館で勉強をしつつ待機するしかない」


「わかったわ」


「わかりました」


「わかりやした」





 三人から良い返事を聞けて、パーティー内に漂っていたわだかまりも消え去ったことがわかった。

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